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#47. 雁はガァ、烏はカァ *ǵʰh₂éns [goose/anser/हंस]

ケントゥムとサテムの比較で、今回は *ǵʰ *gʰ *gʷʰ に注目する。

*ǵʰ *gʰ *gʷʰ

硬口蓋音 *ǵʰ
この印欧語根にあたるのが 英語 goose。再建されている印欧祖語は *ǵʰh₂éns だ。*gh はゲルマン語に入ると *g に、イタリック等では *h になる。イタリック祖語では *hāns だったようだが、ラテン語では ānser。スペイン語では ganso と ánsar の二つがあるが、ganso はゲルマン系のゴート語から、ánsar は俗ラテン語から来ているようだ。硬口蓋音 *ḱ や *ǵ はサテム語では ch や j に変化するので、インド・イラン祖語では *ȷ́ʰansás だったとされるが、サンスクリットでは j も落ちて हंस haṃsá となる。なお、古代ギリシャ語では χήν (khḗn) だが、現代ギリシャ語では音韻変化がさらに進んで χήνα (chína)。

ヒンディー語で हंस hans と言えば swan のことを指し、goose は बत्तख (battakh) と言うので、हंस hans が goose と同語源というのは少し意外だった。そう言えば swan の語源は?ドイツ語では Schwan というなど、ゲルマン祖語では *swanaz だったようだが、音を立てる・鳴く・歌うという 印欧語根 *swenh₂-/*swen から来ているようだ。*swen と同語源は サンスクリットの स्वन् (svan, “sound” 特に whizzing noise)、ラテン語の sonus (“sound”)。よってそこから派生した sound, sono-, sonic も同語源だ。Swan は歌を歌う鳥ということで、特徴的な鳴き声から命名されたのだろう。

鳴く声のオノマトペから動物名が来ているシリーズ
 *ǵʰh₂éns (goose)
   ガァーガァー
 *gerh₂-  (grouse, crow, crane)
   ガァーガァー・ケーンケーン
 *ḱer- (raven)
   カーカー
 *ḱwones (hound)
   キャンキャン・クーンクーン
 *suH- (swine)
   シューシュー

goose と grouse は *ǵʰ か *ger だけの違いのようにも見える。その微妙な調音点の違いで *ǵʰ の方が少し前で有気音なので軽い音に聞こえ、 *ger の方は無気音ちより少し奥で、そして "r" が続くのもあり、少し重たい音に聞こえるのは気のせいだろうか。より甲高い音に聞こえる *ḱer-  もより小型の鳥の名前 (raven) の語根になっている。今後もオノマトペに注目したい。

軟口蓋音 *gʰ
*gh はゲルマン系で *g、イタリック系では *h になる代表的な語は garden と horticulture。再建された印欧語根は *gʰerdʰ-。古英語 (ġeard) からの語彙が yard、アングロ・ノルマン語 (gardin) 経由で入って来たのが garden。*gʰerdʰ-/*gher- の根底にある意味が「囲う」なので、囲っている囲い・フェンス・ベルトを指す語に関連していて、gird, girdle も同語源だ。horticulture は agriculture に見習って ラテン語の hortus (“garden”) に culture をつけて作られた語彙らしい。古代ギリシャ語でも χόρτος (khórtos, “farmyard”)だったり、ケルト系では gort (“wheatfield”) と、ヨーロッパ方面では早くから 居住地を囲んでいる土地に関わる語になっているように感じる。

一方、サンスクリットでは गृह (gṛha, “house”) それから転訛したヒンディー語では घर (ghar, “house”) と、居住地の建物を指すようになっている。壁で囲んだ建物ということなのだろうか。*gʰerdʰ- から गृध (gṛdha) になり、गढ़ (gaṛh) となると「要塞」の意味。英語の rampart を想像すると、土塁・塁壁のように囲いをして、ところどころシェルターとして入ることできるように作っていたものが、次第に建物(南アジアの家は基本的に土造り)を指すようになり、「家屋」を指すようになったような気がする。ヒンディー語で घेर (gher) はまさに「囲い・周囲」という意味だが、サンスクリットとの関係を遡ることができなかったので *gʰerdʰ-/*gher- につながっているか確証はない(古い段階で「囲い」の意味より「家屋・建物」という意味に固まっているのが気になる)が、おそらくつながっているのではないかと思う。

両唇軟口蓋音 *gʷʰ
英語で f が来た時の語源は色々あるが、*gʷʰ が イタリック語で f になったものが入ってくるものもある。印欧語根 *gʷʰen- (“to strike, kill”) が イタリック祖語で *xʷendō から *fendō になり、ラテン語の offendō や dēfendō になり、古フランス語を介して offend, defend につながる。ちなみに、fence は ラテン語の dēfēnsa が古フランス語で入って来た後に de が抜け落ちたもの。*gʷʰen- から来た英語本来語は探せなかったが、古ノルド語の人名 Gunnhild 経由の単語に gun がある。gunnr (“war, Gunnr”) +‎ hildr (“battle, Hildr”) ってどんな武人の名前かと思うが、女性の名前らしく、大型弩砲の ballista のあだ名としてつけられたらしい。KDEEで遡れるのはここまでだったが、wiktionaryでさらに遡ると*gʷʰen-につながるようだ。KDEEで 語根 *gʷhen- に関連する語として Edith という人名があった。古英語名 Ēadġȳð から来ていて、ゲルマン祖語で分解すると *audaz (“wealth, riches”) + *gunþiz (“battle”) となり、その gunþiz が *gʷʰéntis (“act of killing, blow”) つまり 語根 *gʷʰen- につながる。

サンスクリットでは घात (ghāta, “injured”) が傷つけることに関した語で、そこから派生したヒンディー語は घाव (ghāv, “wound") घायल (ghāyal, “wounded") など。कृतघ्न kṛtághn (kṛtá 作った+ghn 打ち消す= 恩知らず) や विषघ्न viṣághn (viṣá 毒+ghn 打ち消す=解毒) と言った語の成分 (घ्न ghn=打ち消す) になっていることに気づいて、難しい単語だったけど一生懸命覚えたことが今になって報われた気がする。ちなみに 毒を意味する विष viṣá は 印欧語根 *wisós で vīrus と同語源。

ゲルマン語で有名なグリムの法則やヴェルナーの法則が発表されて以来、比較言語学では音韻変化の法則を発見した研究がたくさんある。サテム語で「*i, *u, *r, *k の後ろにある *s の調音部位が奥寄りになって š([ʃ]) のような音に変化、そり舌音が発生する」という RUKIの法則 を始め、インド・イラン語派では、ブルークマンの法則、バルトロマエの法則、グラスマンの法則などなどあるようで、印欧祖語からの派生を比較しようとするならこれらも念頭に置かなければいけないが、まだまだ勉強不足なので、ケントゥム・サテムの比較はとりあえずここまで。英語語源辞典に比較の一覧表が載っているので参照されたい。

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