小説1その⑤
ご紹介する機会を失い、眠っていた題材がありまして、こちらで昇華しようと思い、キーボードを打っております。
つたない文章能力ではありますが、少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。
それでは、始めます。尚、出てくる人物などは架空です。
トントントンという包丁を使う音。シャーシャーという炒める音。グツグツと煮える音。
その音たちと一緒に、「きゃ!わー!んー、えい。ふにゃ!」
と彼女の頑張る音が聞こえてくる。
最初「きゃ!」と聞こえた時には「大丈夫?」と声をかけた。
「大丈夫です!座っててください!」と彼女が言うから、僕は上げた腰を下ろす。
それが何回か続いた時、僕は何も言わなくなった。
お茶を飲みながら、今、僕の為に料理を作っているんだよなー。と、嬉しくなったから。とはいえ、どうしてもうまくいかない。という理由から、今僕はここにいるのだけど。
「あと少しで、できますからね。」彼女がキッチンで話しかける。
「はーい」大きく返事をする。なんだか新婚さんみたいだ。なんて、勘違いを起こしそうな空気。それくらい居心地がよかった。
「できましたよ!」
彼女がお盆に自分の作り上げた料理を乗せて、僕の前へと運ぶ。
そーっとそーっと、一歩一歩近づいてくる。
躓く。
「危なっ!」僕は声を出してしまった。
「大丈夫ですよー。」彼女は踏みとどまったようだ。
「緊張してるんですから、許してくださいね。」なんて微笑む姿を見て、こくりと頷いた。
テーブルに運ばれた料理。僕の隣にちょこんと彼女が座る。
僕は一つ気になったことを聞いてみた。
「ねぇ。今日の料理はうまくいったの?」
彼女は、普段の料理がうまくいかないから、僕に料理を食べさせる約束をした。だからこそ、この質問はとても大切なこと。だと僕は思う。
「んー、どうでしょうか。頑張ってみたんですけど。」と彼女は答えた。
目の前にある料理は、匂いも見た目も、ごくごく普通の家庭料理で、おいしそうではある。
だから、僕は「そうなんだ。だけど、おいしそうだよ。」と褒める。
彼女が微笑む。
「食べてみてください!」手のひらを差し出し、召し上がれのサイン。
「では、いただきます。」お箸を親指と人差し指の間に挟め、軽くお辞儀をする。
もぐもぐもぐ。んー。
こっちはどうかな。もぐもぐもぐ。
お味噌汁。ずずずず、ふー。
「うん、普通。」
「ふ、普通?」彼女は少ししょげた顔をする。
「うん、普通においしい。」
「本当ですか!」両手をパチンを合わせ、驚きと笑顔の交った表情になる彼女。
「うん。うまくいったってことじゃないかな。料亭の味!とか、お金取れるよ!なんて言わないけど、家庭の優しい味で、いつでも食べたい味で、また食べたいなぁ。と思う味。」
彼女は安堵の表情をする。
「少し私も食べていいですか?味見はしたんですけど、ね。」
「うん、食べてみて。」
もぐもぐもぐ。
だんだんと彼女の表情が曇っていく。
「どうしたの?」
「いつもの感じだ。」とボソッと彼女は呟いた。
「ん?どうかした?」
「うまくいってないみたいです。」彼女は答える。
「ん?」
「あ、いえ、もっとこう、おいしい!ってなりたいんですよ。それができなくて。今回もダメでした。」
「僕はおいしいと思うけど。」
「もっともっとおいしいってなりたいんです!」少しずつ口調が強まっていく。
「どうしたら、うまくなれるんですか!先輩!!もっともっとうまくなりたいんです!!!」声が大きくなっていく。
僕は彼女を落ち着かせようと肩に手を乗せ、
「ちょっ、ちょっと待ってくれないかな、僕の話を聞いてもらえる?」
彼女はうなだれながら、こくんと頷いた。
「うまくなりたい。と言ったけど、僕にはこの料理たち、すごくおいしいんだ。さっきも言ったけど、安心する味なんだよね。だけど君は、もっともっとって思っている。きっとそれって、どんなものを作っても満足しないんじゃないかな?それって、単なる独りよがりなんじゃないのかな?」
鼻をすする音がする。
「うまくなろう。と思って料理を作ったとは思う。そこにさ、僕においしく食べてもらおう。って気持ちはあったのかな?今の話聞いてるとさ、おいしさの事ばかり言ってるよね。君が目指すおいしいって何?僕はさ、ずっと君が料理を作っている間、僕のこと考えてるって思ってた。変かもしれないけど。料理を作る時ってさ、自分だけだと、なんでもいっか。になるけど、食べてくれる相手がいるときって、その人のこと考えるよね?もしかして、考えてなかったのかな?もし考えていなかったとするなら、僕はショックだし、この料理を、おいしいとは感じない。まずいとも感じないけど。」
僕はうつむき、目をぱちぱちさせ、次に言葉を言おうかどうしようか、迷った。
次の言葉を言ってしまったら。たぶん、いろいろと収拾がつかなくなる気がしたから。
でも、目をつぶると彼女の優しい笑顔が浮かぶ。
目を開いた時、僕は意を決していた。
「僕はね、君のこと、好きなんだ。」
彼女がハッとする。顔をあげ、目と目を合わせる。
続きは次回。(最終回かも?)