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アシュトン・ソボルと10の免罪

地獄の空。

まだ暗いうちに入ったサイバネ工場を夕方に出て、へとへとで見上げる空を俺はそう呼んでいる。美しい茜色の夕日を覆う、下劣な黒い煙。それが空を血のような赤黒い色に染めるのだ。この空を見るたびに俺は憂鬱な気分になる。その色の醜さに。そしてそれに加担しなければ日銭も稼げない自分に。だがそれも、今日までの話だ。

電脳繁華街へ向かう。下世話なネオン光が近づき、血の色が薄らいでいく。さらに奥。中心へ。そこには周囲の全店舗に不自然に背を向けられ、ぽっかりと空いた円形状の更地がある。さらにその中央には、誰のともしれない自販機がポツンと立っている。

商品はたった1つ。俺は指先に高揚をにじませ、1年分の貯金を投入していく。『免罪トークン』のランプが灯った。どくん、と心臓が高鳴る。ゆっくりとボタンを押す。

かたん。

軽い音とともに、小さな紙箱が落ちた。中には硬貨大のトークンが1枚。これで10枚。それだけ貯めるのに結局13年も掛かってしまった。けれど、これでようやく始められる。

ウキウキした足取りで工場へと向かう。相変わらず空はクソッタレの煙に凌辱され続けている。俺は工場を見据え、トークンを親指に乗せてピンと弾き上げた。くるくると回りながら、それは望み通りの、高射砲めいて巨大な銃に変わった。顔見知りの労働者が声を上げた。俺は作業エリア付近に狙いを定め、引き金を引いた。

世界の悲鳴のような壮絶な音だった。射出された次元転移弾は、弾道上の空間を裂き、歪ませ、球形のひずみへと変わった。それは工場を飲み込むと、やがて断末魔めいた稲光を数度放ち、世界から消えた。否、実態は逆だ。俺が『ある』世界から消えたのだ。だがその違いはどうでもよかった。

茜色の夕日を体いっぱいに浴び、口笛を吹いて歩き出す。職場は消えたが何も困ることはない。理想の世界を『作る』ためのトークンは、既に確保しているのだから。

【免罪トークン:残り9枚】

それは誇りとなり、乾いた大地に穴を穿ち、泉に創作エネルギーとかが湧く……そんな言い伝えがあります。