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*nókʷts [night/nox]

ドイツのカレンダーで6/20にsommerangfangとある。夏至 summer solsticeだ。夏至の瞬間(太陽の赤道面からの距離が最大となる瞬間)は、日本時間で6/21の早朝5:50だが、時差の関係でドイツでは22:50なので日本の前日が夏至日となる。冬至はキリストの誕生日に、夏至は聖ヨハネの誕生日に結び付けて祝われる。冬が長いゲルマン民族ならではの、太陽を乞い願う祭りが色濃く表れていると見ることもできる。

Sommerangfang は Sommer ("summer") +‎ Anfang ("beginning") と分かりやすく覚えやすい。冬至は Wintersonnenwende で Sonne ("sun") +‎ -n- +‎ Wende ("turn") 。語の構成だけを見ると、夏至から始まった太陽の動きが冬至で折り返し戻って来て、また夏至から始まるような捉え方をしている印象を受ける。

一方、英語の solstice はいかにもラテン語的で、ただの太陽が通る点を指しているだけで、太陽に対するありがたみが薄い気もする。地中海沿岸のイタリックとアルプス北の寒冷地のゲルマンとの違いなのだろうか。

solstice
← 中英語 solstice
← 古フランス語 solstice
← ラテン語 sōlstitium
(sōl +‎ sistō +‎ -ium); stō = "stand"
あえて英語にするなら "Sun-stood" というところか。
"stand"を意味する印欧語根 *steh₂- は インド語派でも /st/ という音をよく残していて、立ったり発ったり建ったりする関係の沢山の語彙に見られる。立っている場所はつまり "land" を意味する स्थान (sthān)、ペルシャ語経由だと-स्तान (-stān) になり、中央アジアや北インドの地名によく見られる。

ついでに春分・秋分もまとめて見てみる。

夏至 summer solstice
冬至 winter solstice
春分 vernal equinox
秋分 autumnal equinox

「春」を指す単語や範囲に大きく揺れがあった(hellog #1221. 季節語の歴史 https://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/2012-08-30.html)ためか、暦としては spring equinox という言い方もOKだが、天文学用語としては vernal equinox が好まれる傾向にあるように思う。vernal は ラテン語の 春 (vērnus) から来ている。 では、equinox とは何ぞや。

equinox
← 中英語 equinox, equinoxe, equynox
← 古フランス語 equinoce, equinoxe
← 中世ラテン語 ēquinoxium, ēquinoctium
← ラテン語 aequinoctium
[aequus ("equal”) + nox ("night") ]
nox ("night") は 印欧祖語の *nókʷts ("night") から
→ Skt नक्त(nákta)/नक्ति(nákti)

equinox は equal-night ということか。古英語に efnniht (現代英語で言うところの "evennight") という語があったが、この語に取って代わられたらしい。ドイツ語では Tagundnachtgleiche と長いが、Tag ("day") +‎ und ("and") +‎ Nacht ("night") +‎ Gleiche ("equality") と、意味が分かりやすい。

暦や天体に関する語も、ゲルマン語だと動的で飾り気のない印象を受けるのに対し、イタリック語は静的で精錬されたイメージがありそうなのは気のせいだろうか。

季節語 に関しては → https://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/cat_calendar.html

おまけ:
equinox を発音しようとすると、エキノコックスと間違えてしまう。Echinococcus の Echino- はウニのように針のあるものを指すらしいが、古代ギリシャ語の ἐχῖνος (ekhînos) "ウニやハリネズミ" から来ているらしい。ハリネズミ ἐχῖνος の印欧語根が*h₁eǵʰis ("snake-eater") と再建されている。「蛇」を意味する *h₂éngʷʰis あるいは *h₁ógʷʰis と関連があるらしい。ハリネズミは日本にはおらず、最近ペットとして広く認知されて愛らしくてポップなイメージがあるが、実はヘビの天敵で広くヨーロッパ・アジア・アフリカでは地域によって種は違うようだが昔から身近で、古英語 (igil) や 中英語 (il) でも単語があったようなのは驚き。

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