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0×a=0ってすごくないか

をやってて思ったんですけど、あ、だからこれ環の話なんですけけど、環から任意の元aをもってきて、それに0をかけると、aがなんであれ0になります。

これ、なかなか意味わからんくらいすごいことだと思うのですよね。いやまあ、整数やなんかのことを考えるとあたりまえなんですが、整数をより一般化した環の上でね。

というのも、環における0というのは加法単位元として定義されているのですよ。

環とは

その前に説明すべきことを説明しておきましょう。環について知っている人は次の項まで飛ばして大丈夫です。

「環」というのは、集合Rの上に「+」と「×」という2つの演算が定義されていて、以下の条件を満たすものです。

加法に関して
・「0」という元が存在して、任意のRの元aに対して0+a = a+0 = aを満たす。(加法)単位元という。
→ようは演算しても何も変えない元のことで、整数の足し算で言うなら0のことです。
・a+b = b+a =0を満たす元bが各aに対して存在する。(加法)逆元という。
→ようは演算すると単位元にする元のことで、整数の足し算で言うならaに対する-aのことです。
結合則を満たす。
→任意のRの元a,b,cに対して(a+b)+c=a+(b+c)となっている、ということです。
交換則を満たす。
→任意のRの元a,bに対してa+b = b+aとなっている、ということです。

と、加法に関しては可換群(アーベル群)になっていてほしくて、

乗法に関して
・「1」という元が存在して、任意のRの元aに対して1×a = a×1 = aを満たす。(乗法)単位元という。
→ようは演算しても何も変えない元の「×」バージョンのことで、整数の掛け算で言うなら1のことです。
結合則を満たす。
→任意のRの元a,b,cに対して(a×b)×c=a×(b×c)となっている、ということです。

加法に関しては群(しかも可換群)になっているのに対して、乗法に関しては交換則もないし逆元もないのがミソですね。

で、この2つの演算をつなぐ条件として以下があります。
分配則を満たす。
→任意のRの元a,b,cに対してa×(b+c) = a×b+a×c、(a+b)×c = a×c+b×cを満たしている、ということです。整数の足し算と掛け算を考えるとまあそれはそうと思えます。

0a=0の証明

で、わかりましたかね。この中に出てきている「0」って、加法、つまり足し算に関するなんらかとして定義されていて、乗法、つまり掛け算に関しては何も言っていないのですよね。

それが、0×a = a×0 = 0という性質をもつ。

「そいつと掛け算をすると、すべてそいつにされてしまう」という強烈な性質です。加法だけを使って定義されたものがそんな性質をもつ、というのはとても興味深いことです。

証明はシンプルです。

「0a」から始めましょう。aは任意の元として持ってきます。加法単位元の定義より、言い換えれば「0は何に足してもそれを変えない」より、0aは

(0+0)a

とできます。これに対して分配則を使うと、

0a+0a

となりますね。結局

0a = 0a+0a

となりました。0aには逆元が存在するはずなので、0aの逆元を両辺に足すと、

0a-0a = 0a+0a-0a
0=0a

となりました。0a=0を結論付けられたわけです(a0=0の証明も全く同様にできます)。aは任意の元として持ってきていたので、加法単位元でしかなかったはずの「0」は、どんな元とかけても自分自身にしてしまうような恐ろしい元であることがわかりました。

こういう元を特に吸収元と言ったりします。良いネーミングですね。魔人ブウみたいなイメージでしょうか。零元と呼ぶこともあります。

吸収元のことを「どんな元と演算しても自分自身にする」と書くと、単位元が「どんな元と演算しても相手の元にする」ことと対になっている感が出ますね。

その逆は?

とにかく言いたかったのは「加法だけを使って定義されているのに、それが乗法において著しい性質をもつ」という点です。加法単位元を掛け算すると、魔人ブウみたいなやつになってしまった。

そう考えると、逆に「乗法単位元を足し算する」ことにもなんかあるのではないか、という気がしてきます。

さっきまでの話は
加法単位元は足し算で定義されていた。それをあえて掛け算してみる。
ということでした。ここから、
乗法単位元は掛け算で定義されていた。それをあえて足し算してみる。
と類推したわけですね。

これはとりもなおさず「+1」することにほかなりません。確かにこっちはこっちで重要な操作のひとつになります。

整数の話ですが、aとa+1が互いに素だったり、ペアノ算術では+1というのは整数を構成する原動力となっていたりします。

あるいは、aをa+1にすることによりその乗法的性質はガラッと変わってしまい、予測することが難しくなります。素因数が何であるかとか、それ以下のそれと互いに素な数がいくつあるか、とかそういうのですね。

これは「0をかける」とすべてが0になってしまってある意味「単純」になるのに対して、「1を足す」といろいろと「複雑」になってしまう、という意味で対立しているようにも捉えられますね。

「×0」と「+1」がある意味で対になっている、というのは、今までそう考えたことがなく、新鮮だったのでした。なにかここから生まれる話はあるでしょうか。わかりません。

他にも考えられないか?

加法で定義されているものを乗法で使うと、あるいは乗法で定義されているものを加法で使うと面白いことがあるよ、という話でした。

そう考えるとパ〜ト2、「加法単位元の乗法逆元」「乗法単位元の加法逆元」というペアも、言い方の上では対になっています。これらはそれぞれなんでしょうか。

「乗法逆元」が出てきているのでここからは可除環の話になりますが、「加法単位元の乗法逆元」というのは、残念ながら、存在しません。

加法単位元は0のことだったので、「加法単位元の乗法逆元」というのはつまり「0の乗法逆元」ということになります。いやな予感がします。

0の乗法における逆元ということは、0×a = 1であるようなa、ということになります。それって確かに存在しませんね。0には何をかけても0になってしまう、つまり0が吸収元であるせいです。

これはいわゆるゼロ除算のことを言っています。「ゼロで割ってはいけない」というのは「0×a = 1であるようなaが存在しない」という話をしているんですね。

逆に「乗法単位元の加法逆元」は何でしょうか。これは当然「-1」ですね。

うわ。そうだったんだ。「-1」なんてめっちゃ身近です。中学1年生で出てきて、数直線を左側に伸ばしたり、180°回転を表したり、図形をひっくり返したりしてくれます。

そんな「-1」と「ゼロ除算」が、「乗法単位元の加法逆元」「加法単位元の乗法逆元」という捉え方で結びついていた、というのは目から鱗です。まあ片方存在しないじゃんと言われればそれまでなんですが。

さいごに

今回は「加法で定義されているものを乗法で使ったり、あるいはその逆のことをしてみると、ちょっと変わったことが起きておもしろいよ」という話でした。

「×0」と「+1」。「ゼロ除算」と「-1」。これらのものが対っぽく捉えられる、というのは発見でしたね。

実は、いや全然本題とは関係ない話なんですが、ゼロ除算ができる数体系というのも存在します。

環において、1=0だとすればいいのです。

そうすると、この環の任意の元aについて

a = 1a = 0a = 0

が言えます。(aは乗法単位元をかけても変わらないから1a、1=0なので0a、さっき証明した通り0a=0なので最終的に0)

「任意の元について0」が言えてしまいました。これはこの環が0しか含まない環、つまり唯一つの元しかもっていない環、ということになり、こういう環を零環あるいは自明な環と呼びます。

この環における演算はそうするしかないままに「0+0=0」と「0×0=0」で定義され、これはちゃんと環の定義を満たします。

そしてこの環の中には「加法単位元の乗法逆元」も「乗法単位元の加法逆元」も仲良く存在してくれます。明示的には、「0」です。なんもうれしくね〜〜〜

というわけで今回はそんな話でしたね。「こう捉えると新たな一面が見える」みたいなやつ、いいですよね。ではまた!

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