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『アイカ』 移民、貧困、女性、現実


東京フィルメックス-京都出張編-
セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ監督『アイカ』(2018)


ロシア、ポーランド、ドイツ、カザフスタン、中国の合作です。これはまた、非常にキツイ映画でした…
階級的弱者の個人を撮り、ハンディの揺れ揺れのカメラでその個人を追い続け、また音楽は全くなく、そしてあのスタッフロールの入り方。映画としてはジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ兄弟のものを彷彿とさせます。自分は彼らの『息子のまなざし』がとても好きです。
その一方内容的にはダルデンヌ兄弟はそういった、もう本当どうしようもねえ、みたいな状況の映画の中で「人の繋がりにある人智を超えたような大いなる何か」を本当に細い希望の様に撮るという印象がありますが、こちらはむしろ、言うなれば一切おとぎ話的でないラース・フォン・トリアー監督といった具合で…
サマル・イェスリャーモワさんは、この作品でカンヌで最優秀女優賞を受賞しましたが、それも納得の素晴らしい演技でした。押し込めた悲痛さが、正に押し込めた悲痛さだったと分かるあの慟哭…

赤ん坊を置き去りにトイレから逃げ出す衝撃の冒頭で幕を開けるこの映画。もう、とにかくどうしようもないことばかりです。お金がない、許可証が切れてマトモに働けない、お金がない、周りの人間の想像力もない、それは互いに。そういった貧困、移民等、挙げられるどうしようもない問題に並び、女性という性がそのどうしようもなさの一つになってしまうことがものすごく悲しかったです。自分は身体的にも恐らく精神的にも男なので芯から分かるはずもなく想像することしかできないのですが、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『灼熱の魂』を観た時と似た気持ちになりました。自分は「母」にはなれないし、ああ母…という具合に。
あの劣悪な世界で女性でいることがどういう意味を持つか。子なんて持たない。自分の仕事、自分の居場所が欲しいだけと言った彼女が、最後にあの様に浮かべた表情は本当に辛くてやりきれません。あんな劣悪な世界で、むしろそうなってしまうことの残酷さたるや…

日本に住む我々も大なり小なり他人事ではないことです。個人として周りに何ができるか…観るのにかなり力が必要な映画だとは思いますが、その価値がある映画でもあると思います。

(文:松澤)

参考
第19回東京フィルメックス https://filmex.jp/2018/

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