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*h₂éndʰos [chrysanthemum/अन्धस्]

家族が庭いじりをしていて菊の挿し木をしていたが、菊って英語で何というのだろう。日本語でも古くから女性の名前に使われていたし、ヒンディー語でも शेवंती (shewanti) は昔から楽しまれ、女性の名前になって来た。(日本と同じく古めかしい感じがするので最近の子にはつけない傾向)英語でも花の名前が女性の名前になっていることが普通なのに、そう言われれば「菊」という意味の英語の名前ってなんだろう。

英語で「菊」は chrysanthemum。みるからにギリシャ語で、学名そのままかと思ってしまう。長すぎるので略して mum と言い、日本語でもフラワーアレンジメント界隈では「マム」と言っているらしい。

chrysanthemum の語源はギリシャ語の
χρῡσός (khrūsós, "gold") +
ἄνθεμον (ánthemon, "flower")

chrys(o)- という接頭辞は、黄金色なので「サナギ」は "chrysalis" と言い、黄金の鉱石は "chrysolite" 貴橄欖石「クリソライト」だ。(クリソライトは黄色だけでなくも緑もあるようだ)

ἄνθεμον は 印欧祖語の *h₂éndʰos (*andh-) "bloom" にさかのぼり、サンスクリットの薬草を意味する अन्धस् と同語源のようだ。ヒンディー語で没薬を意味する गंधरस (gandharas) と関わりがありそうな気がしたが、たぶん gandharas は"smell" を意味する गन्ध (gandh) から来ているだろうと思う。"smell" の gandha は インド・イラン祖語が *g(ʰ)andʰ- とされるが、その先はよくわかっていない。個人的には、*h₂éndʰos 「咲く→香りのする植物・花」と *g(ʰ)andʰ-「嗅ぐ・香り」に繋がりがあったらおもしろいのになと思った。

日本で一般的に鑑賞される菊はイエギク(家菊)で、学名はChrysanthemum morifoliumで、アメリカではflorist's daisy とか、hardy garden mum とも呼ばれているらしい。名前からすると Chrysanthemum japonense の方が皇室の菊花紋章のキクかと思ってしまうが、 Chrysanthemum japonense は ノジギク(野路菊)。そう、Chrysanthemum はキク科の総称なので、より特定の種名にしぼれば、キク科にもデイジーやマーガレットがある。そうだこれだ。「菊」を意味する英語の女性の名前は Daisy や Margaret があるではないか。なお、和名はそれぞれ、マーガレットはモクシュンギク(木春菊)、デイジーはヒナギク(雛菊)だ。 それぞれの語源はというと、

Daisy
← 中英語 dayesye
← 古英語 dæġes ēage ("day's eye")
英語語源辞典によると「その花が朝開いて夕方つぼむこと, また形が太陽に似ていることにちなむ」そうだ。

Margaret
← 古フランス語 Margaret
← ラテン語 Margarita
← 古ギリシャ語 μαργαρίτης (margarítēs, "pearl")

もとは真珠という意味らしい。鉱物名マーガライト(真珠雲母)の margarite と二重語だ。ここでサンスクリットのमञ्जरी (mañjarī) との関連が示唆されている。मञ्जरी は多義語で「1. a cluster of blossoms; 2. a flower, bud; 3. a shoot, shout, sprig; 4. foliage; 5. a pearl」と意味が多様だが、まさに margaret / margarite と対応している。古ギリシャ語の"真珠" μαργαρίτης は ペルシャ語経由ではないかとのこと。ギリシャ語に結構ちょくちょくペルシャ語からの語彙が入っているのが最近気になっている。

ちなみに मञ्जरी (mañjarī) はさらに遡ると、過去に Manchurianの記事で触れた *meng- と関連がある。ただ、ヒンディー語の「菊」शेवंती (shewanti) とは全く関係はない。 शेवंती (shewanti) の語源が気になったが、これは遡れなかった。

今まで気にしていなかったが、菊は世界中に色んな種類があって、その土地土地で昔から愛されて色んな名前があるのだなと思った。

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