斎藤中野の恋人ごっこ〜二人で過ごした最後の半年間〜

両親への挨拶を済ませ、正式に交際がスタートした斎藤中野。早速、二人のRECラジオ「斎藤中野のラジオごっこ」で交際したことを発表した。
「斎藤中野のラジオごっこ〜」
「いらんていらんて。」
お決まりの挨拶をしたところで二人のトークはスタートした。
いつから付き合ったのか。
どちらが告白したのか。
どこまでしたのか。
どちらが男でどちらが女なのか。
二人のラジオごっこは普段は15分のところを2時間ほど収録された。キリのいいところで斎藤がフェードアウトする様にラジオは収録を終えた。
今までのコンビだけの関係ではないことをその日ラジオで再認識した二人はラジオと関係なく話し続けた。
そして、会話の途中から斎藤の咳がちらほら聞こえ始め出した。
「今日、咳多いですね。大丈夫ですか?」
心配する中野。それに対し斎藤は、
「心配してる感じ出して、ええ奴に映ろうとすんなぁ。ゴホッゴホッ。」
素直に心配を受け取るのもまだ照れくさい斎藤は咳き込みながら返した。
「けいちゃん。そこのティッシュとってくれ。」
「はい。一枚でいいですか?」
「こういう時、大体箱でやろ、お前。いらんラリー増やすなぁ。」
「いいじゃないですかぁ!どうぞ。」
「あぁ、ゲッホゲッホ…」
「それじゃ、僕バイトあるんで失礼します。」
口を塞いだティッシュを見つめて困惑した様子の斎藤は中野の挨拶に気がつかなかった。
「斎藤さん!お邪魔しました!」
「………あ、あぁ、お、おつかれぇ。」
斎藤は口から出た血のついたティッシュをそっとゴミ箱の奥へねじ込んだ。
すぐさま病院へ駆け込む斎藤。検査を受けた。
病名は「肺ガン」「動脈硬化」の二つだった。すぐに納得がいった。
斎藤はよくタバコを吸う。「コルツ」というタバコを自分で手巻きしてよく吸っている。
そして、食事といえばコンビニの廃棄、もしくは同期で集まった時の「ぶぶかの油そば」。
普段の生活を悔いた。
病気が進行していて、余命は半年。
斎藤は残りの人生を遊んで暮らそうとバイトを辞めた。中野との時間も増やした。
斎藤が同期で集まった時に写真を撮るペースは倍になった。
今思えば、斎藤は残りの短い命を案じて、今までしれっと集まった同期の写真を残していたのかもしれない。
そう思うと斎藤は笑いながら、少し涙を流した。
ある日、二人はネタ合わせをしていた。
基本、漫才中も平場も斎藤は冷静なキャラで通っているが、余命わずかな斎藤はネタと現実の境目がわからなくなっていた。
静かにツッコミを入れる場面でも怒声をあげるようにツッコミを入れてしまう。その拍子に出た咳にはまた血が混ざっていた。
斎藤の赤い掌を見た中野は、心配した。
「大丈夫ですか?!ちょっと!血ぃ出てるじゃないですか!病院行きましょうよ!斎藤さん!」
「いやもうええよ。はぁはぁ。」
「駄目ですって!行きましょう!」
「いらんていらんて。」
「こんなん病院ものですよ!」
「病院ものかどうかは俺が決めることやから。」
「でも…」
「もうええ言うてるやろ!今日はもう帰れ!」
「そんな…はい。」
一人になり斎藤はむせび泣いた。
数日後、UP TO YOU!!に出演した。
その日まで二人は一切会っていなかった。当然ネタ合わせもあれ以来していない。
緊張の中、舞台へ上がると案外スムーズに両名飛ばすことなく、漫才は進行していった。
そしてオチの手前で斎藤は吐血し、倒れてしまった。ZAZAの舞台上で二人の会話が始まる。
「斎藤さぁん!!!!」
「けいちゃん…もう俺長ないねん…」
「えぇ!?」
「なんや病気えらい体に抱えててな…黙っててすまんな…」
「なんで言ってくれなかったんですか!」
「そんなん言うたらお前…緊張して飛ばしてまうやろ…ゲームメイクやぁ…ほんでなぁ…今まで撮った同期との写真いまこの場でお前の携帯にエアドロさせて欲しいねん…」
「任せてください!誰か!僕のスマホを持ってきてください!」
同じブロックの塩コウジが袖からスマホを持ってきて渡した。
「Bluetoothオンにしてる…?」
「しました!ください!」
「これで全部や…この写真大事に保存しといてくれ…」
「ありがとうございます!」
「ちゃんと…ありがとうって…言うな。」
「急いで救急車呼びます!」
「いらんて…いらん…て…」
斎藤は静かに目を閉じ、そのまま暗転し次の組の芸人の出囃子がかかり二人はハケて行った。
斎藤将行、享年29歳。あまりに短すぎる人生だった。
彼はNSCの授業に11月から本格的に参加し、少し遅いスタートだったにも関わらず、そのコミュニケーション能力でたちまちに人気者になった男だった。
中野は斎藤の病気に気づけなかったことを悔いた。
泣き疲れて、エアドロップされた写真を見返していると、二人と自撮りのツーショット写真があった。
そこで中野は思った。やはり斎藤中野としてやらなければ意味がないと。
斎藤中野というコンビを残し、フリップと漫才をするという形で中野は舞台に立ち続けた。
数年後、中野は斎藤が愛飲していたタバコ「コルツ」自ら手巻きして斎藤の墓にお供えした。
「自分で巻けるようになりました!吸ってください!」
墓に中野は語りかけ、墓石に背を向け、歩き出すと、
「いらんていらんて。」
寒い風に乗って、斎藤の声が聞こえた気がした。




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