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*reydʰ- [curry/ready]

"curry favor" は一見すると「curry flavor カレー風味」と誤読しそうだが、「機嫌を取る、取り入る、ゴマをする」という意味のイディオムだ。

このイディオムにおける favor は「好意」の favor ではなく、元々フランス語の fauve (favel, fauvel) だった。fauve は「淡黄褐色・鹿毛色」の意味で英語の fallow と同語源。fallow は鈍い橙系の黄色、うす茶色、灰黄色、ウッドブラウンやウォールナット色とも説明される。色見本で fallow を調べると、コードが [HEX→ #C19A6B] 、[RGB→ R:193 G:154 B:107] と出る。

印欧祖語 *pelh₁- ("pale") につながるフランス語の fauveは、英語の fallow 以外の語ともつながっている。英語の pale。日本語で「青ざめた」と訳すので「青」っぽいイメージがあるかもしれないが、病気の人の顔のような「黄色」だ。また、ウェールズ語の lloyd も同語源。名字にもなっている lloyd は「grey」という意味。名字の Lloyd は "grey hair"の人という意味から。ギリシャ語で灰色を意味する πολιός (poliós) も同語源で、病名ポリオ (poliomyelitis) ―急性灰白髄炎 [πολιός (poliós "grey") +‎ μυελός (muelós "marrow") +‎ -ῖτις (-îtis "-itis)] ―と関連がある。ドイツ語の falb (黄灰色) も同語源だが、falbは特に馬の色のことを指すらしい。

中世では"fallow"色の馬は欺瞞や不正直の象徴と見なされていたという。語源辞典によると、寓意物語の中で色の曖昧さから偽善の象徴として用いられたとのこと。灰黄色の馬が登場して欺瞞を働く古典的な寓話が13~14世紀に色々あるらしい。いずれにしても、もともと 古フランスで "correier fauvel" だったものが、"curry favel" となり、後に、fauvel/favel/fauveの部分は勘違いで favor と変化してしまった。

favor
←フランス語 fauve
←後期ラテン語 falvus
←フランク語 *falu, *falw- からの借用
←ゲルマン祖語 *falwaz ("pale, grey")
←印欧祖語 *polHwós ("pale, gray")
←印欧祖語語根 *pelH-

実はきっちりグリムの法則 (p→f) に則っている。ラテン語の falvus に/f/が現れるのはゲルマン語由来だから。英語の pale に/p/が現れるのはラテン語由来だから。


curry は「馬を馬櫛ですく・手入れする」という語。
←中英語 currayen
←古フランス語 correer ("to prepare")
この語は俗ラテン語 *conredare で、ラテン語の com- と ゲルマン祖語の *raidaz を合成した語かもしれないらしい。*raidaz は 印欧祖語の *reydʰ- ("to ride") につながり、raid, ready, ride, road, curry と関係があるようだ。

「だます」の漢字「騙」にも馬が入っているが、こちらはヒラリと馬にまたがるという意味らしい。上手く乗りこなす様子を言葉たくみに誘導することの例えとして言ったのだろうか。curry の語源になっている *reydʰ- は「乗れるように用意する」という意味なので、乗って操縦するということとは違うが、どちらも馬が出て来るのが面白い。偽善を表す曖昧な色と言えば、日本で人を化かすとされるキツネも同じような色をしているなぁ...。

curry favor を 元の意味が分かるように言い換えるなら、"ready fallow (horse)" つまり "to comb/groom and make fallow-colored-horse ready" といったところだろうか。馬に乗ることができた騎士身分は一部の限られた軍事エリートだけだったので、お金持ちの高級車にワックスを塗ったり窓を拭いたりして気を引こうとするのと同じ感じなのかなと思った。あるいは、外見はピッカピカの高級車だけど、エンジンぼろぼろの車を用意することかな?

curry も favor(←fauve)も、フランス語経由でラテン語からだが、そのラテン語にはゲルマン語から入っているのが面白い。ローマ人が馬の扱いなどは周辺のガリア人との戦いから習得していったからなのか、あるいはフランク人とローマ人が同化していった名残なのだろうかと想像が膨らんだ。

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