形見と化したKindle

ぼくの爺ちゃんは、頭がおかしかった。

2000年に勃発した有珠山の噴火を近くで見たいという欲求を抑えきれず、通行止めマークを無視して噴火口まで突き進み、警察署に連行されたと怒ってたことがあった。いや、そりゃそうだろ笑


仕事をしてる姿も見たことがない。聞く話によると、1年以上仕事が続いたことがなく、職を転々として50歳くらいには無職となり、婆ちゃんが家計を支えてたんだとか。ゲゲゲの女貌なら美談に見えるけど、現実はそうもいかないもんだ。

ただの糞ジジイかと思いきや、趣味の写真で全国大会優勝を果たすクリエイティビティを発揮してたりする。噴火口に近づきたい欲求も、間近で写真が撮りたいと言う、わからなくもない理由だった。時代が違えば、スターになってた可能性もあったのかもしれぬ。

そんなこんなで婆ちゃんに果てしない迷惑をかけ続け、生活保護者向けの団地に住んでいた(昔はわからなかったけど、あれは貧困者向けの市営団地だった。)にも関わらず、家の中には高級カメラが沢山飾られていた。(札幌市の調査員が家庭訪問に来るときは、いつもカメラを隠していた。)

無職でばあちゃんが家計を支え、低所得者向けの団地に住んでるにも関わらず、自分は高級カメラをコレクトし、売って生活費にしてと懇願されものの無視し続けた、とんでもないじじいである。


そんな爺ちゃんが、6年前に死んだ。

なんだかんだみんなに愛されて、お葬式の会場は爆笑に包まれた。親戚が20人くらいいる大親族だったので、各々がじいちゃんのヤバさを語ったり、爺ちゃんの死体をいじって遊んでいたりした。死体の目を開けたりして実に不謹慎ではある。

ハゲ散らかしていたにも関わらず、おくりびとが死体を整える際、おばあちゃんに「髪型はどうなさいますか?」という悪魔の質問には笑いを堪えられなかった。どうするもこうするも、どうしようもできる毛量ではない。

それに対しておばあちゃんが「オールバックでお願いします」と返答して、とうとう吹き出してしまった。確かにギリギリオールバックなら可能だが、もはや四捨五入したらスキンヘッドの髪型をギリギリ形容するには丁度良い言葉ではあった。

爺ちゃんがコレクトしてた高級カメラは売りに出され、まあまあな金額になったと聞いた。その中から、ばあちゃんが「天国のじいちゃんからお小遣いね」と、10000円をくれた。

絶妙に使いずらい。まず、あいつは天国にはいけないだろう。ばあちゃんは本当に優しい。地獄から贈与された1万円を浪費するのは、なんだか気がひける。無職を貫き通し、貧困に困るお婆ちゃんにオール無視プレイをかましてコレクトした高級カメラが形を変えて残った現金。実に使いずらい。

お婆ちゃんの苦労と、お爺ちゃんの形見が詰まった1万円。僕は死ぬまで形として残り続けるかなと思い、そのお金でKindleを買った。

そのKindleを使うたびに、思い出したくはない爺ちゃんの記憶が蘇ってくるから、悪くはない使い方だった気がする。


ところで、そのKindleは、3年前に誰かに盗まれた。シーシャ屋に置き忘れたんだけど、誰かが盗んで行ったようだ。

盗まれたKindleが、じいちゃんの形見とつゆ知らず、今も誰かが使っているのだろう。この世のどこかで爺ちゃんがまだ生きてると思うと、なんだか面白い。

それと同時に、お婆ちゃんの苦労と、お爺ちゃんの形見を無くしてしまい、お爺ちゃんを追い討ちした感覚に陥り、ダブルで命にとどめをさしてしまった気分が抜けきらない。


ごめんなさい、ハマ爺。

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