医者の世界の中で承認欲求を満たすために必要なものはお金ではない

一般的に成功者と呼ばれる人たちの中でも承認欲求を満たすのはなかなか難しいようであり、SNSをやることで化けの皮が剥がれてしまう人は少なくない。

成功しているはずなのになぜ現状に満足しないというのは一見すると不思議だが、負けず嫌いだからこそこれまで努力を重ねてきて結果を残したのだろう。

承認を得られなくても満足できる人はほどほどのところで止めてしまうのは想像に難くない。

また、厄介なことに承認欲求は「誰から」というポイントが重要であり、誰でも良いわけではない。

それはどの業界で生きているのかによって異なるものであり、医者は医者から認められたいし、他の業界でも似たようなものであろう。

今回は、承認欲求によって掘り下げていき、特に医者の世界について語っていく。


もともと承認欲求が強く同業者に認められたい医者たち

承認欲求の強さには個人差があるが、そもそもとして医者は承認欲求が強いタイプが多い。

一部の天才を除けば、医者には幼少期からコツコツ勉強してきたタイプが多く、人に褒められることや人との競争で勝つことを重視しがちである。

しかも、高学歴だと他にも仕事の選択肢があるにも関わらず、わざわざ医者を選んでいるという点もある。

一部のキ◯ガイを相手にしなければならないというのはあるものの、他の仕事と比較して医者は相手から感謝をされやすい。

氷河期の就活の悲惨さを目の当たりにして仕方なく医学部に入ったタイプもいるが、そういうタイプは2000年代の一時期に偏っている。

現在の医学生や医者を全体的に見て、食い扶持のために仕方なく医学部に入ったタイプはそう多くはないだろう。

お医者様として承認欲求を満たしたいタイプが多いわけだが、患者からの承認は嬉しいにしろ皆そこは共通して得られているから、同業者の間で認められることが重要になる。

医者はお金では承認欲求を満たせない

稼げないより稼げるほうが当然良いわけだが、医者の世界ではお金そのものはさほど重要ではない。

まず、医者の給料は底堅いという点が大きい。

例えば、東大の非医学部を卒業したとしてもワープアになることは決して珍しくないが、医学部の場合はまずそうならない。

夢やロマンを追って低賃金で働くということはあるだろうが、お金を求めるのであれば年収1000万円以上は当たり前に得られる世界であり、稼ごうと思っても稼げない東大卒のワープアとは事情が全くことなる。

医者の場合は、ある程度稼げることが当たり前の世界なので稼げること自体の価値はさほど高くないのである。

少し話はズレて一般論の話をするが、そもそもとしてある程度稼いで生活に困っていない人に対してお金によるマウンティングはあまり効かない。

彼らにとって大金を稼ぐことは別世界の話であり、例えば野球に興味がない人にとって巨人や阪神でレギュラー張っている選手のことはどうでも良いと思っているのと同じである。

日本のプロ野球でレギュラーを張るというのは上澄み中の上澄みの実力がないといけないが、野球に興味を持たない人にとっては大谷翔平くらいじゃないとスゴいと思えない。

お金を稼ぐことについてもそうであり、10億稼いだとアピールしたところで「あんた誰?」と思われるのがオチであり、お金そのもので承認を集めるには孫正義とかそういうレベルじゃないと厳しい。

なお、孫正義についても彼が持っているお金そのものというよりは、彼の仕事ぶりをリスペクトしている人のほうがほとんどであり、大金を持っているパリス・ヒルトンはあまり尊敬されていないのが現状である。

また、医学部に入学する者はもともと実家が太いため、そもそも金のために働く必要がなかったりするから、お金によるマウンティングが余計に効きにくい。

私立医は高額な学費を支払わなければならないため実家が太い者が集まりがちなのは言うまでもないが、国公立医も実家が太い者が多い。

そもそも働く必要がないほどお金を持っているが、それでニートをすることに満足せずに受験勉強を頑張るわけである。

失礼ながら、焼肉屋やパチンコ屋など社会的地位が決して高くない事業の家が子どもを医学部(しかもできれば国公立医)に入学させることに必死だったりする。

余談にはなるが、医学部がどうこうではなく全体として見た時に親の収入が一番高いのは東大である。

東大は慶應内部などと違って実家の太さは本来求められないはずだが、お金持ちたちはこぞって東大を目指すためにこのような結果となっている。

筆者も物凄いお金持ちを見たことがあるが、お金では満足できずに東大や難関国公立医などのブランドを皆求めるものなのだ。

医者の世界で承認を集めるには結局仕事である

さて、医者の世界で承認を集めることに話を戻すが、やはり業績がないと同業者からは認められにくい。

研究業績だったり、臨床における職人技だったりが必要となる。

世間では、研究というとiPS細胞の山中先生くらいじゃないとネームバリューがないが、ある専門領域の中ではスタープレイヤーのように扱われる研究者は存在する。

彼らは世間一般では無名でも同業者の間で承認欲求を満たすのは難しくない。

また、臨床においてもバリバリ働く職人はリスペクトされる。

勤務医として超バリバリ働いている医者において、本当に尊敬されている部分は高い給料ではなく働きぶりである。

なお、勤務医が開業医に対して持っている感情としては「当直をやらなくて良いから羨ましい」程度であり、大多数の開業医は尊敬されていないであろう。

そもそも医者には学歴厨が多い

急に俗っぽい話になるが、医者について語る上で学歴厨の存在はバカにできない。

今でこそ、専門領域のシーリングや地域枠が広まったために、最終的に都心で働こうと思うのなら都心の医学部に入学する必要が出てきたが、かつては秋田大学や宮崎大学などを卒業して都心に出戻りすることが当たり前だった。

特に2000年代は偏差値が高騰しており、東大理系以上のボーダーラインの国公立医がたくさんあり、今となっては信じがたいがなんとかして医学部に入るために全国津々浦々の大学の募集要項や問題傾向を確認していた受験生もいる。

一般に高学歴ほど学歴厨が多く、これは当然のことではあるが、特に医者は学歴厨が多い。

中の上以上の偏差値の国公立医出身の女医が婚活をしている時に、地方旧帝非医学部出身者から「あー俺も医学部に入っておけば良かった」などと言われて内心ピキッた事例は数多あるであろう。

学歴厨の巣窟として日本で一番の千葉医は極端だが、表に出さないだけで隠れ学歴厨の医者は少なくない。

そういう学歴厨にとってはどこの大学出身かというのも承認のファクターであり、持っているお金よりも遥かに重要である。

まとめ

医者の世界では、世間一般よりお金の価値が低く、仕事での業績や学歴のほうが重視される。

そもそもとして、人から承認されることと人から羨ましく思われることは似て否なるものであり、お金で承認を集めようとしている者はそこを履き違えがちなのではと筆者は思う。

表面上はスゴいねと言ってくれても尊敬に繋がるかというと甚だ疑問である。

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