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女子大生が究極のビリヤニをめぐる冒険に迷い込んだ日々のこと

私は究極のビリヤニを作りたかった。

羊を一頭捌いて油で揚げて、悪魔的な色に米を染め上げて、一口食べれば魂がデカン高原にひとっ飛びするようなビリヤニを。

まだ開発途上にある究極のビリヤニを、一緒に作ってくれる人を募集したい。そんなお話。

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私は究極のビリヤニが作りたいんだ!

うだるような熱気が湿っぽい部屋の暗がりを漂っていた。
7月の静かな真夜中に、私はYouTubeでインド人がビリヤニを作る動画を見ながら泣いていた。

その頃どうも私は気がおかしくなっていて、毎晩新宿をゾンビのように歩き回っては、路肩の排水溝で倒れたネズミを横目に「お前は下水の泡に生まれ変わってぶくぶくと吸い込まれるんだな」と羨ましがったりしていた。

そして日差しが増してくる明け方、満杯の郵便受けの前を通り過ぎ、シナシナになった私を出迎えるのは何日も放置してカビが生えた食器だけ。

そろそろ限界だった。

誰か私に生きた心地をさせてくれ!
日の光を浴びても原型が留められる健康な肉体と、ネズミに対して人間たる矜持を保てる真っ当な精神が欲しかった。

時々差し込む車のヘッドライトだけが私の部屋を照らす。

誰もそんなものはくれない。
自分の人生を照らす「生きがい」は自分で探しにいかなければならないのだ。そんな気力もない私はパタリと倒れてYouTubeを開いた。

その時、ふとある動画が目に入ったのだった。
「インドのヤギ1匹ビリヤニの作り方」という動画だった。

クラクションが鳴り響く大通り。

露天には立派な大人が1人は入れそうな大きな鍋。巨大カステラを作ったぐりとぐらですら手に負えないであろう、どデカいタライ。

名前の分からない粉を次々を放り込んだところへヨーグルトを加えてぐるぐるしたら、捌きたての子ヤギにスパイスミックスを刷り込ませる。
そして胸焼けしそうな量の油を熱した中華鍋へその子ヤギを投げ入れる。

茹でたてのインディカ米。スパイススープが染み込んだその米で、カラリと揚がった子ヤギを埋葬する。
子ヤギが埋まった大きな鍋は業火に炙られ、子ヤギの魂を鎮めて米をインド人の国民食である「ビリヤニ」へと昇華する…。

5.8インチの画面の向こうから、生命の息吹が私を輪廻の渦へと勧誘していた。

クミン香るインドの風が私の髪をしつこく撫で回しながら、「お前も子ヤギのビリヤニを食べたいか?巡りゆく命を頂いて、生きることを知りたいか?」と問うていることに気づいた時、私は号泣した。

私は究極のビリヤニをこの手で作らなければならない。

いつの間にか泣き止んだ私は、天啓を受けた信者のようにビリヤニの魅力に囚われていた。
そしてなぜか食べたこともないビリヤニの、それ専用のスパイスを買いに新大久保へと折り畳み自転車で向かっていた。

簡単に言うと、私はその時ひどく気がおかしくなっていたのである。

私のここがマズイよ①
・食べたことがないものをいきなり作ろうとする

そんな私のために協力して欲しい人
・「ビリヤニ」に関する情報を収集し、スプレッドシートにまとめて他地域の米料理との違い及びレシピを冷静に分析できる方


ビリヤニからは遠く、悲しい一皿

初めて作ったビリヤニは惨憺たるものだった。
米はべちゃべちゃ、肉は半ナマ、煮え切っていないスパイスのえぐみが舌にまとわりつく。

「これは…絶対にビリヤニではない…」

ビリヤニマサラ(スパイス)の箱の裏に書かれた英文レシピを見て頭を抱えた。

やたら簡潔で心許ないレシピだとは思ったが、日本の厳しい税関と検疫を抜けた実績がある。となると、このレシピが間違っているはずはない。

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では、私の料理の腕が悪いのだろうか。そんなはずはない。

というのもこの私、日本料理は作れないものの異国飯を作るのは得意なのだ。2時間かけて西安名物ビャンビャン麺を作ったり、翡翠色の焼き小籠包を作ったり、それなりに難しいものを作れる方だと思っている。

一体何が悪かったのだろうか?

私は先ほど見た動画のことを思い出した。
私は単にビリヤニを作りたいと思ったのではない。人間が人間たるために体験すべき普通の「命の感覚」を私は渇望しているからビリヤニを作りたいのだ。

ということは、この動画に出てきた陽気なビリヤニ職人はきっとそれを知っているに違いない。

私はビリヤニ職人に会わねばならぬと思った。この人でなくともいい。最高のビリヤニを生み出す職人なら必ず知っているはずだ。

そうして地球に9月がやってくる頃、私は一人静かにインドへ「命の感覚を知る者」を探す旅に出たのだった。

私のここがマズイよ②
・1回失敗しただけで、心が折れて海外逃亡してしまうところ

そんな私のために協力して欲しい人
・挫折をチャンスと捉え、粘り強くトライ&エラーを繰り返せる方


最後の最後で出会えた最高のビリヤニ

インドで私は悪魔的に美味いビリヤニをずっとずっと探していた。

しつこく勧誘してくる商売人に町一番のビリヤニを奢らせ、親切にもホームステイさせてくれた村のお母さんにヒンディー語でビリヤニの作り方を教えてもらった。

それでも、どんなビリヤニも私に命を語りかけてこなかった。

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ただただ辛い米の塊が乗っかった銀色の器が、虚な私の顔を写している。
ビリヤニの国に私が居られる時間はあと2日だ。

インド最終日、私はデリーにいた。

空はどす黒く曇っており、今にも雨が降りそうだった。排気ガスと砂埃にまみれた空気が漂う高架下のスラムをペタペタと足早に歩いていく。

行き先はもちろんビリヤニ屋だ。

高速道路と所狭しと聳え立つ粉っぽい建物に囲まれたその店は地元住民で賑わっていた。
店に入ろうとしたその瞬間、私は催涙弾を食らった。玉ねぎを高速で切るオーナーの側で回る扇風機の風をまともに受けてしまったのだ。

容赦無く流れる涙に戸惑う私を見てオーナーは何を勘違いしたのだろうか、居もしない私の元カレを批判してくる。

「お嬢ちゃん、あんたは悪くないさ!その男が悪いんだ!」
「え」
「にしてもよく知ってるね!うちのビリヤニは失恋した者に効くってこの辺じゃ有名だ!その心癒してあげるさ!!」
「いや、私はただ美味しいビリヤニが食べたいだけで」

一人歩きした私の失恋ドラマが店中を駆け回り、常連たちがチラチラとこちらを見てくる。

陽気なムスリムが「大丈夫、ここのビリヤニは絶品だぜ」と唇に寄せた5本の指をチュパッと勢いよく開いた。
誰かが"哀れな"私の代わりに頼んでくれた缶コーラを飲みながら、何だかよく分からないこの状況が夢なんじゃないかと何度も思った。

数十分後、ビリヤニが出てきた。
俺の作ったビリヤニはデリー中の人間を癒すんだ、と得意げにオーナーが言う。重たすぎるオーナーの視線を受け止めながら一口食べた。

「…お、美味しい……!!!!…!!」

油に包まれプリプリの米、バランスの取れたスパイスの香り、香ばしく揚がったオニオンのみじん切り。
今朝捌いたばかりの新鮮なヤギ肉がホロホロと口の中で溶けていく。こんなにも美味しいものが世の中に存在したなんて。

感動している私の側でオーナーが鼻高々にしていた。

「いいかいお嬢ちゃん。ビリヤニは"ハレの日"に食べるものでもあるんだ。
今日、君はひどい男に振られた。それは彼との終わりでもあるが、君にとって始まりの日でもある。まさしくハレの日だ。
命が続く限り必ずハレの日は再びやってくる。
その時は、またうちのビリヤニを食べにきておくれ」

この人こそ、私が求めていた「命の感覚を知る者」だった。

ビリヤニが繰り返す命の営みを飾る料理だと理解し、それを誇りに思っている。素性も知らない一旅人の失恋に想いを馳せてこのビリヤニを炊いたのだ。

ありがとう、シュレンディンガーの元カレよ。君は確かにひどい男だったのかもしれないが、こうして私は最高のビリヤニに出会うことができたのだ。一生君を忘れない。

私は無心にビリヤニを頬張った。

めでたし、めでたし、と言いたいところだが私は一つ大きな過ちを犯していた。この一流のシェフにビリヤニの作り方を聞くことができなかったのだ。

理由は単純、私が人見知りだったからだ。

私のここがマズイよ③
・せっかく出会えた凄腕シェフと話せない

そんな私のために協力して欲しい人
・どんな人に対しても臆さず取材をすることができて、必要な情報を聞き出すことが得意な人


ビリヤニを布教するには?

日本に帰国してから2年間、私は東京中のビリヤニを食べ歩いた。
次第に人間らしい生活を送れるようになると、家でも何度も作り直して究極とは言い難いものの美味しいビリヤニが作れるようになってきた。

そんな折、仲良くしていたある人が北朝鮮冷麺を提供する一日カフェというものを開くというのでお手伝いすることにした。

その人の名前は尊師。
とてつもない求心力で、少々狂った人たちを巻き込むのに長けた人だった。

一日バーは大盛況で、たんまり売上を得た尊師を見て私は興奮した。

「私も1日バーでビリヤニを販売したい…!究極のビリヤニを…!」

そう思って大学に帰った私は、幾らかの友人に「1日カフェ店長をやりたい」と話した。優しい彼らは「カフェいいねえ」「え!行くよ!」と口々に言ってくれたが、ビリヤニを作りたいのだと言うと身体を硬直させた。

「ビリヤニって何?」
「カフェなのにコーヒーとかじゃないの?」

もっともなご意見である。私はどうしてお洒落な空間で重たい異国の米料理を出そうとしているのでしょう?

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友人にボッコボコにされて意気消沈しながら、私は尊師のことを思い出していた。
あの人はビリヤニなんかより随分と反社会的な料理をカフェと称する空間で出していた。それなのに、どうしてあんなに人気者だったのだろう?

答えは、Twitterでフォロワーを洗脳していたから。

何ヶ月も前から冷麺を作る様子をタイムラインに流し、フォロワーに美味しそうだと思わせる。何度もそれを繰り返しているうちに人々は自然と冷麺が食べたくて仕方がなくなる。その欲望が絶頂に達した瞬間を見計らって尊師は「◯◯カフェを一日貸し切って北朝鮮冷麺を提供します!」とツイートしていたのだ。

この時には「なんでカフェで冷麺を?」などと言う人はもういない。そこにいるのは「やった!!!!冷麺が食べられる!!」と思う信者だけである。

私に欠けていたのは「自分の内なる情熱を、効果的に人々にも飛び火させる力」であった。

私のここがマズイよ④
・他の人にビリヤニの魅力を伝えられない

そんな私に協力して欲しい人
・TwitterやInstagramでビリヤニの魅力を発信し、カフェでビリヤニを開くことに対してフォロワーが疑問を抱かなくなるぐらい洗脳経験豊富な方


究極のビリヤニまであと1歩

私のビリヤニ探求の旅は一山を越えたところだった。安定して万人が美味しいと思えるビリヤニを作れるようになってきた。
ついに、究極のビリヤニを目指すスタートラインに立てたと言っても過言ではないだろう。

私の腕が上がった以上、改善できる点は材料ということになる。

ビリヤニの材料は主に、ビリヤニマサラ(スパイス)、トマト、玉ねぎ、バスマティライス、ヨーグルト、そして羊肉(ヤギでもOK)である。その中でも味を決めるのはビリヤニマサラとバスマティライスと羊肉。まずはこれらを変えるといいかもしれない。

ぐるぐると考えていたら、この長い長いビリヤニの旅へと私を誘惑した一本の動画のことを思い出した。

一匹の子ヤギ。邪悪な色のスパイスを塗りたくられて丸揚げにされた子ヤギ。人間のエゴに怒り狂いながら米に埋葬された子ヤギ。

そうか、子羊を1匹買ってこよう。
日本で買える最高の子羊を使った究極のマトンビリヤニを、作らなければ。

邪悪な計画を思いついた私は早速日本一の羊を探すことにした。
少し補足しておくと、マトンとは生後2〜7年程度の羊肉のことを指す。しかしインドではヤギをマトンと言うこともあり、その辺りは寛容である。

私のここがマズイよ⑤
・置いとくスペースがないのに羊を一匹買おうとする

そんな私のために協力して欲しい人
・適量の羊肉を適切な場所から調達できるよう、先方と細やかな交渉ができる方


日本最後の秘境で、最高の羊肉を

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北海道・仁宇布は、9月ながらもすでに霜が降りていた。

旭川から車で約3時間のこの場所は、たった59人の住民が暮らすあまりにも広大で気が狂いそうなほど美しい草原だった。噂によれば村上春樹の『羊をめぐる冒険』の舞台になったともなっていないとも言う。

どうやらこの場所は羊探しの迷宮に入ってしまった人を吸い込むブラックホールのようだ。私も例に漏れず、この仁宇布にある「最高の羊肉」を目指してペーパードライバーの実力を存分に発揮したのだった。

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「最高の羊肉」の噂は本当だった。
マトンにうるさいインド人お墨付きの西葛西・蒲田は愚か、インドでも食べたことがない上質なマトンだった。

「ビリヤニを作りたいんです。羊を一頭買わせてください」

牧場主のおじさんはニヤニヤしながら「ビリヤニって何だ?」と、ストーブの前で私に問うた。私はこれまでのビリヤニをめぐる冒険を洗いざらい話した。おじさんは一しきり私の話を聞くと「うーん」と唸ってこう言った。

「このコテージに来るまでにトロッコ王国ってあったでしょう?そのすぐ側に今店を立てている途中なんですけどね、そこでそのビリヤニとやらを売ってみませんか?作り方教えてよ、これ絶対成功しますよ」

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つぶらな瞳で無数の羊が私を見つめていた。

最高のマトンが毎朝無限に店に運び込まれ、新鮮なマトンビリヤニになる様子を想像して私はワクワクした。

どうして誰もこんなに素敵な子羊を探し出すことができなかったんでしょう?あなた方は究極のビリヤニにふさわしい子羊よ?

私は牧場主のおじさんの提案にまんまと乗っかった。

「いいですね!……私が究極のビリヤニを生み出した暁に、この仁宇布でビリヤニハウスを開きます」

私のここがマズイよ⑥
・初対面の人から店を本当にもらおうとする

そんな私に協力して欲しい人
・原料費、賃料、人件費の計算や仁宇布における飲食店の売り上げ予測を立て、冷静に出店計画を立てられる方


ビリヤニをめぐる冒険は始まったばかり

再来週、仁宇布の牧場から最高の羊肉が届く。
これはまだ、私の「究極のビリヤニ」を探究する旅の序章にすぎない。この旅はまだまだ続いていく。

だからこそこの旅を円滑に、冷静に、効果的に進めてくれる仲間が私には必要なのです。

私と一緒に究極のビリヤニを作ってみませんか?

後悔はさせない。きっとあなたもビリヤニを中心に回る輪廻の渦の虜になり、人間たる矜持を取り戻せるはず。

もし興味があれば、あるいは私が求める人材にあなたが合致していると言うのであれば、ぜひ一緒にビリヤニを作りましょう。(了)


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