聖戦のおはなし① 5/12

聖戦の系譜の12聖戦士の名前のついたお話を書こうと突然思い立ちました。トラナナ要素も含みます。まずはグランベル分は書きたかったけどできませんでした。せめてあと一本書いて半分にしたかったけど…そういうことを考えると出せなくなってしまうので。多分誤字脱字が多いしゲーム中の事象に対する事実誤認も多そうですが、まぁいいでしょう。

トードの階段

離宮の裏に高台があり、そこからの眺めは本当に見事だ。しかしその見晴台までの階段が長い。上り切る頃には屈強な騎士も息が上がるのだという。長い上に急で、上りはともかく下りでは目が眩むものもいる。

そんな急な階段はトードの階段と呼ばれている。この離宮の主であった魔法騎士トードはその馬術をもってこの急階段を馬で駆け上がり、降りたという伝説に基づく。トードの遺徳をしのびフリージではこの階段を騎馬で往復する儀式が年に一度行われるのだが、長くそれをなしたものはいなかった。死者が出ることも稀ではない。

シュターゼ家のラインハルトがトードの再来と呼ばれているのはその魔力もあるがこの難行を成し遂げたこともあるのだ。

ブラギの屋根

守衛小屋の屋根瓦の上にクロードは何かを見つけた。何かを、とは言っても「なにかある」と感じた時にはすでに当たりはついている。梯子を持ってこさせクロード自ら上り、その「なにか」に手を伸ばす。やはり予想通り、金色の苔であった。

ヤノウエノキンゴケ。クロードはそうあたりをつけた。といってもクロードも見るのは初めてだから、屋根の上から引き剥がし、静かなところで拡大鏡で図鑑を開きながら確認する。間違いなさそうだと判断しクロードは微笑んだ。瓦屋根の上に生え、朔柄がブラギの頭髪を思わせるほど見事に金色に輝くかなり珍しい苔で、エッダでは吉兆とされているからだ。しかしなにか良いことがあるのだろうかと思いを巡らす気がクロードにはない。エッダの主として未来にあれこれ想いを巡らすことを己に禁じているところがある。しかし、この苔を見た時に、あれがその苔であったなら妹に会えるかもしれないと、そんなことが一瞬頭をよぎった。それは確かに喜びであった。
採取したこの苔は乾燥させて標本にしよう。そんなことをクロードは思った。採取した瓦屋根はどうしようか、掃除不要でそのままにしたいものだが、さすがにそうはいかないだろうか。

ウルの抽斗

父を弑し戻ったウルの城は蛮族に荒らされて酷い有り様である。宝物庫も武器庫も空に近く、内装は荒らされ、引きちぎられた帳には黒ずんだ血痕がこびりついている。
蛮族は略奪の仕方も蛮族だなとアンドレイは嘆息する。自室も荒らされていたが、まぁ過去の自分の部屋などどうなってもいい。これからのユングヴィの主人は自分である。新しい自分の部屋は、父の部屋であった場所になるのだから。
その父の部屋も荒らされていた。重厚な机はどの抽斗も全て引き出され中に入っていたものは奪われるか、ぶちまけられている。そんな中で一つだけ、手付かずの抽斗があった。手をかけても動かない。鍵がかかっているのだ。鍵の周りにはご丁寧にウルの名が刻まれている。一体なにが入っているというのだろうか。
父の持ち物はそれこそ身ぐるみ剥がして改めたが鍵などはなかった。城下の鍵師に見せても開かない。父はここになにを隠したのか。
アンドレイは最終的に机を鋸で挽かせた。バラバラにされた机の中から出てきたのは、謎の曲線が描かれた紙切れだった。端には父の筆跡で、古い日付と、「ブリギッドはじめて字を書く」との言葉が書かれていた。

ネールの柱

騎士が柱に寄りかかるなどは考えられない行為である。しかしここドズル城では一本だけ寄りかかることが許された柱があった。ドズル家の始祖ネールが難しい判断を迫られた時などにこの柱に手をついて考えていたことに因む。だから柱に寄りかかることが許されるといっても許されているのはネールの血を引くのもたちだけだ。血族の特権なのである。
しかしヨハルヴァはなんで柱に寄りかかるなんて弱っちいことをしなきゃいけないんだといってその柱に触れたことすらなかった。
久しぶりにドズルの城に戻ったヨハルヴァは、生き残った騎士からブリアンが最後の出陣前に随分とこの柱に手を当てて考えていたと聞かされた。なるほど兄ならそうするかもしれない。しかし自分はまだその柱には触れる気にはなれないと思った。いつか柱に触れる日が来るのかはわからない。

ファラの庭

レプトール卿がヴェルトマーを訪れるにあたりティルテュを連れてきた。レプトールは若きヴェルトマーの主であるアルヴィスに会いに来たのであり、ティルテュの相手はアゼルに回ってきた。ティルテュはヴェルトマーの庭を駆け回るのだが、アゼルはそもそもこの庭で走ったとこがないからなにが起こるかハラハラしてしまう。ティルテュが庭木をへし折ろうが芝に大穴を開けようが主人たる兄は怒りはしないだろうが。いや、そもそも芝に大穴なんて開かないと思うが……。

「なにごとなの、これは」
呆然と芝を眺めるアゼルの背中に冷たい声がかかった。振り向くとそこにはいとこのヒルダがいた。といってもアゼルはヒルダにいとことしての親しみを感じたことはないし、ヒルダもアゼルを公子として認めていないようであったが。
「ヒルダさまこんにちは! 芝生に穴が開いてしまったので直してるんです!」
芝生に膝をつき指先を土で汚しながらティルテュ が言った。ヒルダはその様子を一瞥し、アゼルに視線を戻す。叱責が飛んでくるだろうとアゼルは身構えたが、意外にもヒルダは静かに言う。
「この庭は時々こうなるのよ。あの子がいくらやっても芝は直らない。アルヴィスに直してもらいなさい」
そう言うとヒルダは去っていった。

なんでもファラの気まぐれと言われているらしい。城の中でこの中庭の芝生だけ、なにをしたわけでもないのに突然大きな穴が開く。あえて言えば踵をひっかけたようではあるが、開く穴は掌より大きいのだから異常だ。たまたま起こるのだという。なんでもヒルダが幼い頃には盥ぐらいの大穴を開けたとか。この現象はファラの気まぐれともファラの祝福とも呼ばれているとのことだ。この中庭はファラの代から延々と増築と拡張を繰り広げてきたヴェルトマーの城の最古部にあたる。おそらくはファラも踏んだこの芝に起こる不思議が意味していることがアゼルにはわからないが、祝福とも呼ばれているのだから悪いことでないのだろう。実際、ティルテュもアゼルもその後アルヴィスに怒られることはなかった。