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鋸挽とネットリンチ

江戸のもっとも残虐な刑罰に「鋸挽」(のこぎりびき)と呼ばれるものがある。

峠に罪人を埋めて道行く人に「こいつこんな悪いことしました。鋸で挽いてやってください」みたいなことが書かれた紙と鋸が置かれるんだけど。

さすがにえげつなすぎて、なかなか挽くヒトが現れなかった、みたいな話。

鋸で挽くのはやっぱり手に感触が残るし、傷つける実感があって、心苦しい。さすがにそこまでいくとストレスを感じるのが人情。

でもネットリンチは、そうしたことから考えると、実際に手で殴るのと違う、キーボードを打つぐらいでできてしまう。

手軽さや気軽さが引き金を引く軽さになるのかな。

コミケのあの誹謗中傷犯を売り子にするのは、そうしたグロテスクさを感じた。

当人同士では合意の上のお遊びのような贖罪としてるけど、実際やってることのえげつなさは、鋸挽に近い。みんなで裁くエンタメの提供、みたいな。

『ブラック・ミラー』で「虫けら掃討作戦」という回があって、ここから先はそれのネタバレを含むので注意。簡単にいえば、世界に虫けらと呼ばれている種族がいて、それを軍が駆逐している世界の兵士の話。

でもその兵士は虫けらから浴びせられた謎の光によって、妙な違和感を覚えるようになる。

ここだけ聞くと「おやおや、『第九地区』かな」と思うヒトもいるかもしれない。ちょっと近しい。兵士はどんどん虫けらが、自分と同じ人間にしか見えなくなっていくんだよね。

ちなみに『ブラック・ミラー』はSF要素がっつり(偶に入らない)世にも奇妙な物語で、胸糞要素たっぷりな作品なんだ。

SF要素として、わりと兵士は五感もなにもかもを管理されてる。

いってしまえば兵士は視覚がいじられてて、特定民族の人間を虫けらに見せられている、みたいな話で、そうすることで殺人のストレスを和らげる効果がある、みたいな。

わりとナチスみたいな民族浄化作戦なんだけど、気分は化け物退治。

ネットみたいに顔が見えないと、情報で判断することになる。「レッテル貼り」は有効で、「悪人」のレッテルが貼った相手にライン超えのネットリンチをしてしまうヒトも少なくない。

ヒトを罰するのはエンタメになる。SEKAI NO OWARIのHabitで「説教するのぶっちゃけ快楽」とあるけど、わりとそう。

松本人志もかつてコラムで「悪口は相手のことを知らないほうがめちゃくちゃ言える。知り合いが増えると、悪口が言いづらくなった」みたいな話を書いてた。

顔も知らない相手は、”虫けら”に見えてしまうもんなのかもしれない。

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