聖戦のお話④ 9/12

続きです。さくっと書くよ、を目指しました。

ダインの椅子

トラキアの城の玉座の間は誰のための部屋であろうか。この国の君主は今はリーフであるが、彼がトラキアに来てもこの部屋に通されることはない。日々この城で旧トラキア王国領の統治に心を砕くアルテナが使うこともまた、ない。その間はかつてあった時のまま、城の中でそこだけ置き去りにされたようだ。
トラキア王の玉座は雄々しい椅子だ。黒光りする木で出来た古びた椅子はダインの時代からずっとこの城にあるのだと言われていたが、さすがにそんなことはないのではないかとアルテナは思っている。しかし、この椅子がいつからあるにしても、この椅子に腰かけられるのはダインの血族だけである気がアルテナはしている。自分はこの椅子に座る威厳ある父を頼もしく思っていた。いつかこの椅子に座るだろう兄と、そのそばに控える自分を思い描いていた。
そんな思い出を閉じ込めたこの部屋は、いつまでこの姿を保っているのだろうか。アルテナが死んでしばらく経てば、新トラキアの王を迎える部屋として使われるようになるのかもしれない。あるいはこの城は打ち捨てられる日が来るかもしれない。北とのやりとりが多くなればなるほど、この城を統治の中心に置くには不便なのだ。彼らは空を飛ばないのである。
と、そんなことを思いはするが、アルテナが生きているうちは、この部屋はこのままだろう。
主のいない玉座は今も毎日丁寧に磨かれて黒く光っている。