ヘッドホン beyerdynamic DT 770 PRO X 発売に寄せて
はじめに
全国100万人のヘッドホン・マニアの皆様、ご機嫌いかがお過ごしでしょうか。今回は2024年4月19日に発売開始されたbeyerdynamicのヘッドホン、DT 770 PRO Xについて紹介します。
このヘッドホンはNAMM Show 2024にて発表されました。beyerdynamic創立100周年を記念した限定モデルです。速報が届いた当初はDT 700 PRO Xと製品名を間違えて発表したのではないかと思ったのですが、プレスリリースの文面によると本気でSTELLAR.45をDT 770 PROに搭載すると判明し、界隈に動揺が広がったのを覚えています。
そして待つこと数ヶ月、ついに発売が開始されました。一刻も早く入手したくて海外から取り寄せることも考えましたが、今の為替レートであれば国内で流通しているモデルを購入するのが安心です。
密かな改善
今すぐにDT 770 PRO Xの素晴らしさを語りたいところですが、まずは現在も販売が続いている通常版のDT 770シリーズについて振り返ることにします。というのも歴史あるDT 770シリーズ、実は細かな改善が重ねられています。気が付いた範囲ですと、直近10年の間に以下の変更がありました。
プラグ
DT 770シリーズのプラグは根元がネジになっています。この構造のおかげで6.3 mm標準ステレオ変換プラグが確実に固定されます。
以前は業務用ヘッドホンで一般的なM8の太いネジが使われていたため、プラグの根元が干渉して再生機器側のジャックに刺さらない場合がありました。現在はM6の細いネジが使われているため、この問題は解消されています。
ケーブル
以前は安っぽいビニールのような手触りで、曲げ癖がつきやすく絡まりやすいものでした。現在はシリコンのような手触りで、柔らかく絡まりにくいものが使われています。
さらに、改善後のケーブルを切断して、その断面を観察してみてください。信号線の外周がナイロン繊維(?)で覆われています。靴で踏みつけたりキャスターにひかれたりした程度ではびくともしません。耐久性が飛躍的に向上しています。
※耐久性を約束するものではありません。また、故意に破損させた場合は保証の対象外となります。
その他
改善に含めるか微妙なところですが、以下の変更もありました。
パッケージの紙箱が梨地の表面仕上げになり高級感アップ
付属品の巾着袋前面にあった名刺を入れるスリットがなくなった。
ソフトスキンタイプのイヤーパッド表面の素材がしわの寄らないものに変更された
上記は製造ラインによる個体差かもしれません。一方でプラグとケーブルの改善については2019年に入手したモデルから仕様が継続しているため、個体差ではないと思われます。
販売中のシリーズ一覧
DT 770 PRO Xを除く通常版について、記事を投稿した時点で入手可能なモデルをまとめます。
DT 770 PRO(インピーダンス32Ω・80Ω・250Ω)
インピーダンスの他に以下の違いがあります。
32Ωモデル→ソフトスキン生地のイヤーパッド・ストレートケーブル1.2 m
80Ωモデル→ベロア生地のイヤーパッド・ストレートケーブル3.0 m
250Ωモデル→ベロア生地のイヤーパッド・コイルケーブル3.0 m
その他の仕様については共通です。イヤーパッドのサイズも全く同じですから、例えば250Ωモデルのベロアイヤーパッドを32Ωモデルに装着可能です。
なおソフトスキン生地のイヤーパッドは直径が数ミリ小さくなっていますが、伸縮性を考慮してそうなっています。寒い季節は無理に伸ばすと破れる場合があるので、ドライヤーで軽く温風を当て、柔らかくしてからイヤーパッドを交換すると綺麗に装着できます。
余談になりますが、DT 770シリーズの交換用イヤーパッドは以下の3種類が販売されています。
DT 770 M
型番のMはMonitorの頭文字です。電子ドラムのモニタリングなど、遮音性能を重視する用途を想定したヘッドホンです。仕様はインピーダンス80ΩのDT 770 PROと全く同じですが、以下の違いがあります。
ケーブルの途中に音量調整のスライダーがある
イヤーカップ内側に遮音リングが挟まれている
スペックシートに周波数レンジが5 Hz - 30,000 Hzと記載されている
DT 770 Mに搭載されているドライバはDT 770 PROと同じものです。分解すると確認できますが、遮音性能を稼ぐためフェルト素材のリングが挟まれています。この部品が音響抵抗として働くことを考慮して周波数の上限を30,000 Hzと記載したものと思われます。
さらに余談になりますが、DT 770 MもDT 770 PROと同じ新しい仕様のプラグとケーブルが採用されています。いつから変更されたのかは不明ですが、2023年に購入したモデルは新しい仕様でした。
DT 770 PRO BLACK EDITION(インピーダンス80Ω・250Ω)
不定期で発売される限定モデルです。ただの色違いモデルですから、仕様は通常盤のDT 770 PROと全く同じです。
余談になりますが、2022年に発売されたDT 990 PRO BLACK EDITIONは真の限定モデルです。ただの色違いモデルではありません。
通常版のDT 990 PROはコイルケーブルですが、限定版はストレートケーブルなのです。さらに、通常盤のDT 990 PROはインピーダンス250Ωのモデルだけが販売されています。DT 770 PROと異なり、インピーダンス違いのモデルが存在しません。なお記事を執筆している時点でE32やE600などインピーダンス違いのモデルがわずかに流通していますが、生産終了して在庫限りのため除外するものとします。
従って、最も珍しいのはDT 990 PRO BLACK EDITIONのインピーダンス80Ωのモデルです。ただし、珍しいだけで音質は通常版と変わりません。少なくとも私の耳では大きな差を感じられませんでした。
誕生までの歩み
そろそろDT 770 PRO Xの素晴らしさを語りたいところですが、この記念すべきヘッドホン誕生までの歩みを振り返ることにします。
DT 1770 PRO / DT 177X GO
2015年に登場したDT 1770 PROはDT 770 PROの上位機種です。beyerdynamicが誇る最高級ヘッドホンT1 / T5シリーズの開発で培われた技術が惜しみなく注ぎ込まれた、超高音質ヘッドホンです。現在も販売が続いており、DT 770シリーズの最高峰として君臨しています。
しかし、音質を追求しすぎたあまり、ケーブルを除く重量が388 gと大幅に増加しました。DT 770 PROの重量は270 gですから、およそ100 gの増加です。両者を手にとって比べてみると、数値以上に重さを感じます。
さらに見過ごせない点として、ヘッドバンドの取り外しにドライバーが必要な構造になりました。また、クッションは2本のアーチを中央に向かって丸めながら挟み込む厄介な構造になりました。ヘッドバンドのクッションは消耗しやすい部品ですから、交換作業が難しくなったのは残念な点です。
DT 177X GOはMassdropとコラボして販売された限定モデルです。基本使用はDT 1770 PROと同じですが、GOの文字通りポータブルな用途を想定してインピーダンスが32に変更されたモデルです。
DT 700 PRO X
2021年に登場したのがDT 700 PRO Xです。700シリーズの型番を名乗っていますが、部品の多くが再設計されDT 770 PROと互換性がありません。後継機種ではないため現在もDT 770 PROとDT 700 PRO Xは並売が続いています。
余談になりますが、DT 700 PRO Xはヘッドホン本体が上質です。例えばアームの金属パーツは断面が滑らかに磨かれています。DT 1770 PROは無加工でざらざらしているため、使い方によっては指を切る恐れがあります。
スライダーも上質で、滑らかに伸び縮みします。それでいてアームに刻まれた目盛りの位置でしっかり固定されます。気になったので分解してみたところ、金属の板バネがボールを挟み込む構造になっていました。DT 1770 PROはスライダーの長さ調整がプラスチックの板バネ式でスムーズさに欠けるため、このように部品単位で比べると上位機種より高品質な部分が多くあります。
DT 770 PRO HT
話は脱線しますが、この記事を執筆するため改めてbeyerdynamicのサイトを眺めていたところ、DT 770 PRO HTなる記述を見つけました。HTはHome Theaterの頭文字であり、過去にそのようなモデルが存在したようです。私が生まれる前から販売が続いているヘッドホンですから、なにかと知らないことが多くおもしろいです。
DT 770 PRO Xの誕生
ここから本文スタートです。結論から先に述べると、DT 770 PRO Xは完璧なヘッドホンでした。beyerdynamic創立100周年を記念するヘッドホンとして納得の一品です。
それどころか今後100年、DT 770 PRO Xより優れたヘッドホンを生み出せるのかと心配になるほどの完成度です。これで私は安心して成仏できそうです。ありがとうございました。
限定ではなく通常の製品として今後も販売が続いてほしいと願うばかりです。そうなった場合、ついでにDT 990 PRO Xも発売していただけると嬉しいです。
開封の儀
この記事は2024年4月19日にDT 770 PRO Xを開封しながら執筆しています。高まる気持ちを抑えつつ、まずはDT 770 PRO Xをじっくり観察することにします。
型番末尾のCE表記について
ところで、販売店によってはDT 770 PRO Xの型番末尾にCEがついています。Century Editionの略であり、CEありなしで中身に違いはありません。電化製品のCEとは関係ありませんし、Cheaper Editionの略でもないので安心してください。
パッケージ
DT 700 PRO Xと同じ全面から開くタイプのパッケージです。帯状のシールで封がされているため、カッターナイフで切らなければ開封できません。パッケージも傷つけず保管する派には辛いところです。
巾着袋
箱の中に適当に丸められて入っていた謎の物体、広げてみるとDT 770シリーズお馴染みの安っぽい巾着袋でした。限定モデルですから上質な素材のポーチが付属するのかと思いきや、そんな色気を出すようなメーカーではないのでした。
ハウジングは完全な新規設計
通常版DT 770 PROと比べると、イヤーカップのプラスチックがマットな仕上げになっていて高級感があります。中央の型番が書かれたプレートは両端に丸みがあります。どうやらDT 770 PRO Xのために新しく金型を起こしたようです。
また、イヤーパッドを引っかける縁に切り欠きがあります。切削加工した形跡がないため、最初から切り欠きのある金型で製造されたようです。この切り欠きのおかげでイヤーパッド交換がとても簡単になります。通常版のDT 770 PROにもフィードバックしてほしいところです、コスト的に難しいと思いますが。
ヒンジがAmiron Homeと同じ円柱型
大変です、ヒンジに注目してください。このパーツ、どこかで見覚えがないでしょうか。そうです、生産終了したAmiron Homeで使われていたものと同じ形状です。あまり注目されることなく、ひっそりと姿を消した歴代のbeyerdynamicヘッドホンの息吹を感じます。
ヒンジを固定するネジはT6のトルクスネジが使われています。そして、このヒンジは外側に回転する範囲が広いため、顎に隙間ができて音が漏れる心配はありません。Amiron Homeはアームの形状との兼ね合いで、顎に隙間ができやすい構造だったので心配したのですが、装着感は文句なしです。
ヘッドバンド両端の固定パーツ
ヘッドバンド両端を固定するパーツはT10トルクスネジが使われています。左右識別の点字は左側のみあります。
もう10年ほど前になりますが、はじめて購入したbeyerdynamicのヘッドホンはDT 990 PROでした。当時のモデルはヒンジがT6、ヘッドバンド両端がポジドライブのプラスネジで固定されていました。いつから方針が変わったのかは把握していませんが、今回のような限定モデルを含め、最近のモデルはトルクスネジで統一されているようです。
余談になりますが、縦方向に並んだ3つの点はアルファベットのl、カタカナの「ト」の形に並んだ点はアルファベット「r」を意味します。beyerdynamicを含め、SENNHEISERやULTRAZONEなどドイツ製のヘッドホンは伝統的に左右判別のため点字が使われています。ユニバーサルデザインやアクセシビリティを意識しているのでしょうか。ドイツらしいので今後も続けてほしいです。
ヘッドクッション
通常版のDT 770 PROと同じく固定方法はスナップボタン方式です。素材はしっとりとした手触りの合成レザーです。ヘッドバンドの幅も全く同じですから、消耗したら通常品のパーツに交換できます。
スポンジは中央で分割されて左右が盛り上がっている形状です。SENNHEISERのHD660Sなどが近い構造です。頭頂部に負担が集中しないように配慮したものと思われますが、元々DT 770 PRO・DT 880 PRO・DT 990 PROシリーズのアーチはアジア系の丸顔にもフィットしやすい形状ですから、付け心地はそれほど変わりない気がします。
音質
音質の良し悪しは人によって評価が異なるため各自で判断してください。少なくとも音質に不満があったら、わざわざ記事を書こうとは思いません。
豊富なオプションケーブル
beyerdynamicが製造するヘッドホンの中でケーブル着脱可能かつ、ヘッドホン側の端子が3極ミニXLRのモデルは以下のとおりです。
DT 770 PRO X
DT 700 PRO X
DT 900 PRO X
DT 1770 PRO
DT 1990 PRO
いつの間にか、これらのヘッドホンに接続できるオプションケーブルが増えていました。販売中のケーブルは以下の8種類あります。
互換性を重視して設計されていると、こういったオプションパーツを自由に組み合わせできるので安心して長く使えます。他社のオプションパーツになりますが、その他にAKGのEK300やEK500Sと互換性があります。
ただし、ミニXLRには4極タイプもあります。AKG K371-BTやPioneerDJ HDJ-X10などで採用されています。ピンアサインも違いますし、無理やり差し込むとジャックが破損しますので、ご注意ください。
他社ヘッドホンとの比較
記事を執筆している時点でDT 770 PRO Xは34,980円で販売されています。限定モデルですからコストが増えるのは仕方ないとはいえ、冷静に考えると、たかがヘッドホンに3万円は高すぎます。
そこで、値段に見合った価値があるのか比較できるように、いくつか同じ価格帯のヘッドホンを紹介します。購入を検討されている方の参考になれば幸いです。
Austrian Audio HI-X60
音質よし、付け心地よし、保守性よしのヘッドホンです。ヘッドホン側のジャックは2.5 mmバイオネットロック方式ですが、audio technicaのATH-M50xシリーズのプラグはスリーブの軸が太くて刺さらないのでご注意ください。
工作精度が高く、金属製のヘッドバンドやアームはきしみ音が全くしません。スライダーは目盛りに合わせて固定される構造です。金属パーツが多用されているのに本体重量は約300 gと軽く、頭の負担が少なくて付け心地が良い点も特徴です。
ただし、DT 770 PRO Xと同じくらいの価格帯だと思っていたのですが、現在は為替レートの都合で6万円ほどに値上がりしています。また、消耗備品、例えばイヤーパッドは1万円少々で販売されています。お財布に優しくないヘッドホンになってしまいました。
日本での発売が開始された当初は49,800円で、販売店のポイント付与や割引などを考慮すると実質4万円ほどで購入できました。たまに代理店がセールを行っているので、購入するならそのタイミングが狙いです。
audio technica ATH-M70x
解像度お化けのヘッドホンです。映像はともかく、音の解像度なんて判断できるのかと思われるかもしれません。そんな疑念を持っている方にまず試していただきたいヘッドホンです。このヘッドホンを例えるなら、耳で聞く顕微鏡です。
イヤーパッドにも特徴があります。表面の素材は合成レザーですが、裏側は通気性の高いメッシュ生地が使われています。密閉型ヘッドホン特有の蒸れがある程度軽減される構造になっています。暑い季節や長時間ヘッドホンを装着して作業する場合に活躍するはずです。
このヘッドホンはセミハードケースとケーブル各種が付属します。値段も現在は3万円前後で販売されています。ただし、audio technicaのプレスリリースによると2024年4月24日から値上げが予定されているそうです。
ULTRAZONE Signature Pure
2023年9月に発売された比較的新しいヘッドホンです。イヤーパッドやケーブルが交換できるため長く安心して使えます。柔らかく大型のクッションで耳と頭を支える構造ですので付け心地も良好です。値段は3万円弱です。
Signature DJ系列の廉価版として扱われていますが、いわゆるDJ用ヘッドホンにありがちな重低音がうるさいヘッドホンではありません。むしろすっきりした音質で重低音の量は控えめです。しかし、解像度の高さのおかげで迫力を感じられます。私は歴代のDJ・DXP・Pulseより好みです。
ただし、ヘッドバンドのアームからプラスチックのきしむ音が聞こえます。スライダーの長さ調整も開封直後からゆるい状態でした。発売されたばかりの機種ですので何とも言えませんが、耐久性は低いかもしれません。購入する際は保証がしっかり受けられる販売店を選ぶと良さそうです。
その他
近い価格帯のヘッドホン、SONY MDR-M1STやYAMAHA HPH-MT8などの有名どころのヘッドホンは家電量販店や楽器屋に試聴機が置いてあるはずです。また、つい最近beyerdynamicの代理店がオーディオブレインズに変わり、DT 700 PRO Xも試聴機が設置され始めています。あれこれ試してみて、値段に見合った価値があるのか検討してみてください。
余談になりますが、beyerdynamicの代理店は移ろいが激しい印象があります。最近の話題ですとDT 700 PRO Xが発売された当初はサウンドハウスのみ取り扱いされていて、国内のメディアは沈黙を貫いていました。事情があって掲載できないのは仕方ないのですが、ヘッドホンに罪はないのに無視されてかわいそうな状況でした。
何が言いたいのかといえば、beyerdynamic製品の店頭試聴機はいつまでも置いてあるとは限りません。試したいと思ったら、すぐに試すのが吉です。
おわりに
書き足りないことが山ほどありますが、話が発散して収集がつかなくなるので、今回はここで終了です。
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