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「山猫スト」ってなんで「山猫スト」っていうんや

X(旧Twitter)に投稿しようと思ったが、長くなりそうだったので。




前提

「山猫スト」は山猫ストライキの略である。

やまねこ‐スト【山猫スト】
《wildcat strike》労働組合の一部の組合員が、中央指導部の証人なしに行うストライキ。山猫争議。

デジタル大辞泉

労働する人は、雇っている人に抗議する権利が与えられている。ストライキも大切な権利だ。
ストライキを起こすには手続きが必要だ。「気に入らない上司がいるから、私は明日仕事に行きません!」が手続きなしで全部認められたら、社会が崩壊してしまう。

なので、「会社に抗議したい!」という時には、労働組合の代表者が、この件は本当に正当な訴えなのかどうかを立証し、その上でストライキを実行するかどうか決定する。ってことが、労働組合法に書かれている。法律の専門家じゃないのでわかんないけど多分そう。
この手続きを踏まずにストライキを実行すると、単に仕事をサボった人になってしまうので注意しなければならない。

「山猫スト」とは、そういった労働組合執行部の承認を得ずに決行してしまうストライキのことだ。
でも、なんで「山猫」なのだろうか。





銀行

日本語で検索してみたが、ちゃんとした文献で出てくることはなかった。
だが、いくつか説明しているものが出てきた。それらをまとめると、

1830年ごろアメリカで、通帳に山猫(Wildcat)が描かれていた銀行が破綻した。そこから山猫銀行という言葉が産まれ、山猫(Wildcat)という言葉は、「信用できない」「ならずもの」といった意味になった。

的なことを言っている。

よくわからんが、山猫ストの由来は、英語の「Wildcat strike」を訳したものっぽいということはわかった。外国でてきた言葉を日本語に直訳したパターンだ。

最近はやり(?)の「犬系女子」のように、動物から何かしらのイメージを持つ用法が英語にもあるんだろう。英語圏の人は「Wildcat」からどんなイメージがわくのだろうか。

「wildcat」の語源は、野生のネコ科の野生動物である野生猫から来ています。これは、アメリカの19世紀に鉱山業者が自分たちの職場で使用する通貨を作った際に、「wildcat bank」という用語が使われたことに由来しています。この用語は、「wildcat」という言葉が定着したことで、今日では、危険を伴う未知のものや野心的なプロジェクトを表す一般的な用語になっています。

天才英単語:https://tentan.jp/word/wildcat?wid=60970

さっきもでてきた「山猫銀行」とは「wildcat bank」のことだろう。
お金の話とストライキの話は何かしらつながりそうだ。

英語版wikipediaで「wildcat banking」のページがあったので見てみよう。

1836年から1865年までのアメリカは自由銀行時代であった。州政府は銀行に対して「紙幣を作っていいよ」という許可を簡単に与えたらしい。
山猫銀行と呼ばれる資本力の乏しい銀行が、紙幣を発行するのだが、銀行の閉鎖や詐欺が発生。人々は価値のないお金を手にすることになった。

では、この資本力のない銀行がなぜ山猫銀行と呼ばれたのだろうか。wikiの続く部分にはハッキリとこう書かれている。

A number of etymological explanations for the term have been proposed.
和訳:この言葉の語源については、さまざまな説明が提唱されている。

https://en.wikipedia.org/wiki/Wildcat_banking

結論:諸説ある

いやそうだよね。諸説あって、誰も確かなこと言えないから、どこ調べてもわからないんですよね。知ってましたハイ。

いや、まだだ。頑張って読んでみよう。

同wikiにある2つの説を要約すると、
・説1
銀行の紙幣にヒョウの紋章が描いてあったから。
また、出回った偽札にライオンが描かれているものもあり、この言葉が補強された。
当時のオックスフォード辞典はそう言っている。

・説2
オオカミやヒョウ、ヤマネコをやっつけたら、税金を支払うために使える証明書が発行された。その証明書が裏で紙幣のような役割を持った。

当時の辞典が言ってるんだから説1を推したい気もするが、日本語母語話者ながら、ヤマネコの話してるんだから、直接ヤマネコが出てくる説2のほうが自然な気がする。ヒョウやライオンを「wildcat」と表現することに関してネイティブの感覚がわからないので何ともいえない。

とりあえず、「山猫銀行」と呼ばれる評判の悪い銀行があったらしい、ということがわかった。






辞書

「wildcat」と聞いてどんなイメージがわくのか気になるところだ。
シンプルに英和辞書をひいてみよう。

wildcat
名詞
1ヤマネコ山猫
2(())短気な人乱暴者
3(())(石油・ガスの)試掘井
形容詞
計画・事業などが)無謀な危険な;(ストライキなどが)非合法の
動詞
(())
他動詞
鉱床があるかどうか確信のないまま)(石油・ガス鉱石)を試掘する
自動詞
試掘する

https://ejje.weblio.jp/content/wildcat

アメリカ英語では試掘するという意味がある。このことは、先ほどの「天才英単語」の説明と一致する。
が、「wildcat」に意味が付された順番としては、「無謀な」という意味から派生して「試掘する」に至ったのではないかと予想する。

「wildcat strike」は「無謀なストライキ」というニュアンスになるのだろう。
でも、単に「無謀なストライキ」といいたいだけなら「Reckless Strike」みたいに表現すればいい話だ。「wildcat」という言葉を使ったのにはやはり何かしらの理由があってよさそうなものだ。

また、「山猫銀行(waildcat bank)」という言葉に由来して、「wildcat」に「無謀な」という意味が付されたのかはわからない。もとから「無謀な」という意味があって、後付けで「山猫銀行(waildcat bank)」という言葉が産まれた可能性もある。
後者なら、「山猫スト」と「山猫銀行」が関係あるかのように書いていたネットの情報は嘘の可能性がある。




why do you call it a wildcat strike?


直接英語でgoogleに聞いてみよう。するとこんな記事が出てきた。

Q Where did the phrase wildcat strike originate? That it means an illegal strike of some kind is known, but I cannot find out where it originated.
和訳:ワイルドキャットストライキという言葉はどこから産まれたんですか?違法なストライキってことは知ってるんだけど、しかしその由来がわからないです。

https://www.worldwidewords.org/qa/qa-wil2.htm


わたしが知りたかったやつじゃん!
このサイトだけでよかったやつじゃん!

しかも、この「WorldWideWords」というサイトは言語を研究している人が運営しているしっかりした感じのサイトだ。信頼に足る情報を提供してくれるだろう。

「wildcat」についてまずはこのように解説されている。

 In Europe this refers to a wild species that’s a relative of the domestic feline, but in North America it’s been applied to a couple of larger cats. One is the Canadian lynx; the other has more names than any one species surely has a right to — among them puma, mountain lion, catamount, cougar and panther.
和訳:ヨーロッパでは家猫の近縁種である野生種を指すが、北米では2、3の大型の猫に適用されている。ピューマ、マウンテンライオン、カタマウント、クーガー、パンサーなどだ。

https://www.worldwidewords.org/qa/qa-wil2.htm


「マウンテンライオン」?山にライオンがいるのか?
と思って別窓で調べたが、マウンテンライオン、カタマウント、クーガー、全部、おおざっぱに言えばピューマのことらしい。

ヨーロッパにはヨーロッパヤマネコというヤマネコがいるようだが、イエネコの種類と近しいようだ。

In Britain, wild cat became a term for a savage, ill-tempered, or spiteful person and this sense was carried over into North America but became attached to the native big cats of the continent. In the nineteenth century it extended to any untamed or unreliable person, or someone who undertakes a risky or unsafe project, especially one that preys on innocent people.
和訳:イギリスで「wild cat」は野蛮な人、気性の荒い人、辛辣な人を指す言葉となり、この感覚は北米にも伝わったが、この言葉は北米大陸に生息する大型ネコ科動物のことを指すようにもなった。19世紀には、飼いならされていない人物や信頼できない人物、危険で危険な事業を行う人物、特に罪のない人々を食い物にする人物にまでその意味が拡張した。

https://www.worldwidewords.org/qa/qa-wil2.htm


意外な事実がわかってきた。
私は「ヤマネコ」と聞くと、イリオモテヤマネコみたいなネコしかイメージしていなかったが、アメリカでいうヤマネコはピューマとかパンサーとかの類だ。そこの認識がまず間違っていた。

先ほど私は、ヒョウやライオンを「wildcat」と表現することに違和感があったのだが、英語ネイティブにとってはヒョウ、ピューマ、パンサーみたいなアレこそが「wildcat」なのだ。

また、イギリスにはピューマみたいなデカい猫は野生にいないが、北米にはいる。このサイトの説明的からくみ取ると、意味ができた順番は、「野蛮な人という意味の言葉」→「文字通りの野生のデカい猫」ということになる。


この後はちょっと長いので要約していく。

まずは「山猫銀行」についての説明がなされている。
「山猫銀行」の由来について、先ほどの説1に関して筆者は懐疑的な見方のようだ。紙幣にヒョウの絵が描かれていたとされるが確証がないらしい。また言葉として出現するのが早すぎる。
個人的な予測も書かれている。「山猫銀行」の由来、説3としよう。
説3
銀行券を換金しようとする人の数を制限するために、山猫の隠れ家のような、人里離れた場所に意図的に銀行を設置した。

説が増えてしまった。
しかしここで大切なのは、1800年代前半に「山猫銀行」という言葉があったことだ。

そして1800年後半になると、「wildcat」は次のようなものを意味する俗語として広まった。
・通常のダイヤを外れて走る臨時列車
・巡回しながら仕事を取ってくる旅回りの劇団
・密造ウイスキーの蒸留所
・埋蔵量が確認されている地域から離れた場所で石油を探鉱する投機家(現在でもこの意味は残っているらしい)

この4つをくくれる適当な日本語が現段階の私には思いつかないが、なんとなくニュアンスはわかる。
「人(社会)の手が十分に行き届いていない」的な文脈で使われたのだろう。

そして、4つのうちの最後の意味、埋蔵量が確認されている地域から離れた場所で石油を探鉱すること。
埋蔵量が確認されていないところを掘るのだから、そこから利益がでる可能性はかなり低い。

When an operator goes into an undeveloped field, and puts down a test well, he naturally desires to have the profit of his risk. It costs him something like $6,000 to put down that wildcat well, for which in most cases, he gets no return, for the majority of wildcat wells produce nothing.
The Sun (New York), 17 Jul 1883.

The rare successful finds were wildcat strikes, which by their nature were unexpected. This last term began to appear in print in the early 1900s and it seems it was almost immediately transferred, possibly unconsciously but perhaps as a bitter joke, to a sudden and undisciplined downing of tools.

和訳:
彼はリスクがあるが、未開発の油田に行って試掘井を掘って利益を得ようとする。掘るには6,000ドルほどの費用がかかるが、ほとんどの場合、何の見返りもない。
ーザ・サン紙(ニューヨーク)1883年7月17日。

時々成功して予想外に掘り当てるのがワイルドキャット・ストライクである。この最後の用語は1900年代初頭に印刷物に使われ始めたが、ほとんどすぐに、おそらく無意識のうちに、しかしおそらくは苦い冗談として、道具を突然、無秩序に使い捨てることに転用されたようだ。

https://www.worldwidewords.org/qa/qa-wil2.htm


たどり着いた。

博打して当たった、ストライクしたのが「wildcat strike」なのだ。
山猫ストライキも、石油を掘り当てるかのように成功する可能性が低い、だがそれでもやらねばならぬ、そういう意味なのだろう。でもそれは客観的に見れば、金や道具を散在しているかのように、ハイリスクな意味のない行為だ。

というのが、このサイトから得たものである。






まとめ

Q.「山猫スト」ってなんで「山猫スト」っていうんや?

A.
山猫は英語のwildcat の和訳したものである。
wildcatは元の意味としては「信頼できない」的な意味だが、1800年代前半には「人(社会)の手が十分に行き届いていない」という意味、1800年代後半にアメリカで石油をリスク覚悟で掘り当てることに由来し、「成功確率が低いけど試すこと」的な意味に広がった。

結論に入ってしまったのでサラッと言ってしまうが、大恐慌時代のアメリカで山猫ストが行われたらしい。おおざっぱに言うと、1900年代前半に上記の意味の「wildcat」という言葉があったので、それがさらに転用されたのだろう。


個人的な気づきとして、アメリカのヤマネコは私の思う可愛いヤマネコではなく、もっとデカい猫のことだった。
だが、「デカい猫」→「野蛮」という直接的なイメージから「山猫スト」と呼ばれているわけではないらしい、ということもわかった。
調査段階で、「wildcat」が「野蛮な」という意味ならば、「山猫スト」より「どら猫スト」のほうがニュアンス的には近いのでは?というオチも考えていたが、これはふさわしくないようだ。
これは単なる私の思い込みだったが、wildcatを直訳して、野生の猫、野良猫、人に飼われていないイエネコという意味で捉えるのは違う。

「山猫スト」は「博打スト」という表現が、元の意味を我々は理解しやすいかもしれない。賭けに出るという意味で「猫」を使う日本語表現があれば、それを採用したいものだが、私のちんけな頭では思いつかないので、あればそれを広めていただきたい。
「山猫」と聞いて思いつく私のイメージが、アメリカ人と違ったので、そこを補填するなら「パンサーストライキ」とか呼んでみてはいかがだろうか。なかなかカッコいい呼び名ではないだろうか。

でも山猫ストが流行ると社会が成り立たないから、あまりカッコいい名前にしないほうがいいかもしれない。


山猫ストライキ。
アメリカンドリームな夢を追いかける精神。
勝つ確率は低いが勝つつもりで戦うブシドーの精神。
そんな意味合いがこの言葉には込められているのではなかろうか。

調べてみると意外に奥深い言葉であった。


という適当なオチで今回は終わりだにゃあ





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