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COMICO ART MUSEUM~③杉本博司、村上隆、奈良美智~

1 ギャラリー4 海景シリーズ 杉本博司

 ギャラリー3でタイム・ウォーターフォールを鑑賞した後、別棟の2階に上がると杉本博司の海景シリーズの写真が空間の三方に展示されていた。また、展示室の残りの一方には球体の光学ガラスが設置されており、そのガラスを覗くと、展示室内の海景シリーズの作品が反射されていた。
 ここで作り手が表現したいものは、おそらく、江の浦測候所のそれと同じであろう。それは、太古から人間が見ていた景色である海景を多視点的に鑑賞することで、人間と海、そして自然や時間というものとの関係性を見つめ直そうという試みである。
 もっとも、この展示空間だけで、作り手の衝動に焦点を合わせることは難しいと感じた。ここを訪れる前に江の浦測候所を訪れていなければ、僕にはこの展示空間の意図がわからなかったのではないかと感じている。
この展示物を前にして、いまいち作品を咀嚼できていないと感じた方には、是非江の浦測候所に行っていただきたい。

空間の三方に展示されてある海景シリーズの作品が、球体の光学ガラスに反射されている。この球体の中には展示されている作品全てが反射して見える仕掛けになっている。


2 ギャラリー5 村上隆


⑴ 「フラワー」村上隆
「フラワー」。村上隆のあの有名な、キャラクター化された花々の絵画シリーズである。
 僕には、キャラクター化されたこれらの花々が何を訴えいるのか、長らく分からなかったのであるが、今回、本美術館を訪れるにあたり、これら作品と焦点を合わせることができるのではないか、と、若干の期待を抱いていた。
 実際に、ギャラリー4の村上隆作品の展示空間に足を踏み入れると、そこにはあの有名な花々が笑顔を撒き散らしていた。

⑵  お花のキャラクターとの対峙
 淡い期待を抱きながら、作品の前に立つ。しかし、やはり創作物の見方が分からない。創作物に焦点を合わせることができない。
たまらず僕は、美術館の音声ガイドにすがることにした。
音声ガイドによると、この花々のキャラクターは全て同じ顔をしているのではなく、微妙に目の位置や口の形等が異なるらしい。
また、この作品は、日本のキャラクター文化を媒介として、「現代の日本社会」を表現しているらしいということも分かった。

 以上の知識を前提に、再度、花のキャラクターたちと向き合ってみる。

 まず、絵の中で偶然僕と目が合った一体のキャラクターだけを凝視する。瞳は潤みがちで、「ザ・笑顔」といった塩梅で、口元を大きく開いている。
次に、視野を広げ、周囲の花々の顔にも目を向けると、皆、潤みがちで型式ばった笑顔をさせている。これらキャラクターは全て同じ顔をしておらず、微妙に表情が違うという説明を聞かされても、僕にはほぼ同じにしか見えなかった。
さらに視界を広げ、絵画全体を眺めると、絵画一面に咲き乱れているお花のキャラクターたちが、潤みがちな眼差しを向け、無機質な笑顔を作りながら、僕のイメージの中で大量生産されていった。

⑶  泣いている花々
 そもそも「キャラクターの笑顔」とは生身の生命体の感情の発露ではない。そこには、「笑顔を作るにはこのような目と口にすればいいのだろう」といった作り手の作意がある。この特徴は、キャラクターデザインが写実から離れれば離れるほど顕著になるであろう。
 そのような「キャラクターの笑顔」が本作品では大量生産されているのだ。そこでは、生身の生命体の感情の発露が抑制される代わりに、笑顔が鋳型に嵌められ大量生産されている。その上、その世界の住人たちは、自身が鋳型に嵌められていることに気づけない。
なんと不気味な世界が目の前に提示されているのか。この不気味な世界こそが、音声ガイドのいう「現代の日本社会」と評価するのは安直であろうか。

この体験以降、僕にはこの花々が泣いているようにしか見えなくなってしまった。

3 「your dog」奈良美智


⑴  空間の演出
 本美術館別棟のギャラリー4で村上隆の作品を鑑賞した後、美術館の案内図にしたがい、本棟の玄関付近まで戻ることになる。
 そして、案内図にしたがい、階段を登り2階へ向かうことになるのであるが、ここでもまた空間演出がなされている。
 今まで辿ってきた空間や、本美術館の外観は不自然なほど黒色で統一されていた。そして、その黒がときに「水」を演出するための装置となっていた。
 一方で、この階段以降の空間は、淡い白色と木材をベースに作出された空間で、とにかく柔らかいのだ。

空間に使用されている壁紙


白い壁紙や木目調の素材を使用することで、柔らかい空間を演出している。

⑵  大きな白い犬
 階段を一段一段上がるにつれて、空間が柔らかくなっていく。壁紙は白く淡く、空間のところどころに木の温もりも感じられる。明らかに今までとは異なる空間上の演出がなされており、2階には、何がどのように展示されているのかという期待に胸が躍る。
 胸の高鳴りを感じながら、2階にたどり着くと、視界の先に、ガラス越しにそれは待ち構えていた。  
 
「your dog」。奈良美智の、あのSNSでよくアップされている大きな白い犬である。


⑶  意味づけのなされていない世界
 人間は、経験・知識を得ることで効率的に生活することができる。例えば言葉もその一つだ。
 「コップ」という概念を知っている人が、目の前のコップを見る場合と、「コップ」という概念を知らない人が見るそれとでは、見えている景色が違う。
「コップ」の予備知識を持った状態で目の前のコップを見る場合、鑑賞者には、事前に「意味」が与えられている。それにより、与えられたフィルターを通してしか物事を見ることができなくなる。
その結果、まっさらな目で、あるがままに対象物を観察することができなくなる。

 「your dog」とは、人間が、言葉を覚える前のまっさらな目で見ていた景色を異化したものである。
 言葉を覚える前、僕たちは何ら意味づけがなされていない世界を、あるがままに見ていた。その世界は、柔らかく、限りなく澄んでいたに違いない。
白い大きな犬の外縁は、背景の由布岳の女性的な曲線と見事な調和を保ち、僕を、言葉を覚える前の世界に連れていってくれたのだ。


由布岳を背景に見る「your dog」。犬の上縁がどことなく由布岳と重なって見えるのは気のせいだろうか。

4 COMICO ART MUSEUMとは
 COMICO ART MUSEUMとは、空間と作品とが協働して、鑑賞者に芸術の衝動を訴えかけてくる場所であった。
 おそらく、この美術館は、展示する物がまずあって、その後、展示する空間を検討し、美術館が建築されたのではなかろうか。
 その意味で、どのような作品でも展示できる空間をまず作り、その後、展示する物を決めるという、一般的な美術館の演出方法とは異なっている。
 普段現代美術を鑑賞する機会が少ない方も、是非ここを訪れた際には、空間の演出を手がかりに作品を鑑賞していただきたい。
 なお、今回紹介できなかった作品や、空間演出の仕掛けもいくつかあるので、そちらも是非味わっていただきたい。


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