心豊かな川遊び
近隣の川に行こうとしたら、「感染拡大防止の為〜」という愚かな掲示板があり、駐車禁止だった。なので、県外へ行った。
そこは、緑が多く美しい所だった。川幅も広すぎず、水深も浅い。近くに車が数台とまっていた。
この川には先ほどのような愚かな掲示板はない。先客が誰もマスクをしていないのも素晴らしい。パパ同士が会社の同僚で、家族ぐるみで付き合いがあるらしい。ママが誰もいないのを見ると「ママに自由時間をくれる、いいパパ達だな」と感心した。
パパさんらは川原で何かを焼いている。子どもらは皆、水着を着て川の中で遊んでいる。我が子はそれを見て当然「川に入りたい」と言いだした。水着を持って来ればよかったと思ったが、水に足をつけた途端、冷たくて驚いた。水温は20度もなさそうだ。
そんな冷水にも関わらず、子は狂喜する。海と違い、波が押し寄せてくることもないから、怖くないのだろう。
葉っぱが流れてきた。私がそれをすくってあげると、子は微笑んだ。私が石を投げ出すと、子も真似して遊んだ。すると、大きい男の子が一人、近づいてきた。
魚、捕まえてきてやろうか、と彼が聞いてくれたのに、我が子は黙っている。私が代わりにお願いします、と答えた。
彼はしばらく川に潜ると、網と紙コップを持ってきた。その中にはドジョウと、メダカのような魚が入っていた。それを我が子にもたせると、嬉しそうにコップの中に落ち葉を入れて遊んでいた。
旦那は一人で黙々とセッティングを始めた。長方形の大きな七輪に炭を入れて、ガスバーナーで火をつける。団扇を忘れたので、発泡スチロールの箱の蓋で仰いだ。すぐに点火し、炭が燃え始める。その上に網を乗せ、フランクフルトとパンを焼く。子の好きなホットドッグを作るのだ。
フランクフルトが短かったが、無事に焼きあがった。子はむしゃむしゃ食べる。旦那は冷えたノンアルコールビールを取り出し、それを飲みながらスペアリブや豚タン、牛カルビと次々に焼いていく。まさに焼き奉行。非常に手際がいい。
沢山食べてから、子と再び川へ入水した。辺りを見回すと、対岸ではパパさんの一人が、釣りに興じている。小さな崖からは子どもらが、飛び込みをやっている。体が冷えた子はタオルを巻きつけて、カップラーメンをすする。別のパパさんがコーヒーを淹れる。なるほど、汁物もいいな。今度はヤカンを持ってこよう。
川に足を入れたまま、視線を上に向ける。空には雲ひとつない。まさに「スカイブルー」色だ。ここ最近、こんなキレイ色を見たことはない。なんて美しいんだろう。なんて幸せなんだろう。小さな白鷺が飛んできた。背の高い木の枝に止まり、葉っぱに隠れて動かない。おそらくそこが巣なのだろう。
少しだけ目を閉じてみた。川の水は、サーサーと心地よい音を立てて流れる。近くの茂みからは、ミンミンゼミが鳴く。ザブーンという音は、誰かが飛び込んだ音か。ジュージュー言っているのは、旦那がまだスペアリブと格闘している音だ。次に匂いを意識してみる。肉を焼く匂いのほか、確かにそこには川の匂いがあった。水が、土砂を運んでくる匂い。それと、青々として清涼な草木の匂い。目も耳も鼻も全部全部、幸福だった。
先程のお兄ちゃんがまたやってきた。子は彼が来ると嬉しそうにする。彼はプラケースを持ってきた。中には水と、生き物が入っている。
「これは、オジサンの仲間だよ」
彼は一番大きい魚を手に乗せて説明した。
「オジサンは大人しいし、いつも枯葉の沈んでる所でじっとしてるから、逃げないよ。触ってごらん」
彼は、我が子にその魚を持たせた。子は怖がっていたが、確かにオジサンは口をパクパクしているだけで暴れない。子が取り落として水に落ちても、落ちたところでじっとしている。
「これは、ホタルの幼虫が食べる 貝だよ」
もしかして、カワニナというやつか。清流でないと生息できないと聞く。
彼は、生き物の名前を言い、これはメスでこれはオスだとか、まだ若いけどいずれ大きくなるとか面白い話を沢山聞かせてくれた。物知りな理由を尋ねると、パパが詳しいからだと答えた。やがて彼の弟妹達もやってきて、遊んでくれた。
夕方になり、彼らは手を振って「またね」と言い、帰っていった。みんなが居なくなり、我が子は「帰っちゃだめ!」と叫んでいた。抱っこしてやると、拗ねて私の胸に顔を埋めた。
朱色の夕焼け空が、途方もなく美しかった。