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虚空教典読みました

※このnoteにはにじさんじライバー剣持刀也さんの初エッセイ「虚空教典」のネタバレが若干含まれます。

6月頃にエッセイ発売が発表され、仕事に忙殺されていたらあっという間に発売日が到来し、気づけば見事な装丁のエッセイ本が手元に届いていた。普段はTwitterに感想を投下する派だが、今回はnoteに書いてみようと思う。このためだけにnoteのアカウントを作った。

にじさんじライバーとしての剣持刀也は裏表がない。Twitterの投稿にせよ、誰かとのコラボにせよ「エンターテイナーの剣持刀也」という守備一貫とした演出によって成り立っていて、あらかじめノイズになりうる情報は除去されているから。

雑誌のインタビューでも同じことが言えると思う。個人的な印象だが、剣持刀也は「実は裏ではこうで…」という打ち明け話をあまりしない。雑誌という普段の視聴者全員が見るわけではない場では特に顕著で、配信で言っている以上のことは開示されない。雑誌で言ってることは配信でも必ずどこかで一回は言っている…気がする。

初期のリリちゃんの晒し癖のように、限りなくオフに近い様子がこぼれ話として飛び出ることはあるけれど、いずれにしても剣持刀也のパブリックイメージを壊すほどのものではないと思う。私が観測しているのは、常に必要な情報のみが取捨選択された後の剣持刀也だ。

虚空教典は、そういった意味で、普段眺めている剣持像のベールの向こうに一歩踏み込んだ内容だった。と言っても、本音が晒されているのとも少し違って、「エンターテイナーの剣持刀也」を演出している「演出家の剣持刀也」の言葉が綴られているような感じだ。

そもそも、思えば私は文字で表現された剣持の口語を読んだことはあるが(つまりインタビューのこと)、剣持自身が綴った書き言葉をTwitter以外で読んだことがない。Twitterに至っては、あの通り奇声を上げたり、配信なし祭りをぶち上げていたりするので、剣持の書き言葉を腰を据えて読むという読書体験自体がレアだと思う。

配信ではスマホのフリック入力で書いたと言っていたので、Twitterの延長線上のようでありながら(紙書籍であそこまでエクスクラメーションマークを使う人を初めて見た)、配信でも多少漏れ出ている語彙の豊富さ、達観した書きぶりで、普段よりもワントーン落ち着いた剣持の語り口が聞こえてくるような文章だった。時々挟まれる括弧付きのセルフツッコミとインターネット方言が知的な文章といい塩梅にバランスを取っている。オタク特有の文語的な思考をそのまま出力したやつだ…と失礼な感想を抱いた。

書籍の制作過程をあまり知らないが、文章の間隔をデザインした人に金一封差し上げたい気持ちだ。本来書籍は字がぎっちり詰まっていればいるほど嬉しい派だが、剣持のエッセイに関しては適度に調整された空白が、コントの間のように効いていた。紙の上でも「にじさんじの笑いのニューウェーブといえば、この男〜!」が再現されるとは思っていなかった。面白いのは、フォントの大きさで笑いどころを強調しているわけではないところだろう。淡々とした明朝体(教科書体?)と空白でこんなに絶妙な間を生み出せることあるんだ…。

書籍の内容で印象に残っているのは、やはりVtuberの歴史について触れた部分だろうか。Vtuberの文化は2018年に臨界点を迎えたという話に関しては、それだけシビアに環境を眺めながらバーチャル界隈の可能性を信じられる剣持のバランス感覚に感服した。わかるよ、スライムVが100万人登録の超人気者になるかどうかはともかくとして、バーチャルなんだからもっと人外がいてもいいと思うもんな…。犬も酒コアラもいる業界だが、基本フォーマットは二足歩行の美男美女だ。話はそれるが、獣成分多めのVが人気を得た途端、ケモ耳以外獣成分が見当たらない人間態になると、商業主義の厳しさを思わずにいられない。

閑話休題、剣持自身が言うように、にじさんじは黎明期に終止符を打ち、実況者やネットアイドルの延長線上にVtuberを位置付けた張本人である。昨今のプロゲーマーやアニメ業界との関わり、盛り上がりを見るに、リアルにも近い立ち位置、ガチガチに作り込まれていないからこそ生まれる化学反応もあると思うが、2018年以前のVtuber界隈にしかない雰囲気というものは確かにあったのだろう。私自身がVtuberを知ったのは2019年の初めで、黎明期を語る資格すらないのだが。

「創作し、表現するだけで勝ち」、剣持のその信念が如実に反映されたのが「虚空集会」「虚空大戦」、ひいてはこの「虚空教典」なのだと思う。Vのままだとできないことは減ってきたし、ましてやVにしかできないことを模索するのはさらに難しいが、「剣持刀也の世界」を表現できるのは剣持刀也自身でしかあり得ない。ROF-MAOのアーティスト活動、ろふまお塾の芸人活動も応援したいところではあるが、トーク7〜8割でソロイベントをもたせられるのは剣持の稀有な能力だと思うので、これからも長広舌を存分に振るって欲しいところである。

「虚空教典」初出の情報もかなり多かったと思う。剣持家のギャグキャラことパピヨンの話やら、オーストラリアの話やら、合気道の先生に車で足を轢かれた話やらは、過去の雑談アーカイブと、あまりに有能なので公式ライバーがしばしば参照する非公式wikiですでに知るところではあるが、意外な事実も明かされていた。特にオーストラリア留学の件は、そんな背景があって海外に旅立ったのか…と少し驚いた。剣持のオーディション動画提出が期限ギリギリだったという話も有名だが、それ以前に剣持の海外生活への意欲がもっと強かったら、オーディションのことを知るまでもなく別の人生を歩んでいたのかも、と思うと人生の巡り合わせはつくづく不思議なものである。

私はバーチャルを楽しむには少し夢を見る力が足りなくて、剣持刀也はいったい何回16歳を繰り返しているのだろうと考えてしまうことがある。ただ、色々な選択肢がある中で「16歳の男子高校生」であり続けることを選んだ彼のエンタメに魅せられているのも確かである。「虚空教典」はある意味、「剣持刀也」という演出の種明かし的な書籍だと思うが、読み終わってみると、内側に近い部分を知ったからこそ、むしろその演出に没入したいと思っている自分がいる。剣持リスナー必携の一冊であることは間違いない。

限定版を買ってみたものの、我が家にはBlu-rayプレイヤーがなく、近場に電器屋もない僻地に住んでいるので、対談動画で剣持の解像度を高めるためにも、Blu-rayプレイヤーを探す旅に出ようと思う。

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