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思考を使わない練習@席を譲る編

私は、とっても思考過多で。考えすぎて、先を見越しすぎて、気を遣いすぎて疲れ果てることが多かった。

常に頭の中が忙しくて、「今ここ」におらずに「人のこと」「未来のこと」「過去のこと」「あらぬ心配」「不安」でいっぱいだった。

思考はエネルギーをものすごく使うことがわかり。身体を動かしてなくても、疲れ果てていることが多かった。

そんな私が生き方を変える中で取り組んでいるのが、「思考を使わない」こと。「どうしたら良いか?」ではなくて、「どうしたいのか?」を感じて行動すること。

これを地道に続けてきた。最初は「どうしたいか?」の声を聴くことが出来ず、感じることが出来なかった私が、少しずつ感じられるように変化してきた。

まだまだ声は小さいし、「どうしたら良いか?」「どうすべきか?」の声の方が断然大きいけれど、日常の中で取り組んでいる。
 
ちょうど今日、都内からの帰り道に電車に乗っていた時のこと。

1時間弱の道のりで、私は席に座って本を読んでいた。
 
ある駅で、おじいさんと、おばあさんが乗ってきて私の前に立った。
 
そのおじいさんとおばあさんは、知り合いではなくて、他人。
 
私は、どちらに席を譲ったら良いものか?と考えた。
 
歳は、明らかにおじいさんの方が上。
 
でもレディファースト?だけど、おばあさんに譲るのは、おじいさんよりも老けていると思われたと、おばあさんのプライドが傷つくかも?と考えてしまう。
 
今までなら、こうして悩むうちに時間が過ぎて、結局席を譲ることなく、罪悪感を抱えるパターン。。。。
 
この思考「私はどうしたら良いか?」をとめて。
 
「私は、どうしたい?」にフォーカス!!
 
『私は、席を譲りたい』
 
今日は、疲れてなかったから譲りたいと思った。身体がしんどい時は、譲らない。決して無理はしない。自分に余裕がある時だけ譲ろうとすることは出来た。(今までは、それすらも出来なかった)
 
そして
『譲る相手は、どちらでも良い』
と感じた。
 
じゃあ、私が決めることではなく
次の駅で止まった時に、さりげなく席を立ったらよいわ、と思った。
 
そして次の駅に到着した時、私が立つと同時に、
私の隣に座っていた男性が電車を降りて行った。
 
ということで、
無事に
おじいさんとおばあさん二人ともが座ることが出来た
 
やっぱり考えなくて良いんだ。

どっちに譲ったら良いのだろう?という悩みは不要だった。
 
自分がどうしたいかに従ったら、私も周りも幸せになる。
 
私は、思考を使って疲れることもないし、罪悪感も抱えることもないし、何なら気分が良い。
 
おじいさんもおばあさんも座れた。
 
こうして
日々思考を使わない練習をして、スムーズに事が運ぶ成功体験を重ねている私。

小さいことだけど、私にとっては大きいこと。 
 
だって、少し前までは、「自分がどうしたいか」を感じることすら出来なかったのだもの。不感症極まりなかったんだ。

こうして私のリハビリは続く。

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