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【北京五輪】フィギュアスケート男子シングルの感想【Beijing2022】

北京オリンピック、フィギュアスケート個人戦男子シングルの感想です。

最終結果の順位降順で振り返っていきます。

以下は全て、筆者の趣味丸出しの主観による感想です。ご了承ください。


WD. Vincent Zhou (USA)

新型コロナウイルスの検査で陽性となり、個人戦に出場することはできませんでした。

なんと言えばいいのか、いまだに言葉が見つかりません。でも、団体戦のメンバーとしてオリンピックメダリストになったこと、心からおめでとうと言いたいです。団体戦FSの演技は彼にとって100%の演技ではなかったかもしれないけれど、あそこで踏ん張ったからこそTeamUSAの銀メダルがあるのです。

私は、ヴィンスの演技を見ていると、彼の心の内を覗かせてもらっているような気分になるんです。内側の世界はやがて見る者を包み込み、遠く遠く彼方まで広がっていく。昨シーズンから継続のSP”Vincent”は、そんな抒情的なスケートをたっぷりと見せてくれる、本当に本当に素敵なプログラムです。オリンピックの舞台で見たかった。

それでも、彼は「これが終わりではない」と前向きな言葉を口にしていました。世界選手権でぶちかましてほしい。応援しています。

先日発表されたエキシビションの招待者リストに、彼の名前が載っていました。なんという素敵な心遣い。元気な姿を見ることができたら嬉しいです。

29. Roman Sadovsky (CAN)

団体戦にもフルで出場していました。なかなか調整が上手くいっていないようで、綺麗に決まったジャンプはありませんでした。それでも、彼はスケートの美しさを存分に見せてくれる。ひとつのターンに、ふとした指先に、音楽が宿る。そういう素晴らしいスケーターなんですよ。今回は本当にジャンプだけが決まらなかった……。スケーティングスキルもっともっと評価されてほしい。

28. Aleksandr Selevko (EST)

肩の痛みを抱えての出場でした。エレメンツには怪我の影響が見えましたが、身のこなしやキレには何も変わりはありませんでした。” I Step Out For A While”は4シーズン目のプログラムですが、何度見てもハッとするほど格好いいです。

27. Shihyeong Lee (KOR)

ネーベルで掴み取ってきた出場枠。前半はまとめましたが、後半の3Lzでめちゃくちゃ怖い転倒の仕方をしていて心配でした。全体的に硬く見えて、本来の力は出せなかったかなという印象です。

26. Alexei Bychenko (ISR)

「そこにいるだけですごいんだよ」という種の賛辞は選手の向上心を否定するような気がしてしまって、あんまり言わないようにしています。自分が言わないだけで、誰かが言ってたらうんうんそうだよと思うんですけどね。でも、ビチェンコさんに関してはマジで出場してるだけですごい!!!そのうえジャンプ全部根性で降りた!!!ビチェンコさんまじビチェンコさんだわ。このSP好きです。トゥルソワさんのペールギュントも好きだったしペールギュントが好きなのかも。

25. Michal Brezina (CZE)

マジで出場してるだけですごい人part2。平昌とミラノワールドでの素晴らしい演技を経て、今日まで続けてくれたことに感謝です。あまり調子はよくなさそうでしたが、ぐいんぐいんと疾走感あるスケーティングとラストの3Aはお見事でした。

ここからはフリー進出者。

24. Ivan Shmuratko (UKR)

全体的に少し緊張が見えました。FSではジャンプに乱れが出てしまいましたが、彼らしい柔らかなスケートとリリカルな世界は決して損なわれていませんでした。” Nuvole Bianche(白い雲)”、美しいプログラムなのでぜひ世界選手権でもう一度完成形を見たい。SPのニースライドはニースラ加点5億点くださいの気持ちになりました。

23. Lukas Britschgi (SUI)

今大会でもっとも驚かされた選手のひとり。彼の演技は何度か見たことがあったはずなのですが、今回のSPで心を撃ち抜かれました。こんなにエモーショナルな表現ができるのかと。歌いながら滑る系スケーターはもれなく全員大好きなので…………。FSもミスはありつつも絶えず楽しそうに、気持ちよさそうに滑っていました。魅力に気付くのが遅くてごめんなさい!これからもとても楽しみ!

22. Donovan Carrillo (MEX)

ドノヴァンくんもまた、歌いながら滑る系スケーターの筆頭であり、もっとも驚かされた選手のひとりであり、尊敬する、大好きな人です。

今大会はSP通過を目標としていましたが、彼のSBは記録が残る29選手中29位でした。厳しい戦いを強いられると理解していたのでしょう。大きな試合では初めてSPに4Tを投入してきました。彼が今まで試合で跳んだクワドの中で、もっともクリーンなジャンプでした。FS後半の3Lz+3Tコンボは、去年まででは着氷できていなかったと思います。StSqでは以前に比べ十分なスピードを保ったままステップを踏むことができており、SP・FSともにレベル4を獲得しました。スピンはもともと上手な選手で、FSではオールレベル4を揃えました。そして何よりも、この夢舞台を心の底から楽しんでいるのが伝わってくる演技を見せてくれました!

フィギュアスケート後進国からの出場だけでも偉業なのに、それに甘んじずキャリアベストの演技を見せてくれたこと、本当に凄いです、格好いいです。試合後、ミラノ五輪にも挑戦したいとコメントしていました。出場権を掴み取った世界選手権から1年も経たない間にこんなに成長しちゃうんだもん、次の4年が楽しみすぎますね!!

21. Nikolaj Majorov (SWE)

今大会の彼は本当に素晴らしかったです。最初で最後のオリンピック。SPでもFSでも持てるものを全て出し切り、感情を爆発させていました。こういう演技を見ることがフィギュアスケートを見る最大の歓びです。粗削りっぽい雰囲気に反してよく滑るスケートも気持ちいい。オリンピックで見ることができて本当によかった!スウェーデン連盟やればできる子!!

20. Konstantin Milyukov (BLR)

わたくしくるみ割り人形のグランパ・ド・ドゥには思い入れがありまして、並のプログラムでは満足できない身体なのですが、ミリュコフさんのSPはかなり好きです。今回完成形を見ることができてよかった。FSは滑り出しからとてもよくスケートが伸びていて、お、これはいけるぞ、と思いました。予想通り、ミスを最低限に抑えキャリアハイの演技を見せてくれました。素晴らしかったです。

19. Andrei Mozalev (ROC)

今回のフリースケーティング、内容や点数に関わらず持ち味を発揮できた選手が多い中で、モザリョフくんは正直ほとんど彼らしいスケートができていませんでした。こんなもんじゃないのに、というのは本人が一番噛みしめているのではないでしょうか。しかし、そんな中でもSPで抜けた3Aをしっかり決めたり、コンビネーションジャンプを全て降りて基礎点を重ねることができたのは、彼が積み重ねてきたものの現れです。間違いありません。SPではROC代表の3選手中もっとも高いPCSを獲得していたように、彼の重みと深みのあるスケーティングや、そこから生み出される音楽表現は唯一無二です。今はゆっくりと心身を休めることができますように、祈っています。

18. Vladimir Litvintsev (AZE)

全体的に謎軸で全体的にジャンプいっぱい降りてました。特にSPは質の高いクリーンな実施でした。”鐘”のプログラムも以前よりぐっと洗練されていてよかったです。FSではStSqのスピードとラストのCCoSpを犠牲に3Lzからの3連リカバリーを召喚していました。つよい!”JOKER”のプログラムはそのうちしっくりくるかなと思ってたけどまだ来なかったです。どう見たって虫も殺せなさそうなんだもん。でもジョーカーのサントラを使った別物と考えれば素敵なプログラムだと思います。頑張りました。

17. Brendan Kerry (AUS)

今大会のケリーくんは、今までのキャリアの中で一番輝いていました。成績だけを見れば平昌以前の過去のシーズンも輝かしかったけれど、今のケリーくんのスケートが一番素敵。スケートの一蹴りに惹かれる、身のこなしひとつに目を奪われる、円熟味ってこういうことか、と実感させてくれる演技でした。SPでは今季何度もいい演技を見せてくれていましたが、FSは今回が見た目も点もパーソナルベスト。27歳でこんな進化を見せられたら、この先にだって期待したくなっちゃうよ。

16. Matteo Rizzo (ITA)

SPで私の涙腺を大崩壊させた罪なお方。今回、SPを2018-19シーズンに使用していた”Volare”に戻しました。これがクリティカルヒット。後半グループ、緊張やら何やらでピリピリとしていた心を、マッテオのスケートに、やさしく、あたたかく包み込まれて、ほっとしたような気持ちになってしまって、気付いたら涙がぼろぼろ止まらなくなってしまった。ネカフェ大号泣おばさん爆誕!マッテオ本人は緊張していたというのにな。

FSでは4Tの抜けや壁にぶつかるアクシデントがありましたが、冷静に構成を変更して滑り切りました。頭が良い。試合後かなり悔しそうなコメントを出していたけれど、前回あの素晴らしい成長を見せた平昌から順位も点数も上げてきました。何より、私にとっては彼のスケートが大好きだと再確認できた試合でした。彼の素晴らしいところはね、いついかなる時でも何があっても演技を絶対に諦めない、パフォーマンスを止めないところなんですよ。
来月、世界選手権でのリベンジも誓っていました。全力で応援しています!

15. Mark Kondratiuk (ROC)

まずはお疲れ様でしたと言いたい、Russia Olympic Committeeの功労者。SPFS通して団体フル出場の疲れが見えました。ただ、FSに関しては団体戦よりも個人戦の方が滑り自体はよく滑っていたように思います。その証拠に、個人戦ではオールレベル4が取れていましたし、ラストのChSqの加点は増加していました。戦いの中で成長していくファイターなのだぜ。インタビューからフィジカルもメンタルもギリギリなところでやっていたのが窺えました、どうかゆっくりゆっくり休んでください。

……なんて書いていましたが、試合後の自由練習で宇野昌磨さん、鍵山優真さんとSBS4Tを跳んでいる様子をアップしていました。若いっていいね!!

14. Adam Siao Him Fa (FRA)

シャオくんはジャンプも凄いが何と言ってもStSqそしてChSqが凄い!SP”スターウォーズ”のStSqは最高。身体のキレ、体幹のコントロール、ビッタビタの音ハメ、全てが最高としか言いようがありません。一般ピーポーにも注目されていましたね。男子シングルステップキレキレで賞は間違いなく彼のものでしょう。レベルは3でしたが、+5をつけているジャッジもいました。わかる~~~。FSの”ダフトパンク”もまたこれ以上ないくらいワクワクさせてくれる爽快な演技でした。このプロのChSqは今季の推しChSqのひとつです。終始楽しみながら滑る姿も印象的で、フランスの未来は明るい……と思いました。

13. Deniss Vasiljevs (LAT)

どんどんと深みを増すスケート、濃厚で豊潤な世界にひと匙の青さ。

4年の間に熟成された魅力を存分に見せてくれました。

今季のFS、”ロミオとジュリエット”は名作です。名プログラムではなく、名作。

今回はヨーロッパ選手権のようにはジャンプを決めることはできませんでした。しかし、その美しい身体表現、身ひとつで語られる物語に何も変わりはありませんでした。

デニスくんは将来、ジェイソン・ブラウンのような選手になるのかな、と思います。演技のスタイルはそこまで似ているわけではないのだけれど、戦い方という面で。ここからさらに4Sをコンスタントに降りられるようになってくれば、もっともっともっと上を目指せます。

余談ですが。彼の成熟した演技を見て、弟弟子の島田高志郎くんのことを思わずにはいられませんでした。追いつけるし追い越してほしい。応援しています。

12. Kevin Aymoz (FRA)

怪我による不調から、よく間に合わせてきました。

高い身体能力とアーティスティックな感性が交わったパフォーマンス。そこにはフィギュアスケートの可能性を拡張しうる力があると、改めて思いました。

だから、何も恐れずこれからも色んな表現を見せてほしい。それを阻むものがあるのなら私が全てぶっ壊してやるからなの気持ち。気持ちだけはあるんだ。力が欲しい……圧倒的な力が……。

表現面のみならず、エイモズくんのカウンター3Aは世界トップレベルのクオリティを誇ります。毎回上手すぎて笑っちゃう。

インタビューによると、また次の4年を目指すつもりだそうです。連盟も生まれ変わったことだし、フランス希望しかないな!

 

11. Keegan Messing (CAN)

エイモズくんとは別の意味で、よく間に合わせました。

サバイバルの末、SP前日に北京に辿り着いたキーガン。どこか吹っ切れたような表情が印象的でした。もともとタフな選手ですが、「ここにいるだけで奇跡」という実感がさらに彼を強くしたのかな、なんて推測してみたり。

キーガンのスケートからは、風を感じるんです。
SP” Never Tear Us Apart”からは、豪快に吹き抜ける風を。
FS” Lullaby for an Angel””Home”からは、頬を撫でる、あたたかい風を。見ていて心の底から気持ちのいいスケートでした。出場できて本当によかった。

10. Morisi Kvitelashvili (GEO)

SPFS通してベストに近いものを見せてくれました。

今シーズンは徐々に技術以外の部分にも磨きがかかって、はっとさせられる瞬間がたくさんありました。特に、SPの” Tout l'universe”は非常に良質な中二プロでした。今回はFSのシナトラメドレーも見ていて気持ちが軽くなるような楽しさがありよかったです。前回大会24位から躍進の10位。ベテランの年齢ですが、この先ももっと見てみたいです。

9. Boyang Jin (CHN)

今大会の個人的MVPです。何かしらの賞をもらってほしい。

4年前、会心の演技ながら、あと一歩表彰台に届きませんでした。
4年間、なかなか上手くいかず、迷いが見えることもたくさんありました。

でも、今回のオリンピックを通して、彼の中で、全てとは言わずとも、何かが昇華されたのではないでしょうか。母国開催のオリンピック、たった一人の中国男子代表、団体戦から4回の出場、その全てをエネルギーに変えたような、素晴らしい演技を見せてくれました。

4Lzは「原点にして頂点」と言いたくなる質の高さ。4年前に唯一転倒した4Tもしっかりと着氷。
SPもFSも全てのジャンプを降りた後に持ってきたStSq、これが効果的でした。ボーヤン・ジン史上もっとも熱の入ったステップに、気付けば涙が止まりませんでした。FSで最初に私の涙腺を崩壊させた犯人はボーヤンです。

トランジションの少なさなど、まだまだ課題はあるかもしれません。でも、間違いなく、私は今のボーヤンが一番好きです。

8. Evgeni Semenenko (ROC)

補欠からの繰り上がり出場、大健闘の8位入賞です。おめでとう。

今シーズン、特にヨーロッパ選手権あたりから、どんどん演技が熱を帯びてきて、彼の色が見えてきた気がします。シンプルに格好いいんですよね、セメネンコくん。お顔も格好いいけどお顔だけじゃないです。演技が格好いい。

ロシア男子は例年以上に実力が伯仲していて、誰がオリンピックに出てもおかしくありませんでした。叶うことなら全員見たかった。でも、五輪3枠獲得の立役者であるセメネンコくんがこうして活躍してくれて、本当によかったです。

7. Daniel Grassl (ITA)

7位ってすごくね!?!?!?!?!?

彼がポテンシャルモンスターなのは知っていたけれど、とうとう来ましたか。

変態的な難度のジャンプ、変態的なポジションのスピン、それだけではない個性と情熱。今大会ではばらばらだったそれぞれのピースがはまり、ひとつの演技としての完成度がぐっと上がりました。

私、グラッスルくんのプログラムが毎回かなりツボなんですよ。ブノワ・リショー氏の振付と相性最高だと思います。カオリサカモトと一、二を争うレベル。

昨季から継続のSP”The White Crow”。当初、このプログラムはひとりの無垢で無邪気な少年、その神秘性を引き出すため作られた作品なのではないかと思っていました。(※全て私の妄想です)しかしながら、回数を重ねる毎にその印象は変わっていきました。純粋な透明感はそのままに、人間らしい温度、熱が灯っていったのです。透明感と情熱って、両立できるものなのですね。長い時間をかけて、この作品は、彼の、彼自身のものになりました。

FSの”インターステラー””アルマゲドン”。私は勝手に宇宙メドレーと呼んでいます。今でこそもう誰も突っ込まなくなったけど、よくよく考えるとジャンプ構成が個性的すぎる。見ていて一番安心できるのが4Loというのもおかしいし、そこに+1Eu+3Sがついているのもおかしい。FSではまだジャンプに集中している時間が多いのですが、そのぶんStSqとChSqの解放感は最高です。ああ素晴らしきカタルシス。宇宙的スケールに見合う演技でした。

それにしても……フリー4位ってやばくね!?!?!?!?
イタリア男子始まってますねえ。五輪代表の2人以外にも魅力的な選手がいますし。みんなそれぞれ全く異なる演技スタイルを持ちながら、どこか通底する情熱とパフォーマンス性を感じるのも面白いです。伊男子はいいぞ。もっと盛り上がってもっともっと競技人口増えてほしいな~。

6. Jason Brown (USA)

この大舞台で、ついに、”ジェイソン・ブラウン”を完成させました。

SP”Sinnerman”は言わずと知れた最高傑作。記憶に残るだけじゃない、フィギュアスケートの歴史に刻まれる作品だと私は思います。エレメンツの質、スケーティング、ボディムーブメントに音楽性、どれを取っても最高級。今大会の採点に対してほとんど疑問を感じることはなかったのですが、唯一不満を感じたのはこのSPのPCSです。10.00が一つしか付いてないってどゆこと!?!?全項目1000000000000000.00を付けなさいよ。

一方、FSではSPよりもPCSが高く評価されていました。うむ。苦しゅうない。ただひたすらに美しい、美しすぎる演技でした。私は、プログラムで表現している内容よりも、むしろ、ジェイソン自身の生き様の方に心を打たれてしまいました。ずっとずっと挑み続けてきたクワドジャンプを外して、”シンドラーのリスト”という作品を完成させることを選んだその選択。きっと正しかったのだと思います。

尚、コレオシークエンスでは今回ただひとり満点を獲得していました。やっぱりスパイラルしか勝たん!

ジェイソンは、ただ芸術性に優れた表現者というだけではありません。彼は、男子シングルという競技の可能性を広げ続けた偉大な選手です。拍手。

5. Junhwan Cha (KOR)

大躍進、という言葉がふさわしいでしょう。

彼もまた、この4年間で驚くほどの進化を遂げたスケーターです。

4年前だってめっちゃスケート上手かったのに、今回のジュンファンはめっっっっっっちゃめちゃ進化してました。しなやかで艶やかな身のこなし、クリケ仕込みの質の高いエレメンツとスケーティング、欠点のないトータルパッケージ。でも、何よりも、今の彼はそういった技術の枠に収まらない何かを持っているんですよね。存在感、華、カリスマ、スター性、オーラ……言葉にすると陳腐になってしまうけれど、そういう類のもの。

SPの” Fate of the Clockmaker”は神プログラムとしか言いようがありません。ひとつひとつの音を拾うだけでなく、拾い上げた指先が物語を紡ぐ。そう、実は彼自身が物語の主人公だったのです。そういうプログラム(どういうプログラム?)。

FSの”トゥーランドット”は王道中の王道、ど真ん中を正攻法で攻め切るプログラム。今回は冒頭の4Tで大きな転倒がありましたが、その後すぐに立て直し、世界観を損ねることはありませんでした。よく頑張った。なんと言ってもコレオシークエンスよ!最高のChSq、絶品のイナバウアー。半数以上のジャッジが+5の加点を付けていました。うんうん、次は8億点出してくれよな!!!

今季はジャンプの回転不足も克服しつつありますし、もう何も言うことがありません。忘れがちですが、まだ20歳になったばかりなんですよね。韓国では22歳かな?ジュニア時代から長く見ているし、シニアデビューも早かったし、五輪も2回目ということでつい中堅選手くらいの感覚で見てしまいます。この歳でこんなに成熟していて、この先一体どうなってしまうのか。楽しみしかありません。

4. 羽生結弦 (JPN)

……何と言葉にすればいいのでしょうか。未だに答えを見つけられずにいます。

私が今、素晴らしいフィギュアスケートを応援することができているのは、羽生結弦さんのおかげです。そして今、フィギュアスケートが素晴らしくあるのは、羽生結弦さんのおかげです。

でも、あなたはかつて、こう語っていましたね。
「『君はレジェンドだから』と言われるのは、悔しい」と。
だから、今日は、どんな過去も歴史も偉業も結果も無視します。あなたが北京の地で全てを出し尽くした演技、それだけを振り返りたいと思います。

細部までこだわり抜いたプログラム。
人類未踏の4Aへの挑戦。
もちろん、完成を願っていました。
でも、今回の羽生結弦さんの演技、もっとも胸に響いたのは、最後の最後まで戦い抜いた姿です。

SP、アクシデントの後もその音をひとつたりとも拾い落とすことはありませんでした。FS、2つの転倒の後、全てのジャンプを羽生さんらしい、高い質で決めました。

「前半2つのミスがあってこそ、この『天と地と』という物語が、ある意味できあがっていたのかなという気もします」

FSの後、この言葉を聞いたとき、思い出すことがありました。
町田樹さんの実演者として最後の作品、"人間の条件"。
本番ではジャンプにミスがありながらも、何度も立ち向かった演技は、"人間の条件"という主題そのものでした。
2人とも、ずっとずっと完璧を完成を追い求めてきた求道者。欠けた部分も含めて胸を張れるのは、全てを懸けてきた自信があるから。

"天と地と"ラストのコレオシークエンス。
その手に持った刀で、心を貫かれました。

反射的に思い出したのは、平昌でのウイニングランのようなChSq。あの喜びに満ちた舞は、"SEIMEI"ではなく、羽生結弦さん自身の表現でした。

一方、今回のChSqは、"天と地と"そのものでした。
"天と地と"は、戦う者の物語。
それは、"フィギュアスケーター・羽生結弦"の物語であると同時に、羽生結弦を守り続けた27歳の青年、"羽生結弦さん"の物語でもあるのだと思いました。最後まで攻めることは、最後まで、世界を守ること。そして、最羽生結弦を守ることだったのです。

ここからは個人的な話。
強い羽生結弦は大好きです。でも、私が本当に好きになったのは、誰よりもスケートが好きで、だから誰よりも強くあろうとする羽生結弦さんなのです。
試合後のインタビューを聞いていて、正直、もういいんだよ、と思ってしまいました。
そんなことを思われるのは不本意かもしれませんが。
羽生結弦さんがスケートを好きでいてくれたらそれが一番嬉しいけれど、幸せになれるなら何だっていいです。
戦い続けてくれて、ありがとう。

3. 宇野昌磨 (JPN)

宇野昌磨さんはどこまでも強く格好いい人だな、という思いが深まった試合でした。

今季の昌磨さん、輪をかけて格好いいです。
まっすぐな瞳。まっすぐな言葉。迷いのない、凛とした姿勢。

そのまっすぐさ、迷いのなさは演技に色濃く現れていました。

SPの"Oboe Concerto"。
団体戦では非常に落ち着いて滑っていた一方、個人戦では気合と気迫を感じました。
ずっしりと重厚感のあるスケーティングと荘厳なオーボエが絡み合うこのマリアージュ。宇野昌磨さんのプログラムの中でもっとも好きなもののひとつです。

余談ですが、私が好きな昌磨さんの競技プロベスト4は"ブエノスアイレス午前零時/ロコへのバラード"、"Oboe Concerto"、"Dancing On My Own"、"Great Spirit"です。これ、曲のジャンルも振付師も全て違うの凄くないですか?昌磨さんは何を滑っても昌磨さんらしいと感じるけれど、実は表現の幅めちゃめちゃ広い。

FSの"ボレロ"。宇野昌磨史上最高難度のプログラム。
冒頭の4Loを着氷した瞬間、胸が熱くなりました。
彼もまた4年前の忘れ物を取りに来たのかと。
もっとも、昌磨さんは過去ではなくもっともっと先の場所を目指して跳んでいるのだと思うけれど。
このプログラムのハイライトは、何といってもラストのステップシークエンス。これまでは、音ハメえぐいな~難しそうだな~という印象だったのが、全く変わりました。びっくりするほど進化していました。音に合わせるのではなく、音が彼の方に合わせているかのようでした。5クワド跳んだ最後にこんなステップできるの凄すぎる。

4年前よりも重い思いの詰まった銅メダル、おめでとうございます。試合後にフリー曲かけノーミスやら4T+3Loやら3A+4Tやら見て笑ってしまいました。どこまでも我々の想像を超えてきますね。これからも突き抜けていこう!

2. 鍵山優真 (JPN)

楽しむ人は強い。 
フィギュアスケートを見ていると、そう感じることがあります。

今回の優真くんのSPを見て、心の底から実感しました。
正直、特に今季の優真くんはフリー番長的なイメージが強く、SPでいい演技を見た記憶がありませんでした。
"When You're Smiling"というプログラムもあまりピンと来ず、これってパトリック・チャン並のスケーティングがないと成立しないプロなんじゃないかなあと思っていました。
それが今回。度肝を抜かれました。
まず、滑り出した瞬間からめちゃめちゃいい表情で滑る滑る。あ、これ、「パトリック・チャン並のスケーティング」だわ。お手本のようなジャンプをばんばん決める決める。笑うしかない。積み重ねてきた自信を胸に、この大舞台を心から楽しんでいるように見えました。

そして、FSの"グラディエーター"。
団体戦の時よりも、やや緊張が窺えました。
しかし、その中でも変わらず質の高い4Sから始まり、4Loも着氷まで持っていきました。3F+3Lo、3Aまで決めた後、この後が、また衝撃的でした。
ここまで最速のスピード、最高のスケーティングに強い強い気持ちが乗った、壮大なコレオシークエンス。

彼が今シーズン一番の進化を見せたのは、この、気持ちの部分だと思います。もちろん、これまでだって想像もできないほど強い気持ちを持ってスケートをしてきたのだと思うけれど、これほどまでに演技に現れることはありませんでした。情熱を表現としてスケートに乗せられるようになったのが、鍵山優真最大の進化です。

銀メダルという結果以上に、殻を一つも二つも破りまくったオリンピックになったのではないかと思います。おめでとう!

至極どうでもいい話ですが、私の"優真くん"呼びは、「ゆまち呼びは馴れ馴れしくない?」という自意識と「鍵山くん呼びよりは親しみ込めたい」という欲望の戦いの末の折衷案です。本当にどうでもいい。

1. Nathan Chen (USA)

誰が何と言おうと、最高のネイサン・チェンでした。

SPは文句なしのワールドレコード。
"La Boheme"にプログラムを戻したこと、団体戦に出場しいいイメージを掴んだことが全て功を奏しました。

ネイサンだからと当たり前に見てしまいますが、SP最後のジャンプが4Lz+3Tってシンプルにクレイジーですよね。ジャンプもさることながら、StSqはネイサン史上最高のステップシークエンスでした。ネイサンは昔からはちゃめちゃにステップ上手いんですよね。
上半身を複雑かつ大きく使いながら、余すことなく音を拾う。スピードを保ちながら、スケートはしっかりコントロールする。上半身と足元で全く違うことしてるだけでも凄いのに……。
今回はそこに4年分の思いまで込められていて、もう、ただただ泣くしかありませんでした。演技後は珍しく感情を露にガッツポーズをしていました。それでまた泣く。私の涙腺を返してくれ。

このSPでは、ジェイソンと並んでStSq満点を獲得しました。あの"Sinnerman"と並んでですよ。米男子最高!

FS、"ロケットマン"。
ネイサン史上、もっとも人間らしさが見えた演技でした。

SPの点差と構成の差、そしてFSの安定感を考えれば、安心して見ることができたはずです。

でも、なぜか、しぬほど緊張しました。

こんなに緊張してネイサンの演技を見るのは最初で最後だろうなと思いながら見守りました。
そうしたら、なんですか、あの表情は。
スタートの瞬間から、これまでにない表情で滑っているんですよ。あの、いつだって冷静なネイサンが。まるで、この空間を、一瞬一瞬を、愛おしむように。

"ロケットマン"に乗せた、歌うようなステップシークエンスも素晴らしかった。スケートがよく滑っていました。そんなに楽しい歌詞ではないだろ、なんて野暮なことは言いませんよ。

後半のジャンプは、ノーミスしたいという気持ちが強すぎたのか、抜けもありましたし、当人比で完璧な出来ではなかったです。珍しく足に来てしまったのか、コレオシークエンス序盤でのスタンブルもありました。でも、そんなことはどうでもいい。それを踏まえても、このFSは、ネイサン史上最高の演技でした。

なぜって、今までで一番、楽しそうだったから。試合でこんなに楽しそうに滑るネイサンを見るのは本当に初めてで、楽しいのに涙が止まらなくて、ぐちゃぐちゃになりました。金メダルが決まって、嬉しくて、嬉しそうで、嬉しくて、でも、もしこれが最後だとしたら、こんなに綺麗な終わり方ってないじゃん、と思って、寂しくて寂しくて、最後には、やめないでよおおおお!と言いながら泣きじゃくっていました。オリンピックは人を幼児退行させる。

プログラムを"ロケットマン"に戻したのは本当に正解でしたね。ネイサンならどんなプログラムでも物にできていたとは思うけれど、こんな風に心からスケートを楽しむ姿を見ることはできなかっただろうから。

今回のオリンピック、ご時世やら何やら、ままならないことばかりで、閉会までまだまだ安心できない日々を過ごすことになるでしょう。
でも、後に振り返ったとき、この北京オリンピックは、きっといい思い出になると思います。
なぜなら、最高のスケーターが、最高の舞台、最高の演技で夢を叶えたから。本当におめでとう。そして、ありがとう。


男子シングル競技のレベルの上昇は止まりません。技術的には言うまでもなく、それ以外の部分でも。今回エントリーした30名それぞれが自分のスタイルを持っています。エレメンツの成否をに関わらずその持ち味を発揮してくれる選手が多く、見ていて充実した気持ちになりました。

平昌からの4年間、男子シングルはトップ層の入れ替わりが少ないまま競技を引っ張ってきました。今回の五輪後、大きな顔ぶれの変化も予想されます。ひとつの時代の区切りとなることは確かです。この時代を生きて、フィギュアスケートを見て、彼らを応援できたこと。心から誇りに思います。全てのスケーターに祝福を。


あとがき:書いてる途中で保存ミスって7,000字消し飛んで失神しかけました😅心折れそうになったけど選手の努力に比べればこんなものと思って書き直しました、デバイスの同時使用には気を付けましょう😅

 

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