#027 2月

 朝から寒い。エアコンの付けっぱなしで寝るわけにはいかないとはいえ、密閉性の低いこの部屋じゃ、消したときに22℃ぐらいまで暖まっていても4~6時間で15℃ぐらいまで下がってしまう。体感温度差が、体を震えさせる。

 それでも起きて色んなことを済ませなければいけない。朝から洗濯、料理、掃除、あらゆることを一人でこなす。誰かが手伝ってくれねーかな、なんて思うけれど居ないのならば仕方あるまい。まだ4時だし、居たとしても誰も起きていないだろう。

 この時期は自分にとって追い込みのシーズンだ。家の中だけでなく外の方でもやらないといけないタスクは山積み。休みはあってないようなもの。一息ついて厠に入る。ああ、「今年度こそはならないように」と心がけていたのに尻から血が出ている。でも痔じゃない。食生活は改善できそうな点こそあれど、野菜などはたっぷり、これでも資本となる体には気を遣っているつもりだ。

 はぁーあ。気が重くなる。

 泣き言、泣いてなんかいないけれどそれを言ってもどうしようもない。もうそろそろ家を出ないと余裕もって着かないな。さて、出かけますか。


 あぁ、今日は3日か。節分、節分ねぇ。豆を撒くスペースはどこにもない。でもなんかやっておきたいし、今日はどうしようかな。でん六のピーナツチョコでいいか。歳の数は鼻血が出そうだから、1パックで我慢しておこう。

 14日? バレンタインデー? 私には別に、作ろうとも送ろうとも受け取ろうとも思わない。もともと、バレンタインデーで送るお菓子はチョコレートではなくマシュマロだったのだそうだ。チョコレートフォンデュ、という単語が頭に浮かんだ。まぁやらないけど。何なんだ、甘けりゃいいのか。それなら氷砂糖でも舐めてろやこんちくせう、なんて誰にも向いていない僻みを空に零してみたり。

 タスクはうまくいったりいかなくなったり、トライアンドエラーが延々と続く。でも最終的には全てをうまくいかせなければ、当然相手が受け取れる程のモノにはなり得ないので根性でいくしかない。別の意味でドロップスターズ。なんてね。アニメもちょいちょい観ているけれど、去年の冬から溜まり気味。とにかく終わらせて、一気に解消しなくちゃ。頭の先にニンジンぶらさげ作戦は私にとって意外と有効なのである。去年末購入した『リトアカ』のゲームだってそうだったし。結局、年末年始は全然プレイしていなかったけれど。別にそれでいい、買っちゃったのならあとはプレイするだけなんだし。あるに越したことはないのだ。

 頑張って、外はすっかりと暗くなる。雪もちらほらと降っていて、吐く息も白い。ぶるるるっ。末端冷え性の私にとって、手袋と保温効果のある黒靴下は欠かせない。
 きんと冷えた空気が鼻先をむずむずとさせる。それだけに意識して吸ってみると一番と澄み切っているように思える。早く家に着きたい。でも足が辛いのなんの。はー、こればっかりは仕方ない。

 げ。エアコンのタイマー入れとくの忘れてた。寒い寒い。せっかくオアシスを求めてようやくたどり着いたと思ったのに、オアシスの水が枯渇していたかのようだ。急いでエアコンを付けるも、部屋の中が温まるにはオアシスに蛇口で水を満たすぐらい時間がかかる。仕方ない、先にシャワー浴びてくるか…。

 今日は何を作ろう。ここんところは天気が悪くて、買い物に行こうという機会をなかなか作れない。もっと近くにスーパーとかの類があればちょっとは楽になるのになぁ。誰か誘致してくれよ。
 ま、それでも野菜は有り余っている。今日も野菜メインで夕食にするか。水菜と合わせてりんごサラダ。それも悪くない。ここんところ葉っぱをちぎって洗ってドレッシングをかけるだけのストレートなサラダばっかし食べていたからたまには変化球を投げてみることも大切である。

 ごちそうさま。今日は先にシャワーを済ませたことだし、あとはゆっくりしつつ寝るだけか。夜弱いくせに、結構遅くまで起きている私。出血の原因って案外これかもね。でも夜ぐらいしか、自分の時間を過ごせないんだし。ちょっと位、楽しい気分で床に就きたいではないか。


 こんな感じで2月の日々は過ぎて行った。


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 今はタスクも一通りクリアし、ようやく羽を伸ばせる段階である。そういうわけで今日はゆっくりとテレビ鑑賞をしている。オリンピックもだけれど、21日にご逝去された大杉漣さんの最後の『ゴチになります!』を。
 あらら…大杉さんったら、最後に自腹で締めくくっちゃったのね。こう言うのもなんだが、今までの放送でちょっと存在感が薄かった印象があったから最後の最後で存在感が一番大きいポジションで終われて良かったんじゃないの、と思う。いや全然良くないけれどもさ。ピタリ賞2連続で当てちゃったしね、当時はツイてるとしか思わなかった。200万と同時に何かが来ちゃったのかな…

 不謹慎ながらこういう風になってみると、もしかしたら自腹決定は彼にとっての六文銭だったんじゃないかとも考えてしまった。でも本当にそうだったのなら、もう彼はどこへ行ってもお金に困ることはない。肩をトントンされたところで懐を気にすることもない。何かの縁で逢えたならば、脚1本だけで9,000円もするタラバガニでさえ何本でもゴチになれるだろう。

 21日、その日はちょっと用事があって、帰った時には時計が21時半に回っていた。テレビをつけてみるとちょうどオリンピックで女子パシュートが金メダル獲得の知らせを伝えていた。これはネットでも大騒ぎだろう、そう思って見てみたらパシュートと同時に大杉さんの訃報が目に入ってきたのであった。え、何で。彼はまだ60代、これからという時期に…。詳細の画像を見た時に、何かの間違いじゃないかという自分の考えはすぐに消えた。

 テレビのチャンネルを変えてみたが、どうもタイミングの関係でどの局もパシュートの話題で持ち切り。とりあえずその日はオリンピックレコード、2枚目の金メダル、過去最高のメダル数、一気に記録を塗り替えたこの決勝の結果に大いに喜ぶことにした。

 その翌日に『ゴチになります!』は予定通りに放送が行われた。追悼のテロップを冒頭と終盤に付け加えて。
 今でも信じられない、そう思う。テレビに映る大杉さんは、それから1週間後のことなど思い浮かばない笑顔を見せている。きっと本人ですら信じられていないんじゃないんだろうか。突然の病でそれまでどこにでもひょっこりと現れていた存在が、いきなりどこにも顔を見せなくなってしまう。そんな事が何処でも、何時でも、いとも容易く起こり得るのだとしたら残酷でしかない。

 結局、今在る事実にはただただ呆然とするしかなかった。白背景に追悼のメッセージが映る。私がテレビで不気味だなと感じるのはブルーバック+白文字+BGM無し+アナウンサーの提供読み。せめてBGMを付けて、じゃないと何故か不安になるから…と毎回毎回思うのだ。だけどこの日は、不思議とそんな気分にはならなかった。
 最後に誰もいないレストランを背景に提供が読まれる。もちろんBGMは流れてこない。何かを暗示させるようだった。突然すぎる出来事の所為か悲しいとか涙とかそういうものは出てこない。だけど、こみ上げてくるものも無いのに、目頭が熱くなってもいないのに、手首が両目を擦る。あぁ、これが「何とも言えない気持ち」か。


 どうか、安らかに。


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 2月。他の月より2日、3日ばかし短く終わる月。もう1週間で3月になってしまう。早い。

 言葉の意味だけなら、春はもう近い。だが雪解けにはもうしばらくかかる。