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トランスジェンダーの法的性別変更のための新法案について

 2020年9月1日、朝日新聞が奈良女子大学の三成美保副学長(日本学術会議 法学委員会 社会と教育におけるLGBTIの権利保障分科会 委員長、ジェンダー法学会理事長)のインタビュー記事「『女子大は避難所』トランス女性受け入れた副学長の真意」(有料)を掲載しました。

 この記事で、三成氏は「性自認こそが性を決定する重要な要素だ」と述べており、有料記事を閲覧した方からの情報によると「日本学術会議の関連分科会では、今月にも、トランスジェンダーの権利保障に焦点を当てた提言を出し、(※筆者加筆:性同一性障害)特例法を廃止し、法的性別変更の手続きに限定した新しい法律を作るべきだと求める予定」とも報じられているそうです。

 とても複雑な内容なので詳細は以下の各リンク先をご覧いただくこととして、非常に大雑把に説明すると、「三成氏が委員長を務める分科会が、2名以上の医師の診断書および性別適合手術など5つの要件を満たす必要があり性別変更のハードルが高かった『性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律』(性同一性障害特例法)の廃止と『トランスジェンダーの法的性別変更のための新法』の制定を提言する」ということです。

【参考資料】2017年9月29日
日本学術会議 法学委員会 社会と教育におけるLGBTIの権利保障分科会提言
「性的マイノリティの権利保障をめざして―婚姻・教育・労働を中心に―」

 2020年3月19日に開催予定だった公開シンポジウム「トランスジェンダーの権利保障を目指して―尊厳を保障するための法整備に向けて―」は新型コロナウイルスの関係で延期となっていますが、おそらくこのシンポジウムで発表予定だった内容に近い提言が出されるものと予想しています。

 トランスジェンダーについては、特例法の持つ根源的な問題点とトランスジェンダーを取り巻く環境の困難さがますます明らかとなっている。世界では、トランスジェンダーに対する殺人・暴力事件はあとをたたず、性的マイノリティの権利保障に積極的な国でも、トランスジェンダーに関する施策の停滞や後退がみられる。また、ジェンダー抑圧構造を問題視してきたはずのフェミニズムの一部からも、不用意な誤解や偏見に基づくトランスジェンダー排斥の動きもみられる。
 このように、特例法の改正を含め、トランスジェンダーの人権保障に取り組むことは急務である。

 シンポジウムのプログラムをご覧いただくと分かる通り、三橋順子氏(日本初のトランスジェンダー大学講師のうちの一人)や針間克己氏(はりまメンタルクリニック院長)の出席も予定されており、「性同一性障害特例法」の廃止および「トランスジェンダーの法的性別変更のための新法案」の必要性について発表される予定だったのではないかと思われます。

 なお、三橋順子氏は2018年5月31日に日本学術会議のLGBTIの権利保障分科会に「性別移行法案」を提起済みです。法案の概要はその2ヵ月後に開催された中央大学の公開講座の動画に収められている内容と大きく違わないと思いますので、以下の動画の14:00以降をご覧ください。

 「性同一性障害特例法」については、以前より「法的性別変更のための要件が厳しいので緩和してほしい」という要望や訴訟があったそうで、2019年12月にも超党派の国会議員で構成される「LGBT議連」が「トランスジェンダー当事者」にヒアリングを行っています(※なぜか「性同一性障害当事者」と書かれていないことに注目

 ここでポイントとなるのは、トランスジェンダーの法的性別変更のための新法案」は『性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律』(性同一性障害特例法)と違って病理概念ではなく、医師の診断も性別適合手術も不要で、対象者もかなり幅広い、ということです。

 法務省のサイトには「トランスジェンダーは『身体の性』と『心の性』が致しないため『身体の性』に違和感を持つ人」と書かれていますが、トランスジェンダーの権利運動を展開している大学教員(TRA学者)による「トランスジェンダーの定義」は次の通りで、数字が大きくなるほど対象範囲が広がっています。

【TRA学者3名による「トランスジェンダーの定義」】

①「出生時に指定された性別とは異なる性別で生活している人」という定義が、国際的な定義や簡潔さからして一番妥当だと思う(J.M氏:2019年3月18日 Twitter)

出生時に与えられた性と異なる性で生きる、生きようと望む人(A.H氏:2019年4月20日 Twitter)

狭義には「誕生時に付与された性別と性自認が一致しない人、および/または、その性別と異なるジェンダー表現で日常生活を送る人」を指し、少し広く取れば伝統的なジェンダー区分にはうまく当てはまらない性自認や性表現をする人も含まれる、というのが一般的用法と理解している(A.S氏:2019年3月19日 Twitter)

 このように「トランスジェンダー」という概念はとても幅広いものですが、世界的な潮流としては、医師の診断も性別適合手術も不要かつ身体の性別は関係なく、性自認や性表現に基づいて法的性別の変更や男女別スペースの使用を認める方向に向かっているようです。

●2016.07.14 英国のGender Recognition Act(トランスジェンダーが性別変更するための法案)の見直しに関する記事(自己申告制:セルフID)

●2019.12.20 その結果、英国でTERF(トランス排除的ラディカルフェミニスト)と呼ばれるようになったJ.K.ローリング

●2020.1.12 英国の大学教授によるセルフID制への警鐘【翻訳記事】

 日本でも、2018年7月に国立大学であるお茶の水女子大学が「法的性別は男性であっても性自認が女性であれば入学を認める」とトランスジェンダー女性の受け入れを発表しましたが、その後、2018年12月前後よりTwitter上で「トランス女性の範囲はどこまでか?」「男女別スペースは何を基準として区分されているのか?」などの疑問を抱く女性が増え、その結果、2019年2月26日に10名の大学教員が以下の声明を発表し、賛同署名の呼びかけを行いました。

 女性ジェンダーに割り当てられた公的空間にトランス女性が参入することへの懸念や反発がインターネットを中心に目につくようになってきました。とりわけ、このような懸念や反発が「フェミニスト」を自認する女性たちから提出され、しかも鎮静化するどころかトランスジェンダーに対してはっきりと差別的な見解がインターネット上で次第に多く流通するようになってきている現状を、私たちは深く憂慮しています。

 しかし、この声明により「『女性ジェンダーに割り当てられた公的空間』とは一体何を指しているのか?」など新たな疑問も生じて混乱が続き、声明発表の前後に、TRA学者はTwitter上で前述の「トランスジェンダーの定義」や以下の「女性専用スペースに対する見解」を示すことになりました。

【TRA学者2名による「女性専用スペースに対する見解」】

①「女性専用スペースは『性器による定義』に従って区分されているわけではない」(T.K氏:2019.1.22 Twitter)

②女性用トイレについて私自身は、シス女性、トランス女性、広義のトランスの一部(性自認は女性ではないが日常生活上の性表現はどちらかと言えば女性寄りである人々)、トランス男性の一部は使用可能であるべきと考える(A.S氏:2019.3.19 Twitter)

 Twitterで「TERF(トランス排除的ラディカルフェミニスト)」「差別主義者」と呼ばれている女性達(私と同様にフェミニストを自認していない女性も多数含む)の多くは、現行法において身体の性別に基づいて区分されている法的性別や女湯・更衣室・トイレなどの男女別スペースを、急速に「性自認や性表現で区分されているもの」に上書きされつつある現状に戸惑い、TRA学者からの丁寧な説明を必要としているのです。

 女湯をはじめとする性別スペースが身体の性別で区分されていることはMtF当事者である仲岡しゅん弁護士も2020年8月27日付のWANへの投稿で認めている通りなのに、TRA学者・活動家が「女性別スペースに性器の形状は関係ない」「法的男性の使用を禁ずる法律はない」などの無責任な発言を繰り返すことで、女性専用スペースの運用ルールを大幅に緩め、安全性を低下させることを危惧しているのです。

 なお、女性達が「女性専用スペースは身体の性別で区分されているのだからルールを守ってほしい」と言うことが「差別」扱いされてしまう現状についての私の考えは、以下の投稿の通りです。

 そして私は、2019年1月からの1年8ヵ月間ずっと「性が多様化した今、必要なのは法的性別・身体の性別・性自認・性表現を問わず誰でも使用できる個室型のトイレ・更衣室・浴場の増設」だと思っていますが、そのような施設の設置に向けて協力するという方向に向かわず、ただ一方的に女性達が「差別主義者のTERF」として批判され続けている状況を憂いています。

 最後に、TRA学者とともにアジア女性資料センターの機関紙「女たちの21世紀」に寄稿した代表的なトランス女性の見解を転載します。

「女性専用スペースに対する見解」

なんぼほど、同じことを言わなあかんの?
でさ、あたしの思想的な立場は、女湯であれ女便所であれ、トランス女性がそこを利用する権利、それ自体はあるというものやからね。
今、権利を行使しないのは、シス女性への「配慮」なんで、よろしくお願いしますよ(H.O氏:2019.3.30 Twitter)

「性同一性障害特例法の手術要件撤廃(またはトランスジェンダーの法的性別変更のための新法案)に対する見解」

性別変更に手術要件がなくなれば、ペニスのある女性が当たり前に存在するようになります。制度を変えるということはそういうことです。
そうなれば、そういう人たちが、女性用のあらゆるスペースを利用することは、何の問題もなくなります
風呂だけをあたしが問題にしないのは、そういう理由です。(H.O氏:2019.2.14 Twitter)

 「ペニスのある状態で女湯に入ろうとしているトランス女性などいない。TERFの悪質なデマだ」という人もいますが、TRA学者・活動家の方々がトランスジェンダーの法的性別変更のためのシン新法案の制定に向けて取り組んでいる今、現行の女性専用スペースの運用がどうなっているか再確認し、今後はどのようにしていくのが全ての女性にとって望ましいか議論することは、差別なのではなく必要不可欠なことあり、回避不能なテーマだと思います。

 専門的な内容が多く説明が難しいため、なるべく引用を多くした結果、長文になってしまいました。WANに掲載された石上卯乃さんの投稿およびそれに対する反論投稿については、明日以降、個別に疑問点や感想を述べたいと思います。

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