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素顔の八百屋で大バナナを買う

最近旦那が毎朝、バナナを食べる。先月風邪をひいて以来、ずっとだ。最初は風邪薬を飲むと便秘するから、という理由だったらしい。でも風邪薬を飲むのをやめたのに食べるのは、習慣になってしまったのだろう。

保育園に子を送り届けた後、私はいつものように、4本で60円というバナナを激安スーパーに買いに行った。ふと、激安店の駐車場から、隣の八百屋が見えた。八百屋にはいつも人が出入りしている様子がなかったが、そこのママさんが業者の人と立ち話をしているのが見えた。

私は彼らを凝視した。業者は顎マスクだが、ママさんは素顔である。

私はそこで買い物したくなったが、財布がない。いつもならスマホ決済してしまうから、持ち歩く習慣があまりないのだ。でも、こういうのも縁のような氣がして、私は八百屋に吸い込まれて行った。

店はドアが開け放たれ、エアコンはついていなかった。薄暗い店内では扇風機がそよそよと柔らかい風をつくり、売り場には夏野菜や果物、お菓子、日用雑貨が雑然と並んでいる。ママさんは、私に背を向けて商品に値札をつけていた。私は遠慮がちに聞いてみた。

「あの〜、すいません、ここのお店って現金支払いだけですか?」
「ええ、そうです、ごめんなさいね」
ママさんは申し訳なさそうに言った。さっき見かけた通り、素顔だった。
「そうですか、じゃあちょっと売り場見せてもらえますか?またお財布取りに帰るので」
そんなつもりはなかったのに、勝手に口が動いてしまった。

「どうぞどうぞ。今日はね、万願寺とうがらしが旬ですよ!オクラもいいのが入りました。それと、そこのパプリカもね」
なんか、こういうハキハキした接客受けるの、久しぶりだ。スーパーでいらっしゃいませとは言われるけど、あれが美味しいとかこれがお勧めとか、めっきり言われなくなったなあ。

「万願寺とうがらしですか。食べたことないんですが、辛そうですね」
「いや、ししとうみたいなやつだよ。辛くないよ」
振り返ると、レジのところに頑固そうな親父さんが座っていた。この人も素顔である。

「バナナはそこに出ているだけですか?」
私は親父さんのそばに置かれたバナナを指差した。モノは大きくて立派だが、シュガースポットがたくさん出来て、旬の時期を過ぎてしまっている。
「冷蔵庫にあるよ。あと、葉物も冷蔵庫だよ。小松菜にレタスにほうれん草。言ってくれたら出すよ」
私はにわかに嬉しくなり、いったん店を後にした。すぐさま車に乗り、家に帰った。財布を持って再び八百屋を訪れると、ママさんはにこにこして迎えてくれた。私はもう少し売り場を見せてもらうことにする。

売り場を見ていると、野菜はどれも市内の農家から取り寄せたもののようだった。ひとつひとつが大きい。野球のバットくらいありそうなズッキーニや漬物石のような冬瓜、普通の大玉スイカの3倍くらいありそうなおばけスイカなど、迫力満点である。しかも安い。なぜか。
「こういうズッキーニはね、大きいけど皮が厚いから、むいて食べる方がいいんだよ。冬瓜はね、きんぴらにして食べると美味しいよ。スイカは、塩ふらなくても甘くて美味しいけど、大きい冷蔵庫があるなら持ち帰りなよ」
親父さんはニヤリと笑った。私も笑い返した。
「こんなスイカ買ったら、他の食品入れられなくなっちゃうんで、バナナにしときます」
「何本?」
「4本単位ですか?」
「いや、1本とか5本とかでもいいよ」
ここでしばし考える。いつもなら4、5本でいいけども、ここんちのバナナはでっかくて美味そうだよなあ。しかも、好きなようにバラして売ってくれるらしい。

「うちのバナナは美味しいよ。フィリピン産のは美味しくないから仕入れてないの。バナナは、エクアドル産が最高さ」
親父さんが歯を見せて笑った。日に焼けた茶色い顔と白い歯のコントラストが、やけに美しかった。
「じゃあ、8本ください」

私がお願いすると、親父さんが店の奥に引っ込んだ。そして大きくて新鮮そうなバナナの房を抱えて、レジ台の上に置いた。
「そうそう。昔はこうやって、一房単位で売ってましたよね」
私が感心して言うと、ママさんが包丁でバナナを切り分けながら頷いた。
「そうですねえ。家族が多かったからねえ」
ママさんは4本ずつ、綺麗に切り分けた。私はそれを聞いて少し切なくなった。

私はバナナのほか、勧められた万願寺とうがらしと桃、子ども用のお菓子もいくつか買って、店を後にした。

さて、私はキッチンに行き、おもむろに冷蔵庫の野菜室を開けた。一本だけバナナが残っていたので、比較してみた。

色はともかく、この大きさの違いに笑った。左は八百屋で買った、4本250円の、エクアドル産バナナである。かたや右は激安スーパーで買った、4本60円のフィリピン産バナナである。

スーパーで買うことを考えたらこの大型バナナはお買い得だと思った。こんなボリュームのバナナだと4本250円では買えない。もっと派手なラッピングが施され、300円以上で売っている。

“どんなバナナでも入る”という売り文句に釣られて、過去に東急ハンズで購入したバナナケースにも、入らなかった。

味はどうなんだろう。旦那にだけ与えるつもりはない。私もしっかり味見しようではないか。

うん、美味しい。

最初は、特に違いが分からなかった。でも後から甘みがくる。あと、筋にある苦味というか、エグミが少ない。

きっと私はまた、激安のフィリピン産を買うだろう。だけど、素顔の八百屋が売ってるエクアドル産だって、必ず買うだろう。

このシールのロゴは、ダオス?と読むのかな。プレミアムバナナ、プロダクトオブエクアドル、と書いてある