見出し画像

地元の山を登る(小同心北壁)

僕は基本的に八ヶ岳ばかり登っています。山スキーで春に1,2回北アルプスに行ったりするだけで、バリエーションルートとして行ったことのあるのは八ヶ岳以外では南アルプスエリアを少々、そのほかは中央アルプスの宝剣岳、北アルプスのスバリ岳、爺ヶ岳、鹿島槍ヶ岳だけで、こうしてピンポイントで挙げられるだけしか登っていません。
人にはその人のしっくり来る行動範囲というものがありますから、日本で登るのもそこそこに海外を登りまくる人もいますし、僕にとっては北アルプスがヒマラヤなのだと思えばいいのかもしれません。安いクライマーですね。

同じ山域ばかり登っていても、特に飽きるという感覚は幸か不幸かありません。バリエーションルートはたくさんありますし、★★★ルートはもちろんすばらしいですが、それ以外のルートも、人が少ないぶんだけ心地よい緊張感とともに体験は濃厚に記憶に刻まれます。ほとんど忘れられたようなルートとなれば、登攀自体は爽快とは言いがたくても、見たことのないようなタイプのさびたピトンなどがひっそりと残置されているのを見つけると、時空を超えて初登者の情熱の一端に触れられた気がして、自分も歴史の中のクライミングコミュニティーの一員なのだなあ、とハートが熱くなります。(とか言いつつ現代のクライミングコミュニティーには参加せず頑なにソロで登っているのですが)また、昔登ったルートをもう一度登って、過去の自分のグレーディング辛いじゃん!!なんて思いながらオンサイトでもないのにヒーヒー登るのもまあ楽しいことです。

僕の育ったのは自然豊かな山間地で、春の山菜やら、イワナ釣りやら、秋のキノコや栗拾いなど、同じ山に飽きもせず繰り返し分け入って、名前もないような小さな沢と尾根を緻密に把握して、自分の庭のように季節ごとの恵みを頂いていくというやり方で山に親しんできました。クライミングをするようになっても結局楽しみ方は同じなのだなあと思います。

今回は、小同心北壁という超マイナールートを登ったので紹介したいと思います(お詫び 書こう書こうと思って1年以上が経ち、2022-2023 シーズンにようやく登ったのを思い出して書いてます。また、写真も行方不明状態で、また見つかったら貼ろうかなと思いますがいつになるかはわかりません・・・)

偵察

小同心北壁は小同心クラックに行くトラバースの途中から取り付き、小同心の左の小岩峰との間の窪みを経て小同心の北面のもろい草付きの多い壁を登るピッチグレードⅢ+、登山体系のグレードで言うなら小同心クラックよりも少し易しく長いルートです。北壁のトライ一回目は2022年2月。1ピッチ目が解決できず敗退となり、偵察のみとなりました。
登山体系のマークでは、核心は出だしと最後です。おそらく下部は弱点を縫って草付きなどをつなげて危なっかしいトラバースをしていくのだと思われましたが、草付きの厚さに自信が持てず、きわどいトラバースで行き詰まるのは避けたいので、しっかりした岩の小さな垂壁をのっこすラインに目をつけました。残置もあったためトライしてみましたが、垂壁の向こうにアックスを振るうと効くものの、フットホールドはなく足ブラ腕力登攀状態でかなり難しく、乗り越した先にしっかりしたホールドとプロテクションがあることが確信できなければこれ以上は進めないものと判断して敗退することとしました。

敗退はしたものの、いつか登れればいいなあ、と無期限で大事に取っておく程のビッグルートでもありません。まだ時間もあるので小同心の頭から懸垂下降して偵察してみることにしました。大同心ルンゼから小同心の頭に至る登路も、見たことのない地形をルートファインディングして進むのは意外と楽しかったです。偵察の結果、出だし以外は傾斜も強くはなく、出だしも垂壁をえいやっと乗り越してしまえばプロテクションにできる程度の草付きはあることが分かりました。ただし全般に残置視点は皆無で、スッパリしたクラックが見える出だし15メートルを除くとカムなどを使える余地はほとんどありません。打ち込み系のプロテクションで泥臭く登る僕好みのルートです。

本番
八ヶ岳は箱庭・ゲレンデ的な小さな山ですが、小同心や大同心といった岩峰に取り付く前にルンゼのアイスクライミングを前菜に置くことができ、日帰りの条件で3ピッチの氷+3ピッチの岩、くらいをこなして頂上に立つならそれなりに充実し、ストーリー性のある山行になります。今回も小同心北壁の様子はだいぶ分かってはいるので、よほどの不測の事態がなければ短時間で決着できるはずです。というわけで、欲張って前菜に裏同心ルンゼも登っておくことにします。

 寒気が入って裏同心ルンゼの氷は硬く脆く、意外とアックスの決まりが悪く苦労させられました。立ってるところも注意してフリーソロで超えていきますが、安全のために納得いく感触があるまでアックスを決めなおすので、思ったよりも力を吸われてしまいました。

 わりと苦戦してしまった裏同心ルンゼですでにけっこう疲れていたのですがもう偵察は済んでいるので予定通り小同心北壁に継続することにしました。

 北壁は小同心クラックの手前の凹角状の壁を登ります。前回偵察した通り、右のブッシュ帯からしっかりした岩のスラブへとバンドをトラバースし、垂壁を一瞬足ブラで超えてさらに堅いスラブを細かいフットホールドを拾ってトラバースすれば第一核心は突破です。

1P 
ロープソロシステムでしっかりプロテクションを取りまず垂壁まで。垂壁の残置ピトンにも気休めのプロテクションを取って意を決して見えない垂壁の先にアックスを振るいます。ドンッ!と凍った草付きにピックが刺さったらしいボンバーな感触が伝わり、もう後は信じて立ち上がるのみ。足ブラなので膝などのフリクションを気休めに効かせながらそろーりと体を持ち上げてロックオフで壁の向こうを見ると草の詰まったクラックが。さらにドンとアックスを打ち込み一安心。乗越してアイスフックでプロテクションを取り、トラバース。トラバースもホールドが小さく、ロープにぶら下がって偵察はしていたものの、「こんなに厳しかったか?」という印象。プロテクションは気休めのアイスフックとペッカー。スラブの終わりの錆びた既存アンカーをありがたく終了点として使わせてもらいました。

2P
 隣の岩塔との間の明瞭な凹角を登ります。一見寝ているしステミングが使えるのでイージーに見えたのですが、岩ももろくてしっかり引けるホールドは皆無で、実際には使えるホールドもプロテクションも非常に乏しく、ランナウトしながらの非常にキツイクライミングになりました。もっとも、難易度から言えば確かにせいぜいⅢ+なのかもしれませんが。
 20メートル登って、一番傾斜のあるところを乗り越すポイントで頼りないピナクルにスリングをかけてようやく最初で最後のプロテクション。リスを見つけてなんでも良いのでもう少しプロテクションを取ればよかったかもしれません。凹角を抜けて緩傾斜帯に出て、クラックにトライカム、ピトンなどで終了点としました。

3P
 小同心の頭に至るヘッドウォール。傾斜が緩めなので一見どこでも登れそうなのですが、右に行ったら比較的すっきりした岩であったものの傾斜が強くプロテクションも取りづらそうで、勢いで乗り越すのは危険と考えて戻り、左の方からアックスの効く草付きのバンドをつないでいくことにしました。ランナウトしながらイボイボやピトンでプロテクションを取って右上していきます。難しくはありませんが緊張します。
 山頂からの雪のルンゼに出るので、そうしたらそこから左上して最後の岩場を登りきると頭に出ます。
 ※だいぶ時間が経って書いているので記憶があいまいなところがあり、もしかしたら途中でピッチを切って4Pになっているかもしれません。


以上報告しましたが、小同心北壁はすすんで登ってもらうほどの登攀価値ははっきり言ってないかもしれません。少なくとも気持ちよいクライミングを思い切ってできる場所ではありません。アルパインクライミングの世界でどんどんステップアップして高みへ羽ばたきたい人であればむしろスキップすべきルートでは・・・と しかし、もともとアルパインにおいて純粋なムーブの難易度はその魅力の中心ではなく、未知であること、初であることに意味を見出したいクライマーにはこういう経験も時には価値があるんではないでしょうか。

八ヶ岳の有名なルートは他の多くの人も指摘していますが過剰整備の状態です。緩いアルパインルートでありながらオールボルトで登ってしまえるルートもあるくらいです。攻撃的な言い方をすれば「汚いスポートルート」とも呼べるかもしれません。

いっぽうそんな中で、おそらく50年とか前の先人の残したあやしいピトンなどをなんとか道しるべにして自分でプロテクションを打って登るようなルートが手垢にまみれた八ヶ岳にも存在して、登山体系を片手に迷いながら、時に登山体系難易度詐欺で跳ね返されながら冬の壁をオロオロと登ることができます。みなさんもどうでしょう、地元の山でたまにはこんなアルパインらし過ぎるアルパインをするというのは?

僕ももちろん、すべてのプロテクションを回収して帰ってきましたので、もし訪れたい篤志家の方がいらっしゃれば、きれいとは言えない壁がクリーンな状態でお待ちしています(ほんの少しの数十年前の先人たちの手作り残置プロテクションを除いて)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?