#50. “赤い”とは具体的に何か *h₁rewdʰ- [red/लोहा/लहू]
色の名前は大きな変遷があり、同じ語根でも違う色を指すという不思議がある。英語とヒンディー語の両方から色名を遡ってみて、同じ語根に行き当たるかやってみたいと思った。
Colour
まずは「色」という言葉から。
colour
← colur アングロ=ノルマン語
← color ラテン語
← *kelōs イタリック祖語
← *ḱel- 印欧語根
印欧語根の *ḱel- (“to hide, conceal”) は、英語の hell, hall, helmet, cell, conceal, ocult などの語に繋がる。覆うものがどこから「色」という意味になったのか不思議だ。*ḱel- はインド・イラン語派では Skt शरण (śaraṇá “protecting”) につながる。もしかしたら साड़ी (sāṛī, “saree”) や شال (šâl ,“shaw”) も同語源かもしれない。
一方、ヒンディー語やペルシャ語では रंग (raṅg) / رنگ (rang) で、印欧語根の *reg- (“to dye”) から来ているようだが、この語根に関する欧側の単語があるか不明。Skt語根 √रञ्ज् (rañj) から出た単語には रक्त (rakta, “blood”)。ペルシャ語の رخش (raxš, “red”) は赤茶、栗色、明るい赤、光るような色のことらしい。インドの染物と言えば「更紗」が有名だったり、藍を "indigo" というように、染物の歴史は非常に古い。藍や茜と言った染料に使う植物が多く入手できる気候だったからだろうか。
個人的感想だが、イタリック語派では、物を覆っている色というように現象として捉えている一方、インド・イラン語派では染めるものゆえに自らの手で制御できる対象として見ているような違いがあるように思った。
Red
この語はラテン語を経由しないゲルマン語の語彙だ。
red
← rēad 古英語
← *raud 西ゲルマン祖語
← *raudaz ゲルマン祖語
← *h₁rowdʰós 印欧祖語
← *h₁rewdʰ- 印欧語根 (“red”)
印欧語根の *h₁rewdʰ-/reudh- がすでに “red” という意味なので、インド・イラン語派にも同じような単語がみつかる気がした。 *h₁rewdʰ- に繋がる単語は लौह, लोह (lauhá, lohá, “iron”) 酸化して赤くなる鉄のことだ。ヒンディー語で「鉄」は लोहा (lohā)。印欧語根では r だが、r か l になるか揺れがあり、サンスクリットで「鉄の、赤色の」を指す語は、रोहित, लोहित (róhita, lóhita) の両方がある。また、लोहित (lóhita) はパーリ語で「赤いもの」つまり「血」という意味が派生し、ヒンディー語の लहू (lahū, “blood”) に派生する。だが、日常的に色を指す語である、ヒンディー語の लाल (lāl) は古ペルシャ語 لال (lāl) から来ているとまでは分かったが、起源が不明で何も辿れなかった。
White
この語は、印欧祖語での *ḱʷ が、ゲルマン語で hʷ に、サテム語で ʃ になっていることが対比できる綺麗な例だ。
white
← whit, hwit 中英語
← hwīt 古英語
← *hwītaz ゲルマン祖語
← *ḱweydós (*ḱweytós) 印欧祖語
← *ḱweyt- 印欧語根
*ḱweytós 印欧祖語
→ *ćwaytás インド・イラン祖語
→ (sefid) سفید ペルシャ語
→ (safed) सफ़ेद ヒンディー語
→ श्वेत (śveta) サンスクリット
語根を挟んで比べてみると面白い。
red (red)
*reudh-
rakt (blood)
lahu (blood)
loha (iron)
white
*ḱweyt-
safed
shveta
次は強敵 *bʰel- (black, blue, blank) に挑む。
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