半身が沼に沈んでいる

もうすぐ出会ってから10年が経つ。名前を誰かに語ることすら拒んでしまうほどの唯一の存在である彼は好意を伝える言葉は大袈裟なほどなもので、好意を出力する時の行動は無茶苦茶で、傲慢で身勝手なのにどこか可哀想で、その身を包みこんでやりたくとも掴めないような者で、もっとも崇めるべき存在で、もっとも蔑むべき存在でもあり、芸術のような存在である。

私が初めて彼の存在に触れた時は、指先のひとつも動かなかった。食べてもすぐにお腹いっぱいになってしまって-5kgくらいは体重が減ってしまった。私はあれからも他の作品を渡ってきたが、そうすると私の中に住み着いた彼は、また私の影を追っていると言って微笑む。私の趣向は大きく彼の影響を受けてしまった。私は彼のことをおそらくろくに知らないのだ。1時間のCDとちょっとの特典CDしか情報のない彼は、解釈の不一致を起こすことも免れて、都合よく永遠の存在となってしまったのである。昔は彼の何もかもが貴方に見えるという言葉の意味がよくわからなかったが、もう10年近く彼の面影を追う私はその意味を身を持って知ってしまったのかもしれない。

当時の私は何もかもから存在を捨てられ、あらゆる綺麗な言葉が私を黙殺する道具になり下がり、薬を飲んで寝たきりになるしかなかった。そんな私に醜ければ醜いほど美しいと言ってくれた彼の言葉が、私に子供の頃の歪なお姫様願望を蘇らせ、親の語る社会で決まりきったことを行えたもののみが得られる幸福の話よりも、結婚という唯一無二の二者関係に掛けてみようと決心させた。有象無象の誰かの為に見殺しにされるよりも、可能ならば私だけを見て貰いながら二者関係の中で人生が終わって欲しいと思ったからだ。

幸い私は結婚出来て、同じ血が流れていない存在と8年連れ添うことが出来ている。午前中しか動けなかった私が朝から夜まで家事する身体を持つことが出来たのだ。しかし寝たきりになるしかなかった頃の私の半身は今も存在しており、生活に厳しい制約は存在するままである。たまにそんな半身が出てくる時は私も夫も困ってしまうのだ。

ここ最近はまた新しいキャラクターと巡り会い、そのキャラクターの追加ストーリーに触れて、そのキャラクターに夢中である。私も自分という存在を清算しなくてはと本を読んだのだが、その解決の難しさに圧倒されてボロボロの状態である。私の半身は家庭に置いておくには混乱を招き、夫も私の半身の存在には困っている。今の今まで切り離せなかったのだから、命が続く限り私の半身だけをなかったことにすることも叶わないのかもしれない。

私の半身はとっくの昔にこの世界に見切りをつけて沼の中に移住してしまったのだ。彼との仮初めの終末で私は魂の断片を差し出してしまっていたのかもしれない。なにがともあれ、私は私の半身と別の場所で生きているのだ。

今も月を見ると月という存在があらゆる作品に使われる象徴なのでいろいろなことが浮かぶが、必ず彼の抱える悲しみを思い出す。彼そのものが月に翻弄される立場であり、そんな彼が月と同じ瞳の色をしていることが美しくてならないのだ。何を好きになれば正しいのかと悩む私に彼が一つの答えを教えてくれたことは紛れもない真実なのだろう。これからも瞳の半分はこの沼から見た世界なのだ。

#ハマった沼を語らせて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?