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*ḱel- [hell/cell/shawl]

品名と地名
~lacolacoさんのノート記事からのインスピレーション~

品名が地名になるものもあれば、地名が品名になるものもある。たくさんあると思うが、地中海つながりのものをピックアップしてみる。

Bible
← ラテン語 biblia (“books”)
← ギリシャ語 βιβλία (biblía, “books”) 複数形
← 単数形 βιβλίον (biblíon, “small book”)
← βύβλος

βύβλος はレバノンの地中海沿岸の町 Byblos(現在のアラビア語名 Jebeil)から来ているようだ。エジプト原産のパピルスから筆記材料の紙を製造し輸出して栄えた。この町のフェニキア語の名前はGebalで、旧約聖書にゲバルと出ていて、七十訳(ギリシャ語訳)ではビブロスとなっている。βύβλος は πάπυρος (pápuros “papyrus”) から来ているとする見方もあるようだ。特に原材料(水草パピルスの茎から皮をはいだ、茎の中心部にある髄)を指す語だったのかもしれない。フェニキア人の自称がGebalで、ギリシャ人の他称がByblosということだろう。

Parchment
← 古フランス語  parchemin
← ラテン語 pergamīna
← ギリシャ語 Περγαμηνός (Pergamēnós, “of Pergamon”)

動詞 parch に名詞語尾 -ment がついているように錯覚するかもしれないが、もとはエーゲ海の町 Pergamon(現在のトルコ語名 Bergama)という意味。エジプトのアレクサンドリアに匹敵する規模で蔵書していたが、品不足の影響もありプトレマイオス朝エジプトからパピルス紙の輸出を禁止されてしまったため、代替品として羊皮紙が生産されるようになった。ちなみに Pergamon の語源は πύργος (púrgos) で、英語地名の -burg (-borough,-bury) と同語源ではないかという説もあるようだ。

Marmaris
エーゲ海のロドス島対岸の町だが、大理石の産地および取り扱いの中心地ということで marble の ギリシャ語 μάρμαρος (mármaros) から来ている。

地中海から離れて今度はイギリスの産業革命を思わせる一文、「ペイズリーのカシミア・ショール」について。

Paisley
ペイズリー柄。スコットランドのペイズリー市。
カシミア・ショールの模造品の柔らかい毛織物がペイズリー市で量産されたことによる。Paisleyはスコットランド・ゲール語で“pasture”の意味。ペイズリーで量産されたショールに使われたインド・ペルシャ風の柄の方を指すようになる。ちなみにヒンディー語でペイズリー柄はその形から कैरी (kairī) つまり「熟していないマンゴー」という。固い未熟なマンゴーを縦に真っ二つに切ると本当にこの柄に見える。

Cashmere
カシミヤ。カシミヤ山羊から採れる毛素材。インドの地方名 カシミール Kashmirから。サンスクリットの कश्मीर (kaśmīra) は कश्यपमीर (kaśyapamīra) からか?कश्यप (kaśyapa) は "tortoise"、मीर (mīra) は "lake"の意味と考えられる。

Shawl
ショール。KDEEではショールが初めて作られたインドの町の名前Shaliatから。Kerala州のChaliyamのアラビア・ペルシャ語読み。南インドで織物カーストSaliyaの故郷の町で、西海岸にあるためローマとの交易もあった。イスラム勢力が早期に到達した都市で、ポルトガルの援助で砦を築いたりもした。個人的には、ヨーロッパに最初にショールという品物が紹介されたのはポルトガル語 xaile /ʃaj.li/ 経由の町の名前だが、英語に直接入って来たのは地名ではなくヒンディー語・ペルシャ語からで、たまたま音が違いがないほど近かった、という解釈がしっくりする。以下はペルシャ語起源の説明。

Shawl ← ヒンディー語 शाल (śāl) ← ペルシャ語 شال (šâl)。民族衣装 サリー साड़ी (sāṛī) ← サンスクリット शाटी (śāṭī) の語源と同じで、一条の女性用衣類のこと。印欧祖語 *ḱel- にさかのぼるという見方もある。語根 *ḱel- は「覆う物」という根底の意味がある。語根 *ḱel- と同じだとすると同語源の語は、hell, helmet, hall, cell, apocalypse, eucalyptus など。
・hell は闇に覆われた冥土
 (冥の漢字も日を上から蓋、下から手で隠す形)
・helmetは頭を覆う兜
・hall, cellは仕切りで区切られた部屋(同じように サンスクリットの शाला śā́lā も , “house, mansion, hall” を意味する)
・apocalypseは ἀπό + καλύπτω = uncovering = 黙示録or啓示
・eucalyptusは εὖ + καλυπτός = well-covered = ユーカリ(つぼみのがくと花弁が合着して蓋になっているから)
とそれぞれ "cover" の意味に通じるし、ケントゥム・サテムの音韻変化にぴったり当てはまっているので、ショールやサリーが体を覆う布の意味の *ḱel- から来ているのが自然なような気がする。

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