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Interview vol.6 朝野ペコさん(イラストレーター)映画館が「日常」のものであればと想いを込めて

 第6回は、元町映画館月間スケジュール表紙でもおなじみのイラストレーター、朝野ペコさんです。リニューアルした月刊スケジュールのことや、台湾文房具フェアでのメインビジュアル、映画に影響を受けたこと、イラストを担当した「制作現場のハラスメント防止ハンドブック」についてお話を伺いました。
 

―――「元町映画館ものがたり」のときは、すばらしい挿画を描いていただき、ありがとうございました。
朝野:携わらせていただき、うれしかったです。発売から2年以上経っていますが、大型書店の映画コーナーでずっと面置き(表紙を見せた置き方)されていますよね。関西のミニシアターということもあり、いまだに推してくださっているのかなと思います。
 

2023年8月の月間スケジュールチラシ復活号、朝野さんはデザインも担当

■映画館が「日常」のものであればと想いを込めて


―――昨年8月、約3年ぶりに待望の月間スケジュールチラシが復活しました。この数年で売れっ子イラストレーターとして大躍進されていたので、受けてもらえるかなと個人的にはちょっとドキドキしていたのですが(笑)
朝野:この表紙イラストは続けたかったので、うれしいです。(チラシ制作担当の)高橋未来さんからは、これまでは上映する映画のイラストを描いてもらっていたけれど、これからはペコさんの自由に描いてと言っていただきました。そこで普段からスケッチで描いているような風景の絵を描いていくことにしました。「なんかわかる〜」と思ってもらえるような風景を描くことで、映画館に行くことが特別なことはなく、もっと日常のものになればいいなという想いを込めました。1年で12枚描くので、ネタが尽きないように、どこにでもありそうな“なんて事のない”風景を描いています。季節感や神戸感を入れながら、毎回何を描こうかな〜とアイデアを練っています。とにかく目に付いて、持って帰りたくなるようなイラストを描き続けていきます。
 
―――「持って帰りたくなる」というのは大事ですね。カラーもビビッドで、映画館っぽさがない。
朝野:ちらし表紙のデザインもさせていただいていますが、映画館っぽさは出さないようにしています。何年か分が溜まったら、表紙をずらっと並べてみたいですね。月刊スケジュールチラシは元町映画館のオープン(2010年8月)のときからイラストを担当させてもらっていますが、最初は4コマ漫画の一コマ分ぐらいの小ささだったんです。神戸のGallery Vie絵話塾イラストコースを修了直後に担当させてもらったので、イラストレーターとしての初仕事ですね。そこから14年経ち、2023年から絵話塾イラストレベルアップコースの講師を務めているので感慨深いし、続けていきたいと思っています。
 

朝野さんイラストの魅力が詰まった「理想的文具」メインビジュアル

■大盛り上がりの台湾文房具フェアでメインビジュアル担当


―――2023年は、台湾の文房具フェアのメインビジュアルを手がけ、Lineスタンプも新たに発売していますね。わたしもペコさんの新作だ!と思わずLineスタンプを買いました(笑)
朝野:依頼されたときは、「今年はコロナが収束するので、これまでの統計から来場者は8万人ぐらいになるのでは」と伝えられ、かなり大きなイベントだという実感がありました。台湾の人は文房具が大好きで、ノートをアレンジしたり、インクとペンで手書き自分なりのするのが流行っているそうです。わたしも初日を現地で迎えることができ、イベントにも積極的に参加してくれているのを体感できました。世界の文房具メーカーの中でも、ヨーロッパやアメリカの文房具は定番の変わらない商品が多いのに対し、日本の文房具は年々アップデートしているので、現地でも日本のメーカーのブースが大きく展開されていました。こうして日本のイラストレーターが起用されるのも、日本の文房具メーカーの企業努力の恩恵を受けているのだと思います。
 
―――メインビジュアルも人がたくさん入っていて、ユニークで、楽しそうです。先方からリクエストはあったのですか?
朝野:例年はタイトルにイラストのあしらいというシンプルなもので、今回のような大きなビジュアルは初めてだったそうです。2年に1回の開催で、コロナ禍の開催は入場者が少なかったけれど、今回は人が戻ってくるのではないかという期待を込めて、たくさんの入場者で賑わっている様子を、キービジュアルで表現してほしいとのご依頼でした。書く、測る、消すなど8つのテーマがあります。
 
―――たくさん、可愛いグッズも作られていますね。
朝野:デザイナーさんのセンスの良さもさることながら、「まず作っちゃえ!」という感じで、制作チームの皆さんが楽しんでいることが、伝わってきました。制作過程の写真も送ってくれ、それを見ているだけでも、楽しそうな感じがしました。最初にメディアの内覧会をするのですが、そこでも盛り上がりが凄いんです。土日の夕方になると、フェアを企画している誠品書店のプロデューサーが、お客さまのいる中で、突然マイクを手に説明を始めるんですよ。すごく盛り上げ方がうまくて、まさにムードメーカーなんです。
 
―――朝野さんが毎年出店されている「キタカガヤフリー オータム & アジアブックマーケット」(主催:LLCインセクツ)と似た雰囲気を感じますね。
朝野:確かに。あのざっくり感と似ているかもしれません。「キタカガヤフリー〜」も大好きです。
 

■自分と仕事をしたいと思ってくれる人と仕事をしたい


―――雑誌「illustration」2023年10月号での朝野さん特集内インタビューで、イラストレーターを諦めかけていた時期のことが書かれていましたが。
朝野:5年ぐらい前は、まだアルバイトもやっており、将来のことを考えるとこのままでいいのかと思い悩んでいました。就職するにしてもどこかで踏ん切りをつけようと思ったけれど、実際に辞めると言葉に出してしまうと悔しい気持ちが湧いてきた。そこでアルバイトを辞めて、1年頑張ることに決め、100件売り込みを目標にリストアップし、それで全く仕事が来なければ、需要がないのだから諦めがつくだろうと思ったんです。東京へ売り込みに行くと、お会いしたとき、すでに仕事を用意してくれていた方がいらっしゃいました。編集者の方もそこに来てくれ営業と打ち合わせを同時進行。一歩どころか何百歩も進んだ感じがしました。そこからは、売り込みに行った分、お仕事もいただけるようになり、軌道に乗ってきた感じですね。
 
―――すでに朝野さんのイラストが業界で評判を呼んでいたのでしょう。
朝野:売り込みに行ったとき、逆にデザイナーの方から「これから仕事が増えると思うので、依頼しても断らないでくださいね」と言ってくださったのを覚えています。お世辞かと思っていましたが、その後本当に仕事をご依頼くださり、現在に至るまで長くお世話になっています。結局、売り込みに行ったのは最初の10件とプラス数件ぐらいで、あとは仕事が仕事を呼んで来てくれた形ですね。
 
―――それは本当に理想的ですね。朝野さんが挿画を担当した書籍は本当に数知れずですが、どの本も個人的に興味を覚える内容、テーマのものばかりで、読んでみたいと思えるし、実際に何冊か読んでいますよ。
朝野:ありがとうございます。直近では、社会学者である荻上チキさんのルポルタージュ『もう一人、誰かを好きになったとき―ポリアモリーのリアル』の挿画を担当しました。まだ一般の人にとっては聞き馴染みのないポリアモリー(複数愛者)をよりフラットに届けたいとの狙いがあったそうです。自分のイラストにそういう役割を見出してくださるのはうれしいですね。
 

2020 年7月に開催されたグループ展「怒り」@谷町六丁目POL に出展された朝野さんの作品「ANGER POL 2020」

■子ども時代、映画で衝撃を受けた人種差別


―――朝野さんご自身の考えや価値観もイラストに反映されており、それが内容にフィットするところから、デザイナーのみなさんが次々指名されるのではと。
朝野:ジェンダーや社会問題に関する本を作るにあたり、挿画担当でわたしの名前が上がるというのはすごく嬉しいです。また、コロナ禍になった直後に描いた絵「ANGER POL 2020」では、さまざまな人種や肌の色の人を描きましたが、そういう絵を描く背景には、子どもの頃から映画をよく観ていたことが影響していると思います。人種差別をテーマにした映画はよく観ていましたから。
 
―――そういう作品に出会ったきっかけは?
朝野:例えば90年代に『天使にラブ・ソングを…』という映画が大ヒットしましたが、主演のウーピー・ゴールドバーグは人種差別を題材にしたシリアスな作品に数多く出演されています。かつて人種によってバスの座席が分けられていたり、トイレも別だったり。教科書では知ることがないような歴史を映画で知りました。その頃小学校低学年ぐらいでしょうか。子どもながらに「人間はこんなことができてしまうのか」と衝撃を受けました。自分の中にもそのような残酷さがあるのか、そんなことも考えたりしました。
 

『制作現場のハラスメント防止ハンドブック』(action4cinema刊)より

■「制作現場のハラスメント防止ハンドブック」作成に参加


―――話は変わりますが、2023年10月に日本版CNC設立を求める会(通称action4cinema)が制作した「制作現場のハラスメント防止ハンドブック」がaction4cinemaの公式サイトで全文公開されましたが、朝野さんはイラストを担当されていますね。
朝野:『花束みたいな恋をした』で映画業界に携わった経験から、今回のイラストを担当してもらいたいということでaction4cinemaのスタッフの方からご連絡をいただきました。スタッフ、キャスト全員が手にする台本に刷り込んで、現場で意識共有ができる「制作現場のハラスメント防止ハンドブック」を作成しているが、イラストでよりわかりやすくしたいというご依頼でした。まずはaction4cinemaが公開している「日本版CNC、なぜ必要?」解説動画を見てCNC(フランスにおけるCentre national du cinéma et de l'image animée<国立映画映像センター>※)のことを学び、オンラインの打ち合わせではaction4cinema副代表の西川美和監督やデザイナーの大島依提亜さんらと、意見を出し合いながら詰めていきました。
※日本版CNC設立を求める会、団体概要より抜粋
https://www.action4cinema.org/%E5%9B%A3%E4%BD%93%E6%A6%82%E8%A6%81

―――映画業界での様々なハララスメントのケースが網羅されており、知らず知らずのうちにハラスメントをしていた人にも気づきと再発防止を促す内容ですね。
朝野:若い人材が育たないと業界自体の希望もなくなってしまいます。映画業界全体の労働環境が改善し、希望を持って働けるように。「制作現場のハラスメント防止ハンドブック」もその最初の一歩だと思います。若い人といえば、映画チア部の人とお話しする機会があったのですが、やはり映画業界がブラックな労働環境であることを知っているので、就職となるとリスクを感じたそうです。でも映画を好きなのは変わらないわけで、若い人がそれを理由に仕事に就くのを諦めてしまうのはもったいない。
 
―――映画業界は、ちょうど声を上げて労働環境を変えようとしているところなので、その動きを含めて、若い世代に伝えていきたいですね。
朝野:変わらない業界だと思っていた若者が希望を持てるように。今回の取り組みが業界を変える大きな一歩になるのではないでしょうか。
 
「制作現場のハラスメント防止ハンドブック」
https://www.action4cinema.org/guide-page?fbclid=PAAaZLcJtVxM52X1Rt4zUkCNim_QD4YYx7wFJ2EvWZBCd_z_ixEn_GxqyFHHE_aem_AUFMOACmsSiv50zrHQAPVY2KnOVFicqkWXrxj4hV3fTYXeG3nC4vo_SAMW1r72up43c
(2023年11月27日収録)

<朝野ペコさんプロフィール>


兵庫県生まれ。大阪在住。書籍や雑誌、広告等のイラストレーションを手がける。2021年公開の映画『花束みたいな恋をした』では劇中イラストレーションを担当。当館開館時から月刊スケジュールやスタンプカード、周年記念グッズを手がけている。
Text江口由美

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