見出し画像

Interview vol.13金田明子さん(Café Cru. )「このままの感じで変わらず、お店を続けていきたい」


 
第13回は、書籍「元町映画館ものがたり」でもご紹介した当館の頼りになるご近所さん、Café Cru. 店主のきんちゃんこと、金田明子さんです。


■『悪は存在しない』は全ての要素を満たしてくれた


―――金田さんには、いつも元町映画館がコラボメニューや周年クッキーを作っていただき、長年お世話になっているだけでなく、映画もよく見に来てくださっています。先日は当館で濱口監督の『悪は存在しない』をご覧になった感想を早速SNSでアップされていましたね。
金田:みなさんはラストが衝撃的だとおっしゃるけれど、わたしはあのラストに癒されました。つまり、映画を観て、仕事や人生などでうまくいかないことを抱えている人がいるということを実感し、わたしはそこに癒されたのではないかと思うんです。
 
―――なるほど、すごく深い感じ方をされていますね。
金田:作品によっては、苦労を重ねて来た主人公が、映画の最後にもうひとつ試練を乗り越えたらいいのにと思うこともあるのですが、『悪は〜』は全てがすとんと腑に落ちた。ラストだけでなく、タレントマネジメント会社からグランピング施設担当として住民説明会を開き、再び現地に戻る車中での高橋さんと黛さんとの会話を聞いていると、どこでも同じようなことはあるなとか、みんな頑張っているんだなと共感しました。
 
―――車中の会話劇は思わず笑うところもありながら、働く世代のリアルが凝縮されていました。でも、高橋と黛に対して労いの気持ちも抱いていたというのが、金田さんらしいです。
金田:映画は模擬人生、つまり他人の人生を俯瞰して見るエンターテイメントだと思っているのですが、『悪は〜』は全ての要素を満たしてくれました。前半の車から森を見ているアングルが進行方向とは逆なのもすごく印象的だった。不穏な空気なのに、今まで見たことのないアングルで、軽トラにカメラを積んで撮ったのかなとか色々想像していたんです(笑)
※後日、Café Cru. では町家Tentofu店主の衣笠収さん主宰の「『悪は存在しない』を語る会が開催され、金田さんと共に筆者も参加。ラストの解釈が全員異なり大いに盛り上がった。
 


22周年を迎えた2023年、常連のお客さまからいただいたお祝いのお花と共に

■映画を通じて広がるお客さまとの会話


―――カフェクリュは、結構映画館の登壇ゲストがお茶やお食事をされに来ることも多いですよね。そして金田さんも映画を観に来てくださる!
金田:監督ご本人にお会いすると、余計にどんな作品が生まれたんだろうとすごく観に行きたくなる。佃光監督の『アキレスは亀』はとにかく元気になれるので大好きですし、片山享監督の『道草』もすごく好きでした。他にも「もっと、この作品をお客さんに観てもらえたらいいのに」と思うことがあります。特にそう思ったのが東かほり監督の『ほとぼりメルトサウンズ』で、本当に大好きな映画なんですよ。
 
―――スケジュールチラシや個別の作品チラシを置かせてもらっているので、クリュのお客さまに「これいいよ!」と勧めてくださることもよくありますよね。
金田:そうやって元町映画館で上映中の映画をお勧めすることで、意外なお客さまとお話ができたり、常連のお客さまでも、この人はこういうものがお好きなんだと知ることができたりします。わたしは基本的にひとりで映画を観るので、誰かと感想を話せるのはすごく楽しい。映画館で映画を観た方が、その足でクリュに寄ってくださり、映画の感想を話してくださるときは、それが共感できるものであろうが、自分と反対の意見であろうが、お話していてすごく楽しいですね。
 
―――アフターコロナで映画館も飲食店も、コロナ禍以上に厳しい状況にあると思いますが、クリュに来られるお客さまの行動様式に変化を感じていますか?
金田:クリュに来られるお客さまでコロナ以前と変わったなと思うのは、コロナ禍からアフターコロナにかけて、当店を選んで来てくださっている気がします。ケーキとお茶のお客さまや、お酒とおつまみのお客さまのいずれもそう感じますね。いろんなものが値上がりし、コロナ禍でさまざまな制約があったおかげで、その中でもときどきクリュに来てケーキを食べたいとか、お酒を飲みたいというお客さま自身の選択がすごくはっきりしてきたと思います。わたしもお客さまのそういう気持ちを感じられるので、ありがたいし、やりがいがある。どういうものをお出ししたら喜ばれるのかを模索することができました。
 

毎年工夫を凝らしたデザインが素敵な周年クッキー。今年はどんなデザインかお楽しみに!

■コロナ禍で席数を減らし、きめ細かい応対ができるように


―――お店としてはプラスになる変化だったんですね。素晴らしいです!特にコロナ前とそれ以降で変えたことや、新しくサービスとして加えたことはありますか?
金田:コロナ禍で、それまで12席だったのを8席に減らしました。つまり席数が3分の2になったのですが、その分こちらがお客さまにきめ細かく応対できるようになったんです。だからアフターコロナも、このペースでやろうと思い、席数は戻していません。わたし一人でお店をやるならこの席数の方が目は行き届きますし、お客さまをお待たせする時間が以前よりはマシになっているはずです。
 
―――それはお客さまからしても嬉しいことですよ。
金田:きっとそうだと思います。満席でお帰りになるお客さまもいらっしゃいますが、その際もこちらから必ず「また来てくださいね」とお声がけしてお送りしているので、本当にまた足を運んでくださることも多いんです。
 
―――ひたすら量をこなすのではなく、一人ひとりのお客さまを大切にするというのは、業種問わず心に留めておきたいですね。
金田:いろんなことを丁寧にやっていくというのは、大事ですね。丁寧にやり続けようと思っています。
 


2023年の周年クッキーは、Jazz特集に合わせて音符のあしらいが♪

■タイアップ企画は映画に携われている気持ちになれる


―――金田さんと元町映画館は、映画館ができた当初からの本当に長いおつきあいをさせていただいていますが、金田さんにとって、どんなご近所さんですか?
金田:メジャーな映画だけではなく、ミニシアターでしかかからないような作品を上映する場所は大事だし、いい作品をすごくたくさん届けてもらっています。自分も楽しめるし、お仕事として、映画とのタイアップ企画をいただくのが楽しいです。タイアップ作品を観に来たお客さまに楽しんでいただくにはどうすればいいかと考えるのも楽しいし、わたしは10代のときから映画が大好きなので、映画に携われている気持ちになれるのが嬉しいんです。
 
―――ちなみに10代のときは、どこで映画を観ていたのですか?
金田:パルシネマしんこうえんにも行っていたし、一番好きなのはアサヒシネマでした。当時流行っていた『プリティ・ウーマン』(90)をシネコンで観たりもしていましたが、昔からミニシアター系の作品が好きだったんですよ。一日で2本、3本はしごして見る体力も当時はあったしね。今は無理なので、厳選して観ています。やはり映画は生活を豊かにしてくれるからいいですよね。
 


映画同様大ヒットしたコラボメニューは2月いっぱいまで提供期間を延長!

■映画の食卓シーンと『枯れ葉』のコラボメニュー裏話


―――今までで一番好きな映画は?
金田:観た時の状況もあると思うのですが、わたしの中でのベスト映画は『グッドモーニング, ベトナム』(87)なんです。まだ若かったので、色々と衝撃を受けました。恋愛もの以外の愛情を描いた家族、師弟愛を描くような作品は胸を打たれますね。この1月に『枯れ葉』でコラボメニューをさせていただいたアキ・カウリスマキやジム・ジャームッシュも好き。90年代はヴィンセント・ギャロ(『バッファロー'66』)も観ていました。劇中の食卓シーンは美味しそうな食卓でも、どんよりとした食卓でも、すごく覚えているんですよ。『バッファロー'66』では食卓シーンでアングルを変えているのが印象的。すごく重たい空気なんだけど、多くを語っているんですよね。あれこそ生活だし、人生だろうなと思います。
 
―――1月に上映したアキ・カウリスマキの最新作『枯れ葉』では、重要な食卓シーンでクォーターボトルのスパークリングワインが主人公たちの会話のきっかけになっていたのを試写で拝見し、「このクォーターボトル、クリュさんにもある!」とコラボのアイデアが一気に膨らんだんですよ(笑)
金田:コラボメニューを開始した後で映画を鑑賞したので、鑑賞後は映画のセリフに出てきたように、スパークリングワインを注ぐとき、「アペリティフです」と一声添えたんです。そうすると、『枯れ葉』を鑑賞後にコラボメニューを召し上がったお客さまが、すごく喜んでくださいました。本来は映画上映終了と同時にコラボメニューも終了するのですが、「美味しい」ととても評判が良く、冬にぴったりのホットなお食事だったのでコラボメニューは2月まで、2ヶ月間お出しし、大ヒットでした。本当にご提案いただきありがとうございました!
 
―――映画の余韻を味わえるスイーツや食事メニューを、映画館のすぐ裏のカフェで楽しめるというのは、お客さまにとっても楽しみが増えているのではと思います。
金田:コラボメニューを考えるときも、いろいろな切り口があるし、映画を観てから食べに来ていただいても、食べてから観に行ってくださってもいいですし。なんか、このお店で話題になっているから、面白そう!と思ってもらっても嬉しい。映画館と共に作品の魅力を発信する場を作れているのだとすれば、それはすごく楽しいですよね。
 

神戸マラソン2023で見事な快走!

■23周年を迎えたCafé Cru.


―――Café Cru. は、この3月21日に23周年を迎え、もうすぐ四半世紀になりますが、その間に神戸やお客さまの流れの変化を感じますか?
金田:ずっとお店にいるので、神戸全体の変化はあまり感じられませんが、クリュのお店界隈では、マンションとお店が増えた気がします。以前は栄町に観光でくるお客さまが多かったですが、今はご近所にお住いのお客さまが定期的に足を運んでくださるので、集客面では少し気が楽になりました。
 
―――元町映画館はこの8月21日で14周年なので、開館時からずっと見守っていただいていますよね?
金田:14年前、映画館ができると聞いて、商店街に作れるんだと驚いたし、すごくワクワクしていたんですよ。当時はまだ若かったので、休みの日も家で過ごすのではなく、映画を観に出かけ、今よりもっと映画を観ていました。当時も映画はDVDではなく、映画館で観る派でしたね。もっと映画館で映画を観なくちゃ…。
 
―――映画を観る本数は減っても、元陸上部の金田さんはここ数年ランニングをされているのでだいぶん体力が戻ってきたのでは?神戸マラソンの走りは格好良かったですよ!
金田:コロナからランニングを復活させました。10年周期ぐらいの波があるのですが、今回のランニング波は長続きしていますよ。今まではレースに出たら終わり!という感じだったけど、2年前の神戸マラソンのタイムがあまり良くなかったので、来年再チャレンジしようと走り続けて、昨年は満足のいく走りができました。今ではランニングが生活の一部になっているので、ちょっと高みを目指したくなってきた(笑)今は、「サブ4(4時間以内で完走)を狙います!」と言えるぐらいのタイムに近づくのが目標かな。ハードルが低めな方が越えやすいでしょ。
 

スパークリングのミニボトルはアペルリティフにも、スイーツにも!

■お客さまが「昔から変わらない」と思ってくださる緩やかな変化を目指して


―――まだまだポテンシャルを秘めたランナーだと思います!ちなみに、お店を続けるコツは?
金田:走るのと同じで、お店のこともかなりマイペースでやっているので、しんどいなと思ったらいろんな逃げ道を作る。その逃げ方も、映画が参考になっているのかも…知らんけど(笑)
 
――― なるほど(笑)。お店を続けていく中で、金田さんご自身の取り組み方への変化はありますか?
金田:いろんなことが緩くなっている気がします。お店を始めたときは、店内の壁もかなり真っ白だったんですよ。20年以上経ち、いい感じに朽ちてきました。よく「(自分の)家みたい」とお客さまから言われるのですが、この朽ちてきた感じが落ち着くと思ってもらえたら嬉しいですね。こちらも家みたいにくつろいでほしいという気持ちです。
 
―――わたしもくつろがせてもらっているひとりです。お時間をいただきありがとうございました。一人でお店を切り盛りし続けてきた金田さんですが、これからどのように歩んでいきたいですか?
金田:このままの感じで変わらないことですね。若い頃からずっと言っているのですが、お店を変わらずに続けていけたらいいかなと思っています。ちょっとずつの変化はもちろんあるのですが、その変化に対してお客さまが「昔から変わらない」と思ってくださるのであれば、うまく緩やかに変化できているということだと思うのです。これからもそういうところを目指しています。
 
(2024年6月4日収録)
 
<金田明子さんプロフィール>
神戸生まれ、神戸育ち。
子どもの頃の夢はケーキ屋さん。短大で栄養士免許取得後、料理講師、フランス菓子店製造を経て小さなカフェをオープン。
好物は甘いもの、お酒、コーヒー、映画、本、キャンドル、せっけん。
うっかり2匹の猫と暮らすことに。趣味はランニング。

Text江口由美

もしよろしければサポートをお願いいたします!いただいたサポートは劇場資金として大切に使用させていただきます!