怒りの誘惑
「ウガアーッ!」
俺の拳が巨漢の下顎をぶっ飛ばす! 血飛沫! 背後に裏拳を叩き込む!
「ギャアーッ!」
首が壁にバウンド! 俺は快哉した!
「アイアム・チャンピオン!」
その時、iPhoneのタイマーが鳴った。
「…もうこんな時間か」
私はリモコンを操作した。立体映像が薄れ、首の取れた人形と多目的カラオケ店の個室が現れる。パック料金の適用中に出なければ。慌てて上着を羽織る。
年下の上司に横文字で詰られた怒りは、店を出た時には概ね治まっていた。夜の街には雨。傘を取り出した、その時。
「ね、おじさん」
振り返ると薄着の少女。
「たっぷり殴って満足?」
…血の気が引いた。
「…何のことかな。私はカラオケの練習をしていただけさ。そろそろ忘年会の…」
「おじさん、嘘つきだね」
「な、何を」
「そーやってペラペラ喋るもん」
少女の唇は不相応な艶やかさを帯びていた。彼女は蠱惑的な笑みを浮かべて言った。
「ね、おじさん。もっとすごいの、あるよ?」
【続く】
それは誇りとなり、乾いた大地に穴を穿ち、泉に創作エネルギーとかが湧く……そんな言い伝えがあります。