盆踊り
特に興味のなかった地域のお祭りに行ってみた。
仕事が終わってるわけでもないし私は年中自分を自分で追い込んでるため余裕がない人間なのだが、娘が行きたい行きたいいうのでしぶしぶ連れて行った。
結論から言うと、これがとてもよかった。
現代っ子という生き物は、昔と違って家を行ったり来たりすることが激減している。勝手に上がり込んで勝手に帰る風潮はなくなった。親同士が仲良くないとお互いを招き入れないっていう世知辛さがある。私のような、コロナ脳が嫌すぎて孤立してきた女のもとに生まれた娘は、母親がママ友をつくらないせいで交流が少ない。こういうとききょうだいがいればいいけど生憎、うちは一人っ子である。さらに本人の気質もかまってちゃんだから難儀する。だからこそ娘も、お祭りがあるからお友達に会えると期待したんだろう。
会場には提灯が飾り付けられ、櫓ではさまざまな発表が入れ替わり立ち替わりあり、屋台ではたこ焼きや焼きそば、焼き鳥を販売していた。スーパーボールすくいや水ヨーヨー釣りや輪投げもあった。
そんなのの列に並んでるうちに、娘の友達がたくさん集まってきた。娘は友達に手を引かれ、広場へ駆けていった。追いかけようとしたが、友達のママが「私ついてくからいいよー」と申し出てくれた。
私はたこ焼きの屋台の列に取り残されてしまった。どうしようかなと思っていたら、声をかけられた。仲良しというほどではないが、それなりに会話したことのある2組の夫婦だ。ママ友とかパパ友とか呼べるほど私が心を開いてないし、夏休みも一緒に遊んだことはないのだが、彼らが元子さんも盆踊りしようよと誘ってくれたのでついていくことにした。
もう10年以上東京都に住んでいるくせに東京音頭が踊れない私には、どうしたもんかと思った。それを素直に伝えると、「僕、得意なんです。僕の後ろにいて真似してればいいですよ」と1人のパパさんがノリノリで言うのでそうすることにした。うちの旦那と違って歳もずいぶん若く、普段は穏やかで子煩悩なパパオーラが強い人なのに、この日はザ★お祭り男みたいな風情が溢れていた。日焼けして甚平着て草履履いてるから尚更だ。
櫓の上には5人ほどの爺さん婆さんが立っていた。その周りに和太鼓が何台か置かれ、奏者が構えた。さらにその外側に住民たちが輪を作った。スピーカーから東京音頭のイントロが流れると、それに合わせて爺さん婆さんが率先して踊り、和太鼓が拍子をとった。爺さん婆さんをお手本にしながら、住民達も踊り出した。
はぁーーーーおどーりおーどーるなーあーらーちょいととーおきょーうおーーんーーどーーよいよい♪
ああ、知ってる。曲は知ってるんだ。でも踊れないんだ。今まで真剣に取り組んでこなかったからなあ。ちょっと今日は真面目に取り組んでみた方がいいかもな。婆さんになるまでこれで踊りたいよな?私。
そんなことを考えてると前のパパさんが素晴らしい手つきで踊っていた。というか踊り倒していた。何とも愉快そうに、強弱メリハリついてて面白い。パパさんを見ているだけで元気がでてきた。
私は何度も何度も間違えながら、何度も何度も真似した。真似しながら、ああ、こういうパターンの繰り返しか、と覚えていった。実際、大したことはやってない。ブラジルのカーニバルやアイルランドのタップダンスとはちがう。誰でも簡単にできて運動量も少なく、ずっとやってても辛くない。
外はすっかり暗くなったものの、体感温度では30度はあったし、自分が汗をかいているのも分かったけれど、なんだろう、苦しく辛い気持ちが1ミリも湧かない。それどころか清々しいし、どんどん覚えていくうちにどんどん楽しくなってしまう。
輪に入って踊らず、おずおずとしているだけだった中学生男子グループや、女子高生グループも次第に感化されてか、みんながみんな、何となく踊り出す。最初は笑ってお互いに茶化しあっていたのに、無言でやり始めるのが見ていてなんだか可愛い。
最初から踊る輪の中にいて、踊る自信に満ち溢れた連中は外側の連中なぞ意も解さないらしい。なんなら完璧に歌詞を間違えず大声で歌いながら踊るじいさんもいたし、柔らかい手指の動きで品よくペース崩さず踊るばあさん、小さな手足でわちゃわちゃ威勢よく踊るちびっ子など、みんながみんな全力で踊っていた。踊り狂っていた。和太鼓奏者がときどき「アソーレ」「アヨイショ」などと合いの手を入れた。するとダンサーと化した住民達の手振りはより一層活力に満ちた。満ち満ちた。いつの間にか娘やその友達が私たち保護者を見つけ、混ざってきて一緒に踊った。振り付けが分からないなりに、本人達は楽しそうにやっていた。
この明るすぎず暗すぎず、大和民族独特の民謡はなんなんだろう。天照らす、なんて歌詞もあるくらいだから神がかっている。普段バラバラな住民達が一致団結して平和を願い、豊かさを取り戻さんとしているようでもあった。一種の集団トランス状態になっていた。
その後、別の盆踊りもあって、私は全部はおぼえられなかったけど、炭坑節は覚えた。「月がぁーー出た出ったぁーー月がぁー出たーーあヨイヨイ」でお馴染みのあの音頭だ。それもまた例のパパさんを真似して踊って覚えた。歌は知っていたが踊りは知らなかったので、なんだか嬉しくなった。これも動きが可愛らしいというかにくいというか、小粋な動きをするので覚え甲斐があった。本当に盆踊りというものは簡単でわかりやすくていい。パパさんが勝手にアレンジしてどっかのテーマパークのマスコットみたいな動きしてるのも可愛くていい。
帰り際、そのパパさんは浴衣の爺さんに絶賛されていた。あんたは筋がいい、こうやって盆踊り文化を受け継いでてほしいとか、陽気でいいとか言われてて、パパさんはドヤ顔で笑い、すっかり気を良くしていた。良くしすぎて、ポケットにしまいこんでいた息子さんがクジで当てたスーパーボールを失くしてしまったらしい。奥さんには怒られ、息子さんには泣かれていた。
盆踊りはまたやりたい。踊りたい。地方の難しそうなやつにも是非、チャレンジしてみたい。