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必要な無理02

シェディングの心配はあったものの、スーパー銭湯に行っておきたかった。というのも、家で入浴するとなると、きっと私が疲れてるからもたもたしてしまうし、旦那が帰ってきて鉢合わせする可能性がある。着替えも持ってきてあるし、体力のあるうちに入浴を完了させたい。

高尾山口駅の前に、スーパー銭湯がある。そこへ行こう。子はスパゲティが食べたいと言い出していたが、私が温泉に行こうと言うと、すぐに賛成した。

体を洗うと、まずは内風呂で体を温めた。「沐浴」ならぬ「黙浴」という貼り紙に吹き出しそうになった。「黙食」の仲間言葉がこんなところにもいるとは。

それから露天風呂に行った。温度帯の違う岩風呂が二つと、檜風呂、座り湯、炭酸泉があった。ここも芋洗い状態で、かなりの密ぶりに笑えた。

子はスーパー銭湯自体が初体験だったので、はしゃぎっぱなしだった。岩風呂では柄の付いた手桶を下向きにして、それを頭に乗せていた。円柱型の帽子を被ったマジシャンのようで、楽しいらしい。そばにいた小学生や赤ちゃん、若いOL風の女性らも、我が子のおっぱじめた遊びに加わった。みんな愉快そうに「手桶帽子」を貸し借りして笑う。なんと平和な光景だろうか。ちなみに、マスクしているコロナ脳が1人もいなくてホッとした。

子が露天風呂を楽しんでくれたおかげで、まあまあに時間を潰せたし、私の体の疲労も少しとれた。身支度を済ませてスーパー銭湯を出る頃には、夕方4時を過ぎていた。

再び電車に乗る。子は私の膝の上に座り、電車に揺られているうちに眠ってしまった。

最寄駅に到着して、子を起こした。グズグズと機嫌悪そうにわめくので、仕方なく抱っこして歩く。スパゲティ屋までの道のりは、大人の足なら15分ほどだ。しかし、上り坂を抱っこして歩くのには、かなり体力を奪われた。夕方の冷えた空氣を吸い込み、咳がますます酷くなった。

なんでこんなことやっているんだろう。なんでこんなにしんどいんだろう。喘息の発作で倒れそうなのに、家に居られないなんて。


スパゲティ屋に着いた。子が喜んでくれると思ったのに、スパゲティは家でパパと食べたいと言い出した。私は、パパは仕事で居ないよと嘘をついた。子は、いつになったら会えるのかと聞いてきた。金曜になったら会えるよと言うと、大人しく店に入った。

子の選んだスパゲティは、中途半端なクリームベースのスパゲティで、味もぼやけており、私の好みではない。ほかにピザも注文したので、スパゲティは2人前は頼まなかった。子はせっせと食べた。ときどき鼻水が噴き出すのでティッシュで拭う。

さらにデザートが食べたいと言い出した。この店のデザートはケーキとアイスしかない。具合が悪くても熱はないから食欲は旺盛である。今日はすでにソフトクリームを食べていたが、本人が望むようにチョコアイスを追加してやった。もうここまでくると食養生うんぬんは言ってられない。この戦禍を生き抜くには、すこしでも美味しいものを食べて機嫌よく過ごすことが肝要だ。

案の定、食べ残したチョコアイスを私が食べる。甘過ぎて氣持ち悪い。時刻は午後5時45分だった。ここから歩いていけば、6時過ぎには帰宅できるだろう。少し遊ばせて歯を磨いて着替えれば、8時までに就寝できる。

子はスパゲティを食べて機嫌を取り戻した。けれど、かなり疲労困憊しているらしく、すぐに歩くのをやめてしまった。仕方ないから抱っこして歩いた。この先ずっと、我が家まで上り坂である。汗だくになりながら、ゆっくりゆっくり歩み続けた。私の咳は、出尽くすことなく出続けた。

必死の思いで帰宅した。車庫には車がなかったから、旦那がいないことがわかってホッとした。すぐさま着替えて歯を磨き、階段の一段目に腰掛けるとめまいがした。そのまま後ろに倒れそうになった。

なんとか上体を保ち、細々した家事をこなしてから、子を寝かしつけた。少しすると旦那が帰ってきた氣配がした。子はぐっすり寝入り、旦那を求めて起き出すことはなかった。

無理して頑張った。確かなものなど無い現在、私は私と子を護った。誰がなんと言おうと、無理が必要だった。今日の頑張りを、私は一生、忘れない。