完全試合を見て、切なくなる。

本日、2022年4月10日、ロッテの佐々木朗希選手が28年ぶりとなる完全試合を達成した。完全試合を達成するのは、史上16人目の快挙だそうだし、連続奪三振などに関する記録も一気に塗り替えたことになるそうである。

この辺りでしっかりと断っておくと、自分は申し訳ないが、ロッテファンではない。されに言えば野球オタクでも、野球部だったわけでも、もっと言えば、野球ファンですらない。にわかどころの騒ぎではないが、弟が野球ファンであるために、その凄さは感じていると思う。

そんな野球自体にめちゃくちゃ思い入れがあるわけでもない自分が、その記事の中で惹かれたのは、最年少達成者という部分である。20歳5ヶ月というタイミングでの達成なので、自分よりは年下の年齢である。そして、史上最年少という言葉を最近たくさん聞くようになったような気がする。

去年あったオリンピックでは、13歳という年齢で、西矢選手が日本人で最年少の金メダリストに輝いているし、文化方面でも、藤井聡太竜王が、段位とタイトルの保持数で最年少記録を大量に掻っ攫っていたことも記憶に新しい。さらには、他のスポーツ、囲碁、勉強系と括っていいのかもわからないが学問系のオリンピックなどでも、最年少記録が更新されたり、中高生の活躍をよく目にするようになったと感じる。そして、今回の完全試合に関しても、佐々木投手の球を受けて、リードしていたのは、高卒ルーキー(つまりタイミング的につい二週間前までは高校生だった)の松川虎生選手だったという。

このように恐ろしい若者が出てくると決まって言われるのが、現実が虚構を超えるということである。大谷翔平選手や羽生結弦選手なども言われていたが、発行されている漫画の中の主人公の業績と比較され、その凄さを称賛される。現実は小説より奇なりという言葉はプラスの面でもあるのかと驚かされることばかりだが、それだけ、作者の大人たちの考えの中ではあり得ないことすら、現実に起こりまくっているのである。

そして、話は少し戻って、僕は最年少記録が更新されたと聞くたびに、どことない切なさを感じる。もちろん達成されたことに関しては、純粋にすごいと思っているし、場合によっては感動することもある。ただ、なんとなく切ないのである。

自分はその競技をやっているわけでも、努力してきたわけでもないし、それくらいできるのに、などと傲慢に思っているわけではない。ただ、その記録を自分が更新することはないという事実に気付かされる。人生はいくらでもやり直しがきくとは先人たちがよく言っているし、自分も実際どうにでもなるし、いつからでもどんなことにも挑戦できるとは思っている。ただ、年齢という不可逆なものが関わる最年少の記録を誰かが達成されるたびに、努力をしてこなかったし、してもいない自分は、そこに対するなんとも言えない悲しさが生まれる。

今時の子供たちは、そのような各方面の大記録の連発をみて、夢が昔より広がりやすいのではないかと思う。ただし、逆説的に、彼らの子供の頃からの努力が記録に垣間見えて、夢に対して、100で希望を抱けているのだろうかと考えてしまう。その辺りが、「小学生のなりたい職業ランキング」にスポーツ選手とYouTuberと会社員が入り混じっているのではないかと勝手に思っている。

ともかく、こんなことを書いているうちに自分は歳を取り、これからも自分より下の世代が過去の大記録を塗り替えていくのだろう。業績を成し遂げるような彼らにも、それに迫ろうと努力している彼らにすら勝つことはできないのだろうが、自分もそんな彼らとは全く違う場面で、彼らに対して切なさを感じなくなるように、また明日から生きていこうと思う。

最後に、佐々木朗希選手、松川虎生選手、千葉ロッテマリーンズの皆様、そのファンの方々、おめでとうございます。

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