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改造人間になった話

ICLという視力矯正手術を受けた改造人間になって1週間経った。突然あがった視力にも柔軟に対応する視覚システムには感心してしまう。ただ、20年来の習慣というものはなかなか抜けず、未だに朝は眼鏡を探して、遠くを見ようとすると眉間を突いて、目薬を差そうとすると指がこめかみの脇の虚空を捉えてしまう。

久しく視力が悪かったので小町先生のブログ記事などを読んでICL自体に興味自体はあったけれども、眼鏡でも生活に特段困っているわけではない、せいぜい温泉に入るときに不便なくらい、と思って何もしていなかった。しかし、就職をして健康診断を受けた際に、視力だけひっかかってしまい、どうやら社会人として生きていくには視力が足りていないらしい、と気づいた。確かに学会に参加してもスライドやポスターが読みにくい。眼鏡のレンズをさらに分厚くするという選択肢もあったが、とりあえずICLを受けられるか相談だけでもしてみようと、11月末に乃木坂の某眼科に足を運んだ。ICLは安全性も高いことが謳われているが、万が一副作用が生じたときのことを考えると、矯正だけの眼科ではない方が良いのではないか、と考えて選択した。

初回は色々検査を受けて、診察室に行くといきなり手術はいつにするか、どれくらいの視力にするか、という話になった。上述のように軽い気持ちで行って、まずはpros and consのような話をするのかと思っていたので面食らった。矯正視力として1.5程度を提示されて、オフィスワークしかしないのにそんなに視力が必要なのか、と質問したところ、眼鏡とは違って視界全域が矯正されるのでそのくらいの視力でも違和感などは生じないとの返答で、実際執筆時点でも違和感はない。また、今まで知らずに生きていたが、検査の結果、両目に乱視があることも分かった。乱視の強度を見て、一方は乱視用のレンズを入れて、もう一方はレンズ挿入時の切開方向を調整して矯正することになった。

初回の診察時に手術自体は1月末ということになり、ずいぶん先だと思っていたが、年が明けるとあっという間に手術日となった。手術3週間前の1月初頭に、より精密な検査があり、使用するレンズが決まった。このとき、血液検査やレントゲン検査などもあったが、どうして必要だったのかよく分かっていない。瞳孔が開いたままになる目薬を差されて、数時間はそのままなので、そのために随分と疲れた。検査技師の方によると、これは老眼になったときの感覚に近いらしく、確かに近距離のものが見にくい。

手術の数日前から抗菌の目薬を差し始めて準備をする。手術当日は朝8時頃に病院について簡単な診察を受けた後に、手術室に入る。この時点で眼鏡を回収されているのでよく分からなかったが、3、4人が同時に手術を受けているようだった。手を引かれて手術台に乗ると、目の部分だけが空いた布を顔にかぶせられて、目を開かれた上で目薬を差され続ける。その後執刀医が入室するのだが、「先生のお成り」という掛け声とともに、皆が声を揃えて挨拶をしていて少し感動した。順番に片目ずつ手術をしていく。小町先生の記事では「手術自体は全く痛みもなく、眩しかったが特に押されたりしている感覚もなく」とのことだったが、自分の場合は押されているというか、何かを詰め込まれているような感覚があって、乱視の矯正のために多めに切開しているらしい方の目は少し痛みも感じた。瞳孔を開いたままにする目薬も差されているので、手術台のライトが一段と眩しく感じた。

手術中は時間感覚がなくなってしまったので、手術時間は分からない。そのままふらふらしていると危ないので、保護眼鏡をつけて車椅子に乗せられて個室に運ばれる。既に視力は獲得しているので、車椅子に座った視点で辺りを見回すのだけれども、わずかな高さの違いで世界は随分違って見える。個室では昼食が提供されて、その前後に何度も目薬を差す。午後の検査、診察までそのまま待機するのだが、目薬の影響で眩しく、近距離が見にくいので、しかしほかにすることもないので頑張って読書をした。特に異常はなかったので、検査・診察後はすぐに帰宅できた。

手術当日は保護眼鏡をしながら寝るが、翌日の検査で回収されて、翌日からは眼鏡なしで過ごすことができる。洗顔、洗髪は術後3日間は禁止なので、日本の夏に手術を受けるのは難しそう。それ以後は、1週間ほど運動に制限があり、2週間ほど1日4回、数種類の目薬を差す必要があるが、それ以外は制約なく生活ができる。なお、これらの制約は眼科や、個々の術後の状態などにも依るらしい。例えば小町先生の場合は1週間保護眼鏡をかけていたらしい。また、術後2、3日ほどはまだ新しい目に慣れていなかったからか、近距離の物を見ようとすると目と頭が痛くなったが、すでに解消している。

まだ術後1週間ではあるが、結果には非常に満足している。はじめに、以前は「眼鏡でも生活に特段困っているわけではない」と感じていたと書いたが、これは「勉強なんかしなくても困らず生きていける」に近く、もう戻れない過去となってしまった。とはいえ、誰にでも薦められるものではないかもしれない。侵襲性のある手術なので、術後はしばらく安静と清潔が必要となる。また、(少なくとも術後1週間の時点では)暗い中の光源や、強い光源を見ると光の輪(ハロー)が生じる。そのため、不測の事態が生じる乳幼児がいる場合や、高い安全性が必要な、例えば夜間に自動車の運転が必要な職業の場合は難しいかもしれない。習慣化が苦手な人には毎日4回目薬を差すのも難しい。

手術前は想像すらしていなかったが、本棚の書籍のタイトルが遠くからでもよく見えるようになって頗る便利である。以前はどれどれ、と本棚に近づいて、さらに低い棚の本を見るためにはしゃがんでいたが、その必要がなくなった。丸善を闊歩すると今まで気づかなかった本にも気づける。自室や研究室の本棚の一覧性も増した。一方で、散髪をして貰っている間、これまではぼんやりとした世界で話していれば良かったのが、週刊誌の表紙が目に入るようになったのだけは残念である。

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