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父の日に父を招待してみる

毎年5月のゴールデンウィークになると、我が子を連れ帰り、そのまま母の日まで滞在するのが常になっている。母はいつも喜んでいる。
また、年末年始にも同様に帰省するが、母の誕生日がその時期に重なることもあり、一緒にお祝いしてしまうことが多い。当然、これについても母は喜んでいる。

しかし、父にはいつも大したことがしてやれていない。父の誕生日月や父の日に帰省することはほとんどない。さらにいうと、母よりも贈り物を考えるのが厄介だ。母はきちんと私に言ってくる。母の日にはこの花が欲しいとか、今年は花よりシャンプーが欲しいとか、分かりやすくて良い。でも、父は特に言わない。言っても、大概が高額なもので、私が買えるようなものではない。だけど、それでも私は自分にできることはないかとここ数年、考えていた。どう考えても不公平だと思えるからだ。

ためしにメールを送ってみた。内容は、父の日に我が家に来ないか、というお誘いだ。

これまでの流れでいくと、大抵はNOと言われることが多かった。父の日近辺は例年、両親の仕事が立て込んでいる。自営業を営んでいる彼らは、猫の手も借りたいほど忙しいのだ。

しかし、今年は様子が違った。すぐに父から返信があり、「必ず行く」とのことだった。母からも、私も行っていいのかと訊かれ、もちろんだと答えた。

なぜ、一年で最も忙しいであろう6月に、娘の誘いに答えたのか、私なりに考えた。一番はコロナだと思った。この糞糞糞なコロナ騒動のおかげで、両親は海外旅行という楽しみを奪われ、嘘ニュースや同調圧力に負けてワクチンを接種してしまった。3回目はやめろと念押ししたが、どうなったかは知らない。

両親は私に散々、世の中の嘘に騙されるなとドヤされ続け、打ったのならもう会わない、子にも会わせないと啖呵を切られた経緯がある。その意見を翻してまで、私は帰省したり、彼らを家に招待しようとしている。私の好意は受け取るべきだ、また会わないと言い捨てられてしまうかもしれないと、恐れたのかもしれない。自分で言うのも何だが、私は兄や姉より口達者だし、手厳しいし、扱いづらいのだ。それに、こんな機会がないと外出もしづらいのかもしれない。さらに、一時期は母と不仲になったことがある父としては、夫婦で出掛けられる良い口実にもなるのかもしれない。

そうと決まれば話は早い。私はまたしても御馳走を作る機会を得た。大好きな御馳走づくりである。両親は2人とも私の作る料理が好きだ。私の趣味が元々、異国料理を食べ歩きすることだったので、スペイン料理やらベトナム料理やらを作ってやると喜んで食べてくれた。また、両親は海外旅行が趣味だから、料理の中に非日常感を感じられて良いのだろう。

父の日は、何料理を作ろうか。糞コロナ騒動のおかげで父は少し太った。顔が小さくスマートな父が太ったのは、何十年ぶりか分からない。ストレスを感じて、食べることが楽しみになっているようだ。少し太っても猛烈に太ったわけではないから、好きなように食べさせてあげようと思う。父の良いところは好奇心旺盛で、出したものを残さず平らげてくれるところだ。

パスタとピザしかイメージできないイタリアンではなく、カツレツやタリアータなどの肉料理をメインにしたイタリアンはどうか。夏野菜たっぷりのギリシャ料理も作りがいがありそうである。それとも最近、上達してきたチャーハンをメインに、中華料理にしてもいいかもしれない。いやいや、もっと冒険して、チュニジア料理やインドネシア料理、ウイグル料理などにチャレンジしたら喜んでくれるのではないか。どこまで食材を集められるか、前日にどれだけ時間を割けるか、私のキャパシティがどれほどかによるが、できる限りのワクワクを供したい。

父はきっと、車をぴかぴかに磨いてやってくる。私も、家をぴかぴかに磨いて、美味しい料理をたっぷり作っておこう。