📕氷柱の声

「中鵜さ、海行こうよ、こんどの冬。三月」
「え」
「海。石巻とかさ。んで、石焼きそば食べて帰ってくるの」
「いいけど、どうしたの」
「思いつきっていうか、勘っていうか。わたしは中鵜と三月に沿岸に行った方がいいような気がする」
「じゃあ、とりあえず冬までは喧嘩して別れたりしないように頑張ろう」
   なんだそれ。小突くと中鵜がようやくいつもと同じように笑ってくれた。私は、私の好きな人には笑っていてほしい。初夏の夜、地下鉄を降りて北仙台駅から出ると夜空が青色にあかるくて、まるで海底から見上げているような心地がした。中鵜と手をつないで帰る。中鵜の指は細いのにごつごつしていて、つめたかった。


小さな声で「すごいね、ぜったいおいしそうなお店じゃん」と言った。中鵜は、でしょう、といたずらっ子のように笑った。


私は中鵜がジャンクフードを食べるとき、ジャンクフードの作法とでもいうように、豪快に食べるところがすきだ。


私は夕暮れの、ピンク色とも紫色ともつかない空に染まった海がとても好きで、それが見たかった。


「春って感じした。おれ思うんだけど」
「うん」
「春だなあ、ってわかるのは昼間よりも夜の空気を浴びたときじゃない?」
「わ、たしかにそうかも」
「ね」
「うん」
「春だね」
「春だ」


セリカさんに言わせれば「年食ったちびまる子のたまちゃんみたい」な見た目で、


うまく言葉にできないが、この人の撮る海はどんな天気でも、どんな時間でも、いつでもうるうる濡れているのだ。それは生命力、と言うには少しほの暗く、そのほの暗さが好きだった。


わかめえめえはいつも笑顔で、「震災で傷ついた心にしあわせのわかめを増やす」という設定がある。


わたしは移住することで誰かを笑顔にしたいとか、幸せにしたいというよりもここで淡々と暮らすみなさんと添い遂げたいと、ただただそう思っています。


私はこういう仕事ができるんだったら三十を過ぎてもここで働いて「じゃないとほら、あたしみたいになっちゃう」というのも悪くないな、とちょっとだけ思った。


松田も「これは、めちゃくちゃに」。うまい、と言わずに、うまいという顔をした。

ここまで当てたんだからなんかピタリ賞くださいよ


「赤ワイン飲むと吸血鬼のきもちになりません?血みたいで」


「うまいものをたべる。人と会う。それが生きるってことよ」





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?