ワクチン打った旦那に添い寝

この頃は毎朝起きるたびに、今日も旦那は生きてるか、死んでないかと思うようになった。もういっそのこと死んでくれと思っていたはずなのに、どうやら私はしっかり、旦那を愛しているらしい。

朝起きて子にご飯を食べさせ、旦那が出勤するときは玄関に見送りに行く。旦那が帰宅したら勝手に晩ご飯を温めてもらい、食べてもらう。私と子は入浴していたり、その前に寝てしまっていることが多い。その繰り返し。

いつも通りに過ごしてきたが、いつも通りではいけないような氣がしてきた。ある朝突然、旦那が倒れるかもしれない。救急車に運ばれるかもしれない。次に会うのは顔の上に白い布がかかっている状態かもしれない。そのときに、ああすれば良かった、こうすれば良かったと後悔が沢山生まれたら、私はどうやって対処すればいい。どうにもできない。だったらそんなことになる前に、後悔の量を減らしておいたほうがいい。

後悔しそうな内容は何か。もっと美味しいもの食べさせてあげれば良かったとか。もっとあちこち出かければ良かったとか。もっと笑顔でいてあげれば良かったとか。きっとそんなことだろう。

旦那は3回目をいつ打つつもりなんだろう。ワクチンはもう打つなと話したら、また口論になる。だったら話さなければいい。ワクチン以外のことしか話せないなら、それでいい。そんな状態が虚しくなるなら、何も話さなければいい。

話さなくたって、そばには居られる。犬や猫は話さなくともそばに居る。心はちゃんと通じ合う。

私が寝かしつけに行くと旦那は大抵、リビングのテレビの前でうたた寝している。昨夜の旦那は、仰向けで寝ていた。私は隣に寝転がり、旦那の胸のあたりに自分の頭をのっけた。旦那は一瞬ビクッと動いた。きっと私が来たのに気づいただろう。だけど、またしてもうたた寝を再開した。

結婚して間もない頃、冷え性の私はよく旦那の布団に潜り込んだ。手足が冷たくて嫌がられるけど、絶対に追い出されなかった。旦那はいつも迷惑そうに笑って、私を抱き寄せてくれた。

旦那の心臓がドクドクと脈打つのが聞こえる。温かくてじんわりした体温が伝わる。旦那は体温が高い。触ると氣持ちいい。

この人は生きてる。生きてる。

そう頭の中でつぶやいたら、涙が一筋、ほおを伝った。切なくて、胸が苦しかった。

死んでない。私の隣で、確かに生きてる。血は体中を駆けめぐり、酸素を吸って二酸化炭素を吐いている。

私は自分の頭を旦那の胸からおろし、彼の脇の下あたりに顔を埋めた。旦那のトレーナーは私の涙でぐっしょり濡れている。

何を、感傷的になっているのか。私はそんなに悲劇のヒロインを演りたいのか。旦那が死んだら新しい彼氏をつくるんだろう?もう一回恋愛するんじゃなかったっけ?泣かなくていいんだよ。泣くこと、ないだろう。

言い聞かせれば言い聞かせるほど、涙の体積は増した。天井の照明が視界の中でぼやけていく。もうこうなったら仕方ない、泣いてもいいんだよ、と宥める方向にシフトした。きっと私の本心はずっとこうしたかったんだ。旦那にしがみついて泣きたかったんだ。

旦那は変わらず軽いいびきを立てている。私は声も出さずにじっとそばにうずくまっていた。うずくまりながら、旦那の体温を背中に感じながら、心が通じ合っているような錯覚に身を任せた。その背中が急にチクチクするような感じがして、シェディングではないかと恐れた。しかし、すぐに収まった。

もう、シェディングすらどうでもいい。どうでもよくないけどどうでもいい。そんな矛盾がぐるぐる頭を巡る。

小一時間した頃、旦那は起きた。私はとっさに目を閉じて寝たふりをする。旦那は自分に掛けていた膝掛けを、私に掛けた。それから何も言わず、シャワーを浴びに行ってしまった。

私はむくりと起き上がり、寝室に戻った。旦那が掛けてくれた膝掛けの温もりを、自分の布団の中に持ち帰り、反芻した。目を閉じたら旦那の匂いまで甦った。涙が枕を濡らした。

これで、後悔の量は減らせる。毎日、減らしていけばいい。