我が子が私のお腹の中に来る前の記憶

前にこんな本を読んだことがある。

いわゆる胎内記憶の本だ。赤ちゃんがママのお腹の中にいるときの記憶や、お腹の中に宿る前の記憶を残している子が、全体の三割ほどいるらしい。そして、いずれも3歳頃を境に、その記憶が消えていくことが大半らしい。

雲の上で神様と一緒にいて、どのママのもとに生まれるか選んでるとか。人気のあるママのところは列を作って並んでるとか。現在、当たり前とされている常識からは見事に外れた世界を語る子どもが、一定数存在する。

我が子を妊娠した時、この本を購入して読んだ。そして、生まれてきて、おしゃべりするようになったら絶対に質問してやろうと楽しみにしていた。

出産した時、ショックを受けた。子は、先天性の病気を患っていた。治療できないわけではないが時間がかかる。何度か手術も乗り越えなければならない。

子の将来を思って、泣いた。きっと辛い思いをするんだろうなと思って、泣いた。

それでも子は生命力に満ちていた。体が小さかったのに、ミルクをよく飲んでよく寝てくれたので、すくすく育った。ふっくらと可愛くなった。

あるとき、実母が手伝いに来てくれた時、子を抱っこしながら呟いた。
「私、元子には言えなかったんだけど、夢で見たんだよね。まだ元子が妊娠していた時に。病気持ってる赤ちゃんがね、夢に出た。この子だよ」

私は驚いたが、母の次の言葉を待った。
「元子には言えないし、お父さん(元子の父)にも言えない。誰にも言えなかった。すごくショックだった。それで、産まれてきた時によく分かった。ああ、そういうことだったんだ、って」

母は昔から勘がいい。なんの根拠がなくとも勘で物事を判断できる。くじ運や懸賞に強く、過去に何度も賞金や賞品を当てている。昔、流行った「巨大迷路」も、母の後について行けばほぼ迷うことなくゴールできる。霊感も強いのか、母の祖母や飼い猫が死んだ時、それぞれ夢の中に出てきたという。

「そうか。お母さんは、生まれる前にこの子に会ったんだね」
私は母の言葉を1ミリも疑わず、深く頷いた。きっと、こんなおばあちゃんが居るのを知ってて、子も安心して産まれてきたのに違いない。

子がおしゃべりをし始めてしばらく経った頃、思い切って聞いてみた。「ママのお腹の中に来る前、どこにいたの?」と。すると子はこう答えた。「おへそから外、見てたよ」

「へそ?それってママの?」私が聞くと頷いた。どうやら、ママのお腹の中にいた時の記憶であって、お腹の中にくる前の記憶はないらしい。それでも私のお腹の中に存在していて、私のヘソを通じて、外の世界を見ていたとは、興味深い話である。

それを姉に伝えたら、「ああ、うちの子も言っていたよ」と言ってきた。「なんかね、雲の上でみんなと神様と一緒にいて、ごはんを配るお仕事していたんだって。7歳くらいで、突然言い出したんだよね」

それを聞いて心底驚いた。そうなんだ。本に書いてある通りの展開で、聞いててワクワクした。

それから一年以上経った。今日、お風呂に入りながら、改めて聞いてみた。
「ママのお腹の中に来る前、どこにいたの?」
「雲の上だよ。産まれていいよって、言われたんだよ」
「誰に?」
「神様に」

子の優しい笑顔を見て、唖然とした。嬉しくて、不思議で、ゾッとして、湯船に溺れそうになるほど、心底びっくりした。同時に「ああ、やっぱりそうなんだ」とも思えた。魂が集まる場所が、雲の上にあるんだ。神様が、誰がいつ、どこのママのところに産まれていいかを合図してくれるんだ。

聞きたいことは山ほどあるが、根掘り葉掘り聞かない方がいいと心得ていたので、ぐっと堪えた。あれこれ聞くと、子どもという生き物は大人が喜ぶと捉えて創作したがるらしい。それは避けた。

現代の科学的根拠なんか要らない。そもそも現代の科学は信用ならない。子は、私を選んで産まれてきたんだ。それだけで、いいじゃないか。