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*ḱerh₂- [horn/corner/सींग/سَر]

ケントゥムとサテムについてあれこれ。

ケントゥムとサテムは、100を意味する ラテン語の centum と アヴェスター語の satəm から取られている。印欧祖語の ḱ が k になるか s になるかでグループ分けする区分だ。系統を説明するのに今はあまり使われていない区分だが、西と東の語群を比べるのに参考になる。

Centum
Satem

印欧祖語の口蓋音には *ḱ・*k・*kʷ があった。サテムでは *kʷ がなくなり *ḱ・*k の対立に、さらに *ḱ が 硬口蓋化して tʃ, ʃ, s に変化。ケントゥムでは  *ḱ と *k が合流し、*k*・kʷ の対立になった。現代語で比べようとすると、さらに音韻変化しているのでそれと気づかないものも多い。

英語とヒンディー語を比較しようとすると、途中の変化も頭に置く必要がある。英語では ケントゥムとサテム の分離があった後に、グリムの法則のゲルマン語での音変化した語彙があり、また、ラテン語起源でフランス語で音韻変化したものが入って来た語彙もあるので、ケントゥムだからといって必ずしも /k/ の音でない。(詳しくはこちら)同じように、インド語派では ケントゥム・サテムの分離後、イラン語派は /s/ を残すものが、サンスクリットでは /ʃ/ になり、また後代に /tʃ/ などに転訛していく。

最近調べた語彙の中で k ← *ḱ → s に当たるものが続いたので気になり、その視点でまとめてみようと思った。

k ← *ḱ → s

なるほど、ということは、英単語のうち、起源が ゲルマン系 h- と イタリック系語 c- で、印欧語根が *ḱ で、サンスクリットで ś- のものは同じであることが多いのか。英語語源辞典の印欧語根表の k- から始まるところを片っ端から見て行けば沢山見つかるということなのだろう。語根表を眺めて特に意味はないが、*ḱerh₂-/*ker- ("horn") を取り出して見てみる。

*ker- につながる単語は、ゲルマン語 horn、ラテン語 cornu (Capricorn の -corn)、cornu につながる corner、サンスクリット शृङ्ग (śṛṅga) "horn"、ヒンディー語 सींग (sīṅg) "horn" が同語源としてつながった。また、rhinoceros の ceros の部分が ギリシャ語の κέρας (kéras, "horn") だ。

h ← *ḱ → ʃ

意外だったのが、*ker- は角という意味もあるが、頂点・頭という意味もある。「頭」という意味のペルシャ語系単語の سَر/सर (sar) もここに繋がる。あまりに日常的に使いすぎて語源など気にしたことがないゆえに大きな驚きだった。

「角」の सींग (sīṅg) の派生語 नरसिंगा (narsiṅgā) "trumpet" もたまに見る。horn も "角"笛という意味がある。角→角笛 これは世界各地で共通した使い方なのだろうか。शृङ्ग (śṛṅga) から派生した語は शृङ्गार (śṛṅgāra) だが、意味は「角」には関係なく、装飾品あるいは頭や額に付ける装飾のペイントを言う。服飾の文脈で「トップス」というと「頂上」と意味は関係なく、上に羽織る物という意味になるのと似ている気がした。また、शृङ्गार (śṛṅgāra) / सींगार (sīṅgār) は 結婚する女性が着飾ったり顔にペイントしたりすることから来ているのか、愛情・欲情という意味の語彙に意味が変化していく。そんな語彙がまさか horn と同語源だとは...。

ケントゥムとサテムと言えば、「k対s」の比較ができることだが、初めこれを聞いたとき、英語の centre と ヒンディー語の केंद्र (kendra) "center" の音が邪魔して来てどっちがどっちかよく混乱していた。センター(s)がサテムで、ケーンドゥル(k)がケントゥムか?いやいや逆だ。英語史を少したどれば、ラテン語  centrum /k/ が、フランス語を経由したので /s/ になっているというのが分かるし、サンスクリットの केंद्र (kendra) も 実はギリシャ語 κέντρον の借用だと分かれば、英語centreと印語केंद्र (kendra) の対応は ケントゥムとサテムの区分の例に当てはまる語ではないと後で気づくのだが...。

k (h) ← *ḱ → s (ʃ) の対立ばかりに目が行くが、kʷ(hʷ)  ← *kʷ → k の対立も疑問詞を比較すればきれいに対応しているのがわかる。疑問詞の語頭は、英語では wh-系列、ラテン語では qu-系列、サンスクリット・ヒンディーでは k-系列になっている。他にも wh- の単語を集めてみた。語根表の *kʷ から探す。

kʷ(hʷ)  ← *kʷ → k, ʃ, tʃ

個人的には今日一番の驚きが、white = shveta = safed だったこと。(ただし safed はペルシャ語経由)。シュヴェータという名前も聞くし、スラヴ系の名前でもSvetがつくのをよく見かけるが、whiteやwheatと同語源だったとは...。whaleはどうだろうと遡ってみたが、ラテン語 squalus、印欧祖語 *(s)kʷálos が再建されていて、ペルシャ語にوال (vâl) があった [kwalos→wal?] が、インド語派には該当する語がなかった。

k(h) ← *ḱ → s (ʃ) 対立では、サテム語では *ḱ が s (ʃ) 化するが、kʷ(hʷ)  ← *kʷ → k 対立でも インド語派では k からさらに s, ʃ, t͡ʃ 化している (インド系言語の翻字で ś は /ʃ/[シャ行音]、c は t͡ʃ[チャ行音]) のが多いと思った。*ḱweytós (“bright; shine”) につながるイタリック系語彙が見当たらない。同語源の語彙が別の語派で見当たらないことはよくある。でも「白」と言う言葉はあっただろう。ラテン語で「白」は何と言ったのか調べてみたいと思った。

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