読書感想文 ひと

「読書感想文 ひと」
 
今年の春、人生で初めて挫折を経験した。
その絶望の淵に佇んでいた頃、高校時代の友人が一冊の本を紹介してくれた。
それがこの本、『ひと』だ。
小野寺文宜さんが書いた『ひと』は、2019年の本屋大賞で栄えある第二位を獲得した人気作品である。本屋大賞の存在を始めて知ったのは2022年で、
『同志少女よ、敵を撃て』を読んだときに作品のあまりの面白さや深さに感動し、その年以降毎年、お金がなくても本屋大賞受賞作は必ず単行本で買うとマイルールで決めている。
それ以外の本は基本的に文庫本を買っている。
限られた資金の中で何にお金を使うか、その対象の一つが僕の場合は本なのだ。

あと三年早く本屋大賞の存在を知っていれば、
『ひと』が世に出たタイミングで主人公柏木聖輔に出会うことができたかもしれない、と思ったが、
小説は何年経とうが作者の作品に込めた想いやメッセージが変わることなく後世に受け継がれてゆくもので、それが小説の良さなのだ。
 



この作品の主人公柏木聖輔は、高校時代に父を事故で亡くしている。
学生時代に父を亡くしている点で僕と同じだな、と思いながら物語を読み進めていく。
そして、聖輔は鳥取出身で法政大学に通っていた。田舎から東京の有名大学に進学した点も同じだな、とまた一つ共通点を見つけ、実在しない主人公に想いを馳せていく。
通っていた、と表現したのは、物語の冒頭で既に聖輔は大学を中退していたためである。
この点では僕と違う、と思った。
 
なんで大学を中退したんだろう。ふと疑問に思う。
ページをめくり、僕は衝撃を受ける。
まさかの母の突然死。
退学は、母の死によって聖輔は経済的に頼る相手を失い学費が払えなくなった、という理由のためであった。
『そんな不幸な人生なんてありえる?!』
そう口に出してしまいそうな気持ちを抑え、ぐっと胃まで飲み込む。
人生では何が起きるかなんて誰にも分かりやしない。
そして、その人が幸せか不幸か、関係ない他人が口出ししていいものではないのだ。
主人公はきっと幸せになれる、そう信じながら物語を読み進めていく。
 



大学を中退した聖輔は、行く当てもなくふらふらと家の近くの商店街を歩いていた。
そこで偶然出会った「おかずの田野倉」。
老夫婦が経営する老舗の総菜屋だ。
店主にメンチを負けてもらった聖輔は、縁を感じ「おかずの田野倉」でアルバイトを始めることになる。
そして、店主田野倉夫妻、同僚たちとの新たな出会い、大学時代のバンド仲間、高校の同級生との再会など、様々な人達との関わりが聖輔の人生をもう一度動かしていく。
 


作品の中で最も印象的だったセリフがある。
店主の督次さんのセリフで、
「聖輔は人に頼ることを覚えろ」という言葉だ。
両親がいない辛さや絶望感を僕は知らない。
物語の冒頭で聖輔と僕は少し似ているかもな、と思ったが、実際は遠い存在だ。
僕は辛いことがあったら最終的には家族が助けてくれる、その安心を心のどこかで感じているからこそ、色々なことに挑戦できるのだ。

その点、聖輔は頼ることができる親族はほとんどいない。
言葉では形容できない程の孤独だろうな、と思う。素直に尊敬する。
物語の中で聖輔は、血のつながりはないが、心のつながりがある大人達に助けられ、人に頼ることを少しずつ覚えていく。
そういえば僕も本当にたくさんの人に支えられてここまで生きてきたな、と思う。
 
 



僕は去年の春、三年間通っていた大学を辞める覚悟で一年間休学し、医学部に挑戦した。
 
全てのきっかけは、二年前全国ニュースとなった事故に巻き込まれ死んだ中学時代の先輩の通夜に参加したことだった。
地元で一番の進学校に進学した高校時代から、ずっと忘れていた中学時代に抱えていた想い。
行き場のない憤りと憎しみ。
通夜で死に化粧した先輩の顔を見ながら地元の空気を吸い、沸々と蘇ってきたあの頃の感情と向き合う。
「このままの人生でいいのだろうか」



 
小学校六年生の時に父が余命宣告され、中学一年生の冬に亡くなるまでの一年間、病に侵される父を看取るだけの空虚な時間を過ごしていた日々。
ある日突然、事故で父を亡くした聖輔よりはカウントダウンされた方がよっぽどましだなと思う。

しかし、正当な理由もなく自分から大切なものを奪われる運命を引き当てた者同士、という点ではやはり同じだ。これは経験者にしか分からないが、とても辛い。
 
僕にはあのまま大学を卒業して、確約された安定した将来に進む選択肢もあった。
聖輔も、母が亡くなっていなかったら同じように安定した将来が待っていたかもな、と思う。
 
整備不足だった遊覧船から北海道の海へ投げ出され、婚約者と共に溺死した先輩の顔を東京に帰ってから思い出したとき、安定した将来の全てを捨てたくなった。
そこで一念発起し、医学部を目指すことにした。
医師になり、自分と同じ境遇の家族を一人でも多く救える力が欲しいと思った。
が、しかし、受験の結果は不合格。情けない。
 
もう一年勉強を続けようと思っていたが、一人で家に籠り勉強を続ける辛さと、一年間支えてくれた母から「やっぱり働いてほしい」とのお願いがあり、大学に戻ることにした。
 



聖輔と違い、僕には戻る場所がある。
聖輔のように、退学をする勇気もなければ、一人で戦い続ける勇気もなかった。そこが僕の弱さだなと、この本を読んでいて痛感させられた。
しかし、自分に出来ることと出来ないことが分かり、出来ないことは人に頼り、逆に出来ることは人から頼られる存在になる。
そんな人生でいいなと思った。
 
 
物語の中で聖輔は、「おかずの田野倉」と出会ったことで絶望の淵から脱し、新たな仲間と共に明るい未来へと自ら歩を進めていく。
そして、僕と聖輔との出会いは、僕を明るい未来へ引っ張ってくれる良い出会いだった。
この本を読んでいる最中に、23歳になった。
まだまだ人生始まったばかりだ。
一度失敗したからと言って、くよくよしている時間なんてない、前を向いて頑張ろうと思えた。

その先できっと、僕なりの「おかずの田野倉」が待っているはずだと胸に期待を込めて。
そして最後に、この本を紹介してくれたみっちゃん、ありがとう。

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