胡蝶の夢よ、もう一度
あ、と胡蝶は立ち止まると、くるりと制服を翻し、二人に尋ねた。
「ところでさ、連中の本拠地ってどこ?」
「呆れた。知らないで先行ってたわけ?」
「まあね」
で、どこ? と胡蝶は笑った。その可愛らしさに凛はむかっ腹が立った。代わりに莉子が答えた。
「夢の島だよ。凛も前に行ったでしょ?」
胡蝶は目を丸くした。
「行ったって、世界を滅ぼすような連中のとこに?」
「だからだよ。一度やってみたかったの」
すぐ飽きちゃったけどね、と莉子ははにかんだ。
暦上の昨日、体感上の3万年ほど前。完全自律型時空再生システム『空(くう)』の完成により、人類はいとも簡単に永遠を手に入れた。代償は、放棄の権利だ。
「ふーん……」
興味深そうに胡蝶は頷く。その額を流れ弾が貫いた。道路を挟んで反対側に、銃撃戦で遊ぶ男たち。
「ちょっと、こっちに飛んできたんですけど!」
凛の抗議に、男たちは慌てて平謝りした。それを尻目に、莉子は倒れた胡蝶に尋ねた。
「大丈夫?」
「へーきへーき。ノリだよ」
胡蝶は笑う。そもそも当たっていないのだ。それでも莉子は安堵の息を漏らした。
駅に到着すると、発車のちょうど一分前。世界が無限ループしていても、いや、しているからこそ仕事を求めるものは多い。空いた席に座ると、胡蝶は唐突に言った。
「『黄昏の夜明け団』も同じなのかな?」
「かもね」
「いや、『空』を壊すって言ってたよ」
莉子が口を挟む。
「へぇ。成功したの?」
「……ううん」
「してたら解放されてるよ、みんな」
凛はため息をつくと、胡蝶を横目で見た。そう、解放。この永遠という地獄を胡蝶は百分の一も知らない。だからまだ、眩しい。
胡蝶は最近、凛の頭の中に生まれた。初めはそれだけだったが、繰り返しの中で、自然と莉子も胡蝶を共有するようになった。それから3人、いつも一緒だ。
見飽きた秋空の下。永遠に色づく紅葉の中を、電車は走っていく。それは世界から『空』が失われる、3日前の出来事だった。
【続く】
それは誇りとなり、乾いた大地に穴を穿ち、泉に創作エネルギーとかが湧く……そんな言い伝えがあります。