流る雲、背負うあざらし

抱かれたあざらしの目が優しそうに見えるのがつらかった。きっと彼はまだ何処へも行くはずではなかった。育ち大きくなってゆくまで、いつか自然とその時が来るまで、ただそこに居ればいいのだ。流れる雲に想いを馳せるにはまだ、彼はあまりにもやわらかい。

彼の抱く寂しさを思う。幼さそのものである彼に必要なことは、ただ食べて寝ることだ。食べて寝ること以外、赤ちゃんであるそれに僕らが求めることなどなにもないのだ。それでいいはずだ。それを寂しく思う彼の痛みとはなんだ。

子を抱く父の寂しさを、子はその背に背負っている。穏やかに、無邪気に腕の中で笑うその幼さが、成しえなかった父の透明な孤独を背負う。愛も恋もわからないようなまなざしでただ君のことを思う幼さがつらい。誰かを守るよりずっと前に、君は君自身を守るすべを知らなければならなかった。あまりにもやわらかいその白が、真っ白なままに戻ってくることなどきっとないのだ。それを見送る父の心を思う。

父の影を背負い、重すぎる寂しさを背負い、純粋なその色をもってのみ他者へと向かい漂うあざらしが、あざらしであることに思い悩む寂しさをどうも書くことができなかった。そんなくだらない大人のエゴを乗せるくらいなら流れ移ろう雲のように消えてしまえばいいとすら思う。それは多分君自身の過去ではないのだ。それでもあざらしはきっとそれを抱く誰かの柔らかさと白の溶け出した姿なのだ。だから彼を否定することは誰にもできない。ただそれを守れればよかった。他者のものですらそれを守りたいと思う。それができないから彼は海に出るのだ。精一杯生きるのだ。それがどういうことかも彼にはいまだわからないままだ。

君の寂しさを託すそのあざらしが、美しく、頼りなく、愛しいほど弱いことを、僕は本当は認めたくないと思う。インターネットに漂うその音がいつか元の場所へ帰りますように。ちゃぷちゃぷしているだけでいいのになあと、長いこと眠っていた僕のあざらしの顔を眺めた。

2021.10.10 靄篠

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