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「美味しんぼ」についての考察(嘘、矛盾)

「美味しんぼ」というグルメ漫画の超大作があります。

良くも悪くも日本のグルメに影響を与えてきた作品です。

既に様々な考察が出ているので、今更考察を書いても意味が無いかもしれませんが、あえて中立的な視点から、ちょっと真剣に考察をしてみます。

まず、美味しんぼが日本のグルメ関係に与えた影響は甚大です。

「生牡蠣にワインは合わない」

「天ぷらの衣にビールを入れるとサクサクに仕上がる」

などという知識も、美味しんぼから学んだ(あるいは美味しんぼから学んだ人が語っているのを聞いた)人も多いのではないでしょうか。

その反面、インターネットも無い時代から連載開始している週刊連載の漫画なので矛盾も沢山出てきます。

有名な所では、ある話では「サラダはドレッシングをかけてこそ素晴らしい」と言っているのに、別の話では「野菜をそのまま食べることが最高だ」と言っていたりする。

また別の話では「廃糖蜜から作る味の素は有害である」と言っているのに、別の話では「廃糖蜜から作るラムは素晴らしい」と言っていたりもする。

この辺りは100巻以上も連載している以上、仕方がない部分もあるのかと思います。そもそもキャラ設定ですら1巻からどんどん変わっているわけですし。

また、私個人として矛盾を感じるのが「優劣をつける尺度が急に変わる」こと。

話によっては無農薬の畑で作られた野菜を絶賛する一方で、ドレッシングの話になると市販されているような野菜を用いています。

また、白飯についても「粒を揃える」というレベルまで行ったのにその後はそこまでしない。

加えて疑問なのが、話によっては糠漬けの糠床に用いる米が無農薬かどうかまでを気にするのに、何故か「ニョクマム」は何も気にしない。世の中には最高の魚を用いた究極のニョクマムもあるだろうに…(その他、腐乳も同様)

挙句の果てには、あれだけ料理に詳しかった海原雄山と山岡が日本全国味めぐりになると、途端に知識が無くなること。そして、全然こだわらなくなること。

だしの取り方一つで怒るなら、郷土料理なんて煮過ぎてたり洗練されてなかったりで食べられたものではないと思うんですけどね。

この辺りは、「原作者の趣向」が反映されているのだと思います。

パソコンでWindowsを毛嫌いしてMacが好きなのも、日本酒で吟醸香が鼻につくのも、フランス料理がバターと生クリームで重いと考えるのも、全て原作者の趣向です。もうこれはどうしようもない。

さて、否定はこれぐらいにして、美味しんぼの価値を見ていこうと思います。

まず、美味しんぼが連載開始したのが1983年。ファミコンが発売されたり、ディズニーランドができた年です。当然インターネットは無いですし、携帯電話も無い。

当時は1ドル=230円ぐらいだったので、海外旅行はかなりの贅沢。輸入品にしてもワインやウイスキーは高級品だったのです。

その後、1985年から1991年がバブル景気となります。バブル崩壊後は不景気と考えがちですが、1992年以降もしばらくは令和の今から考えるとかなり贅沢な時代でした(バブルの真っ最中に比べると物凄い転落をしているものの、人々の贅沢感が抜けていない状況。大きな自家用車でスキーに行ったり、盛大な結婚式をしたりするのも一般的でした)

まず、こうした時代背景を理解する必要があります。

「フランス料理はバターが多い」なんていうセリフにしても、当時は今のような創作フレンチが主流ではなかったことや、当時の大人たちは幼少期に和食を中心に食べていたのでバターを用いた料理になじみが無かったことなどがあるでしょう。

この時代には「ヨーロッパに行ったらオリーブオイルの味ばかりで困った」「海外旅行には味噌汁を持っていくと良い」などの話がありました。なんのことはない。そういう食生活だったのです。

当時は美味しんぼの作者も読者も基本的には毎日和食(白飯、味噌汁、焼き魚、漬物)を食べていた。だからこそ、妙に白飯や味噌汁の味にはこだわるけれども洋食になると急に疎くなるんです。

こうしたことは作品のあちこちに現れていて、初期の頃には「お祝いにブドウ酒を贈ろう」というセリフもあります。ブドウ酒って最近聞かない言葉ですよね…。また外国人シェフから贈られた生ハムを食べて驚く話もありますが、今や生ハムなんてコンビニでも買えますよね…

このように当時の人々の様子を見ながら読んでいくと民俗学的な歴史的価値があるなと思います。

その後は原作者が1988年にオーストラリアに移住したこともあり、やや時を置いて「究極VS至高」はオーストラリアに舞台を移します。要するに経費でオーストラリア内のあちこちを調べたのでしょう。1992年から1998年まで毎年一回ぐらい経費で取材をして漫画として発表していたようです。

そしてオーストラリア編が終わった1999年からは、今度は経費で日本旅行することを思いついたのか「日本全県味巡り」に突入。

先述しましたが、日本全県味巡りになると急にグルメとしてのレベルは下がりました。このころになるとインターネットも普及してきて、皆が知らない高級料理というものが無くなってきたので郷土料理の紹介に活路を見出したのかもしれません。話としては雑然と料理を紹介するだけで非常につまらないですが…(このあたり、「るるぶ」とかのガイドブックに載せたら良いのになと思います)

そして残念ながら2006年、96巻以降はもはや「美味しんぼ」とは呼びづらい状況。実在する店を紹介したり、環境問題を取り上げたり、東日本大震災を取り上げるのみです。

ただ、この「近年のつまらなく見える内容」もきっと30年後には貴重な歴史資料になるのだと思います。


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