寵愛【前編】

※このお話は、現代は「慈愛」のお話直後、過去は現代より10~20年ほど前のお話となります。
そのため「慈愛」を読んだ後に演じることを推奨しています。

─登場人物紹介

桐野:(とうの)過去20歳の桐野忍(とうのしのぶ)。ここでは役の性別男推奨。演者は男女不問。
忍:(しのぶ)幼いころの桐野忍。ここでは役の性別男推奨。演者は男女不問。可能であれば桐野と同一演者でも可。
久米崎:(くめざき)過去と現代をつなぐポジション。「桐野忍」という人物について、誰かと電話をしている。役・演者ともに男女不問。
トメ:桐野家の屋敷勤めの使用人。役・演者ともに女性推奨。
リツ:吸血鬼。屋敷の地下に閉じ込められている。役の性別男固定。演者は男女不問。
桐野巽:(とうのたつみ)桐野忍の父。短気で肝が小さい。役の性別男性固定。演者は男性推奨。

ここから本編
********

─真夜中、電話の音が鳴り響く
─がちゃり、と受話器を取る久米崎

久米崎「はい、週間芸術手帖です。……あれ、久々じゃないですか。……えぇ、明日納期の原稿がまだ終わらなくて、こんな時間に。もう眠くて眠くて……(欠伸をしながら)……普通ならこんな時間に会社にかけても、誰もいないって分かるでしょ。確実に私が出ると思って、かけてますね?
……この間調べて欲しいと仰ってた件、やっと信憑性の高い情報が取れましたよ。まぁ、私も人づてなんで、100パーセント信じられるかって言えば、自信はないですが。
何せあの方の血縁は皆既にお亡くなりになってるんですよ。まぁこれから話す情報が確かなら、それも仕方のない事なんですけど。
……あまり気持ちのいい話じゃなかったですよ。あと、割と信じられないような話も。私はそれを聞いた時、正直、都市伝説か何かを聞いてるのかと思ったくらいで。
……なぜ今更?……って聞いたところで、また黙ってしまうんでしょうけど。
通話長くなりますけどいいですか?次、いつ連絡をいただけれるのか分からないんで、ここで話しておきたいんですけど」

久米崎「……桐野先生の血族が急に途絶えたのは、ほんの10数年前です。あの方が、(この辺りから桐野(M)と声が重なる/久米崎の声がフェードアウトしても良い)桐野家最後の末裔でした」
桐野「(M)僕が、桐野家最後の末裔だった」
桐野「(M)これは、僕がなぜ生まれたのかを知る物語」

─タイトルコール

久米崎『寵愛』

─時は、桐野の幼少期まで遡る

忍「(M)夢を見た。
知るはずもないのに、これからのことを暗示するような、未来のような夢。
僕の身体はもう大人になっていて、知らない大人が沢山出てきた、夢」
忍「(M)その大人たちの中に1人だけ、男の子がいた。
会ったことのないはずなのに、どこか懐かしい、とても綺麗な男の子」

─忍、はっと目を覚ます。ここは桐野家の屋敷、桐野の寝室

トメ「……おや、もうお目覚めでございますか、忍坊っちゃま」
忍「……」
トメ「……どうかなさいましたか、まだ、お辛いので?」

─忍、ベッドから起き上がり

忍「もう辛くない、熱は下がった。なんだか変な夢を見たんだ」
トメ「……朦朧としておりましたからねぇ、そんなこともありますとも」
忍「夢の中に、大きくなった僕が居た。これって“よちむ”ってやつだろ?」
トメ「まぁ、忍坊っちゃまは難しい事をよくお知りになっていらっしゃる。そうかもしれませんねぇ」
忍「お前、冗談だと思ってるだろ」
トメ「めっそうもございません。トメはいつも、忍坊っちゃまのお言葉を信じておりますとも」
忍「……まぁいいよ。トメはいつも、僕の言葉を否定しないんだな」
トメ「トメはいつも、忍坊っちゃまを信じておりますから」
忍「ありがとう。僕はトメの子で居たかったよ」
トメ「身に余るお言葉でございます。……さ、お召し物を替えましょう。目覚めたら旦那様の元へ行かれますよう、言付かっております」
忍「面倒だな……。僕はまた、怒られるのかな」
トメ「旦那様はいつも、忍坊っちゃまのことを想っていらっしゃいます」
忍「そうかな、僕は父様から愛情を感じたことなんてないけどな」
トメ「そんな事を言うものではございませんよ。さ、こちらに。トメが坊っちゃまを綺麗にして差し上げましょう」

─場面変わって、忍の父(巽)の扉の前
─忍、ノックをし

忍「父様、忍です」
巽「(ドア越し)入りなさい」

─忍、そっと扉を開け、部屋に入り後ろ手で閉め
─しばし流れる沈黙

巽「……もう平気なのか」
忍「……えっ?」
巽「熱を出して倒れたと聞いた」
忍「……ぁ、もう平気です、熱は下がりました」
巽「……なら良い。こちらに来なさい」

─忍、戸惑いながら巽の元へ
─巽、傍に来た忍の額に手をやり、前髪に隠れた顔を出すように髪に触れ

巽「……今年で幾つになった」
忍「丁度、十になりました」
巽「……ますますあの女に似てきよって……」
忍「母様のことを『あの女』と呼ぶのはどうなのですか」
─巽、ピクリと眉を動かし、忍の額を打つ
巽「あの女を母と呼ぶな。お前に母などいない」
忍「…………(打たれた頬に手をやり)僕を呼んだ理由は何ですか。こうして叩くためですか」
巽「……。受け取りなさい」

─言いつつ忍に何かを握らせ

巽「誕生日だろう」
忍「……(握られた手を開く)……単純ですね、お札ですか」
巽「お前が何を欲しがっているのか、俺は検討もつかん。それで好きな物でも買いなさい」

─忍、深々と頭を下げ

忍「ありがとうございます、父様」
巽「……もう行きなさい」
忍「失礼いたします」

─忍、一礼して部屋を後にする
しばらく廊下を歩いたところで立ち止まり

忍「……相変わらず不器用な人だな。息子の誕生日に金握らせるか?普通」

─時系列、一時的に現代に戻る

久米崎「桐野の家系は代々医者で、厳格な父と、屋敷勤めの家政婦の元、桐野先生は育てられたと思われます。なんかその他にも本家やら分家やら、親族が多すぎて把握しきれないんで家系図を拝借したんですが……え?なんでそんなことが出来たのかって?それは、この久米崎の手腕の賜物ですよ〜。……ってのは冗談として。家系図を見ると、母親の名前が墨で不自然に塗りつぶされていて……。離縁されたものかと思われますけど、理由までは分かりませんでした。……あ、それでですね、ここからがなんか都市伝説っぽいんですよね。でも話さないと色々と話し通じなくなっちゃうんで言いますけど……ヴァンパイアハンターって、わかります?」

─時系列、忍の幼少期に戻る

忍「(M)父様から頂いたお金で、僕は絵の具を買った。早速、新品の絵の具で何かを描いてみる」
トメ「……あら、坊っちゃま。これは……」
忍「ヴァンパイア」
トメ「というよりは、これはコウモリですねぇ」
忍「似たようなもんだろ?!コウモリはヴァンパイアが使役してる動物だと聞いた」
トメ「そうですねぇ、とてもお上手ですよ」
忍「……その言い方は、また僕を馬鹿にしているな」
トメ「めっそうもございません。トメは」
忍「(トメの言葉尻を拾い)『忍坊っちゃまを信じておりますから』って?」
トメ「…左様でございます」
忍「……別に、コウモリとヴァンパイアが同一なんて思ってないよ。まだ人型は描けないんだ。ヴァンパイアは、人並外れた容姿をしているらしいぞ」
トメ「あら、それはどんな?」
忍「絵にも描けないほど美しいってことさ」
トメ「…いくら美しくても、所詮は怪物。桐野家は…」
忍「ヴァンパイアハンターを裏稼業としてたのはとうの昔のことだろ?正直僕は、そんなものが存在するかどうかも疑わしく思ってるんだけど。この話、耳にタコができるくらい聞いたけど、いくら聞いてもおじいさまの考えた御伽噺にしか思えないんだよなぁ…」
トメ「…まぁ、そんな物騒な稼業、坊ちゃまが継がずにいれた時代になって、ようございました」
忍「…でも」

─忍、自分で書いたコウモリの絵を見つつ

忍「ちょっと会ってみたかったかもな。もしも現代にも存在してるならさ」

トメ「……」

─トメ、忍に何かを握らせる

忍「え、トメ、急に何?これ…」
トメ「……(にっこり笑い)これはトメから忍坊ちゃまへのお誕生日プレゼントですよ。旦那様にはくれぐれもご内密に。おやすみなさいませ」

─一礼し、トメ、忍の部屋を後にする
─忍、握らされた手を開き

忍「…………これは、なんの鍵だ?」

*****

忍「(M)僕は父様のいない日を狙って、屋敷中の扉の鍵穴に、トメから貰った鍵を差し入れて回った。けど、この鍵に合致する扉は見つからなかった」

忍「なんだよ、ただのアンティークか」
忍「…………」
忍「もしかして」
忍「(M)父様の部屋の奥には、もうひとつの部屋に繋がっているであろう“扉”がある。そこは、トメ曰く“然るべき時が来れば入れる”そうなのだが、僕はまだ“然るべき時”ではないらしく、今まで1度も入れてもらえたことがない」
忍「……もしこれが、その『鍵』だったとしたら……」
忍「(M)時が来たら入れる場所なら、今入ってしまってもいいだろう。僕は自分にそう言い聞かせることにした。もとより父様のことはあまり好きではなかったので、あの人が定めたであろう“決め事”を破ることにさほど罪悪感は湧かなかったし、何より、僕1人が除け者にされているような気がして、どうにも癪に触っていたのだ」

─場面変わって、父の部屋奥の扉前
─忍、恐る恐るトメから貰った鍵を扉の鍵穴に差し入れ、鍵を回す
─かちゃり、と小さく音がなる

忍「……やっぱり」

─そっと鍵を抜き、ギギと音を立てる扉をあけると、地下に続くであろう階段があり

忍「こんなところに地下に続く階段があったなんて、知らなかった」

─忍、緊張しつつもゆっくりと階段を下りていくと、その先にまた扉が表れる

忍「また扉だ。でもこれは施錠なしか…」

─といいつつ、扉に手をかけるも、なかなか扉開かず

忍「……なんだ、立て付けが悪いのか?随分重い……というか滑りが悪いぞこの扉」

─体全体を使って扉を開こうとする忍。急にあっさり扉が開いた為、勢いよく突っ伏したように倒れ

忍「ぅわっ!!」

─忍がズザッと盛大に倒れた反動で、部屋の中で山積みにされていたスケッチブック等がバサバサと崩れ、紙の束が忍の身体に降り注ぐ

─紙の束に埋もれたまま動かない忍

忍「…なんだよこの紙の束…体に覆いかぶさって重いし痛いし…」

─むくり、と紙の束をゆっくりはねのけて起き上がる忍。その中の一つを手に取り

忍「…なにこれ、落書き?こんなにたくさん…。しかもこれ、アングルはどれも違うけど、全部同じ人をスケッチしてる。…でも、この子、どこかで見たことがあるような……」

忍「…父様が描いたんだろうな、これ」

忍「(M)父様は本当は医者じゃなくて、画家になりたかったんじゃないかって思ったことが何度かある。父様は無類の絵画コレクターで、世界中から珍しい絵画を集めているらしいことは知っていたし、実は、父様がこっそり絵を描いていたところも見たことがある」

忍「…ってことは、ここは…ただの父様の趣味部屋ってこと?!
…なんだよ~、“然るべき時が来れば入れる”部屋でもなんでもなかったんじゃん…。…まぁ、僕が勝手に勘違いしただけだけど。…大体、トメも思わせぶりに鍵渡したりするから…(と言いつつ散らかした紙の束やスケッチブックを片付けはじめ)」
リツ「君、めちゃくちゃ独り言多いな」
忍「別に好きで独り言が多くなったわけじゃ」

忍「……………?」

忍「…え、誰」
リツ「こっちこっち」

─忍、恐る恐る声のするほうへ目線を向けると、部屋の最奥に格子らしきものが見える

忍「…あんなところに…牢屋?」
忍「(M)え、待って。そこにいるのってもしかして罪人とか…?この屋敷に牢屋があること自体、今初めて知ったんだけど。地下牢に閉じ込めてられてる罪人って」
リツ「(忍のモノローグをぶった切るように)ねえ、こっちだってば。早く来てよー」
忍「い、いやです」
リツ「なんで」
忍「罪人とは口を利かない」
リツ「もう話してるけど。…って、僕、罪人じゃないし」
忍「…じゃあ、なんで牢屋にいるの」
リツ「…なんでかな」
忍「…わかんないのに、そこにいるの?」
リツ「わかってるけど、わからないふりしてるの」
忍「…よくわからない。…父様が、閉じ込めたの?」
リツ「……知りたい?なら、こっちきてよ」

─忍、恐る恐る声の主のいる格子に近づき。近づくにつれだんだんと確認できる声の主の姿を見て、徐々に目を見開き

忍「…ぁ、父様が描いた絵の…」
リツ「…あぁ、あれ(スケッチブックの束を見やりつつ)そうだね、きっとあれは全部僕だよ」

─リツ、笑っても泣いても取れるような微妙な表情で

リツ「僕ね、君の生まれるずーっと前から、ここにいるの」
忍「(M)思い出した。今目の前にいるのは、僕が夢で見た男の子だ」

*****

忍「(M)あの日以来、僕は時々あの地下牢にこっそり行くようになった。もちろん、父様は知らない。トメは相変わらずそ知らぬふりをして、僕に何も言うこともない。
あの地下牢にいる子の名前は、リツというらしい。どうしてそこにずっといるとか、何が原因で地下牢に閉じ込められているとか、僕の聞きたいことにリツは何一つ答えてくれない。
だから、これは僕の想像でしかないけど、リツは格子の中にいること以外は、きっと不自由はしていない。痩せ型ではあるけれど不健康な細さではないし、よくよく見ると、かなり上等なものをいつも身に着けている。
事情も分からずに彼をそこから救い出そうとするほど、僕に情があるわけでもなく、何よりそんなことしたら罰せられるのは間違いなく僕だ。
だから僕は“しかるべき時”が来るまで、一切の不明なことに目をつぶることにした。どうせリツとの関係は、それまでの一時的なものになるだろうし、この関係はきっと、何もかもを知った時、確実に壊れるものだと想像できたから」

*****

─とある日、忍はまた、地下牢にいるリツに会いに行っている

忍「父様の考えてることが分からない」
リツ「…またそれ?君、その話題何回目…」
忍「だって…。別に僕は父様のことが嫌いなわけじゃないんだけど、父様のほうが僕を好きじゃないというか…苦手なんだろうなってすごく感じる」
リツ「親子でも苦手とかあるんだ?」
忍「あんまり聞いたことない。一般的な家庭と比べて、僕の家系のほうがちょっと変なんだろうなって思う。なんなら、血のつながりのないトメのほうが本物の家族みたいだ」
リツ「家族みたいな関係性を持てる人がいるのは、とても羨ましいよ。僕、生まれてこのかた、そんな人いなかったし」
忍「生まれてって…君はいつ頃生まれたの?」
リツ「…もう覚えてない」

忍「(M)リツのほうからはっきりと聞いたことはないけれど、僕はなんとなく、リツがヴァンパイアではないかと薄々感じている。ばかげた話だと自分でも思うけど、リツからはなんとなく『人ならざる何か』を感じる。それがなんなのか、今の僕には言い表すことができない。…でも、リツがヴァンパイアだとして、どうしてリツは殺されずに、閉じ込められているんだろうか。ヴァンパイアって、何やっても死なない種族だっけ。そのあたりがまだよくわかっていなくて、でも、本人に聞くのもなんとなく気が引けるような気がしていた」

リツ「…今日は長いね。こんなに長く居てもいいの?」
忍「父様は出張だから、今日は帰ってこないよ。…だめ?」
リツ「ダメじゃないけど。…あんまり、僕と仲良くするのも、良くないんじゃないかなって」
忍「リツがヴァンパイアだから?」

─忍、思わず口に出してしまったことに驚きはっとする

リツ「…また、急に非現実的なこと言うね」
忍「でも、そうなんでしょう?」
リツ「……そうだとしたら、どうする?僕が怖くなる?」
忍「…それは」

─突然、遠くから物音がして

リツ「…誰か来る、忍隠れて」
忍「えっど、どこに?!」
リツ「えっと…とりあえず、そこのカーテンにでもいて」

─忍、慌ててカーテンの中に潜り込む

─コツコツと徐々に足音が近づき、ギギッと扉を開く音がし

巽「……誰か居たのか」
リツ「………」
巽「お前に聞いている」
リツ「…見ての通り、誰も来てない」
巽「鍵が開いていたのにか」
リツ「………」

忍「(M)…父様だ。出張だったはずなのに、どうして」

リツ「仮に誰かが来てたとしても、休んでたから格子の外のことには気づきにくくて」
巽「嘘はついていないな?」
リツ「…貴方に嘘はつかないよ」
巽「お前は信用できない。俺の妻も…あの女もお前がたぶらかしたせいで…」
リツ「………ごめんなさい」
巽「……チッ(いらだつように舌打ちをし)」

─巽、がちゃりと格子の錠を開け、リツを引きずり出し

巽「お前が居るから…(言いつつリツの首に手をかけ、締め上げる)」
リツ「…ッ…」

忍「…!!」

─リツが首を絞められている光景を見て、カーテンから飛び出そうとするも、出てはだめだと言うようにリツが微かに首を振り

巽「…ッ…お前が、憎くて仕方がないのにッ……」

─リツの首を絞めたままブンと腕を振る。反動でリツの身体が地面に叩きつけられる

リツ「…じゃあ、僕はどうすればよかった?教えてよ…(言いながら体を起こし、巽の震える肩を抱きしめながら)」
巽「触るな…俺は…お前を…」
リツ「憎いんでしょう。だったら殺してよ。あの子みたいに」
巽「………(眉をしかめたまま、リツを見る)」
リツ「…殺せないよね、知ってるよ。だって貴方も…」

─リツ、巽に顔をそっと近づけ口づけ

リツ「僕のことを愛しているから」
巽「…ッ…愛してなどいるものか…俺は…決して…」
リツ「あんなに僕のことを描いてるくせに。でも、僕は決して貴方のものにはできない。可哀想にね…」
巽「お前は俺から何もかも奪った。俺の自尊心まで奪う気か」
リツ「もう貴方からは何も奪わない。だから、部屋の鍵が開いてるだけで怒らないで(言いつつ巽の額に唇を落とし)本当にここには誰も来てないよ。早く仕事に戻って」

─疑り深くリツを見るも、あきらめたように息を吐き

巽「…次に鍵が開いていたら、お前を殺すかもな」

─巽、ぐいとリツの腕を乱暴に引き、格子の奥に押し戻し錠をかける
リツ「(つぶやくように)…できないくせに」

─巽、そのまま部屋を後にする

─リツ、足音が完全に遠のいたところで盛大なため息をつき

リツ「なんでちゃんと施錠しなかったの」

─忍、震えつつカーテンから姿を現し

忍「……………」
リツ「…その顔やめて。見ちゃいけないものみちゃったーって顔」
忍「……と、父様は、誰かを殺したの…?」

─リツ、忍の言葉にバツが悪そうに眉をしかめ

リツ「…僕からは言えない。いずれきっとわかると思う」
─慰めるように、格子越しに忍のほうへ手を差し伸べるも、それを勢いよくはねのけられ

忍「ッ…!……。…ごめんなさい」

─忍、逃げるように部屋を後にする

忍「(M)これを機に、僕は“然るべき時”が来るまで、この部屋に入ることは二度となかった」

*****

─時系列、一時的に現代に戻る

久米崎「もう完全に噂レベルのお話になりますけど、桐野家の地下牢には、先祖レベルの年数で吸血鬼が幽閉されてたとか…。まぁこの辺は、あまりに非現実的すぎて、正直真面目に聞いてないです。…え、その吸血鬼が今はどうなってるか?…あー、どうでしたっけ…(パラパラと手帳のページをめくりながら)あー、それなんですけど、これから追ってお話しますよ。まぁ、あくまで“噂”ですけどね、限りなく都市伝説に近い」

─時系列、桐野忍は大人の姿になっている

桐野「(M)僕が再びあの部屋に入ったのは、20歳の成人を迎えたころだった。
僕は“系譜を途絶えさせないために”医学部に進み、“系譜を途絶えさせないために”稼業を継ぐ。この先の未来がすでに決まっている自分の人生はひどくつまらない。今更、あの部屋に堂々と入れるようになったからところで、僕の何が変わるわけでもない」

─巽の部屋の奥にある扉の鍵を開け、幼少期ぶりに地下の部屋へ行く忍
─相変わらず滑りの悪いドアを平然と開き、奥の格子へ向かう
─リツ、人の気配を感じ体を起こし

リツ「……久しぶり、忍」
桐野「驚いたな、本当に年をとらないんだな」
桐野「(M)幼少期に見た姿と何一つ変わらないリツを見て、こいつは本当に“人ならざる者”なのだと悟った」
リツ「想像よりずいぶん大きくなったね」
桐野「まぁ、今年で20歳になるからな」
リツ「君はきっと、世間の20歳よりずっと大きいよ」
桐野「ずっとこの部屋にいるのに、世間がわかるのか?」
リツ「そりゃあ、君の何倍も生きてるから」
桐野「いつの時代の情報なんだか…」
リツ「で、何の用?」

─急に声色が変わるリツに、若干戸惑い

桐野「…何か用がないと、会いに来たらいけないのか?」
リツ「……………」

─リツ、予想と異なった返答に眉を顰め

リツ「…君、まだ何も知らないの?」
桐野「何もって、なんだ」
リツ「…あー、いいや、知らないなら、ごめん」
桐野「今更なかったことにするな」
リツ「僕から言うことじゃない」

─桐野、がしゃんと勢いよく格子に手をかけ、リツを問い詰めるように

桐野「それは、お前がここにいることと関係があるのか?昔も聞いたことがあったが、結局何も教えてくれなかった」
リツ「言ったら君は何かしてくれる?一族の中にいる君に、何を期待しろっていうんだよ。君もいずれ君のお父さんと同じになるよ」

─桐野、過去に目の当たりにした父とリツの口づけを思い出し

桐野「それは……。……父のように、お前を愛するということか」

─リツ、一層眉を顰め

リツ「……馬鹿じゃないの」
桐野「………」
リツ「愛がなにかも知らないくせに」
桐野「馬鹿にするな」
リツ「体はでかくても、中身はあのころと変わってないね。『忍坊ちゃま』」

─桐野、リツの言葉にムッとし、格子から手を放し、無言で部屋を後にする

リツ「……………早く、自由になりたい………」

─桐野、屋敷の書斎からいくつか本を抜き取りパラパラとページを見て、本棚に戻したり、本棚に戻さず机に本を積み上げたりしている

桐野「(M)自分の一族がどんな秘密を持っているのか。無知なまま敷かれたレールに乗り続けることに大きな疑問を感じた。リツに『父と同じになる』と言われ、同じになってなるもんかと、躍起になっていたのかもしれない」

─桐野、積み上げた書物を両手で持ち上げ、書斎を後にする
─ヨタヨタと積み上げた書物を持って歩く途中、廊下でトメとすれ違い

トメ「まぁまぁ忍坊ちゃま、そんなに本を積み上げて。おっしゃってくだされば、トメがお運びしますのに」
桐野「いや、これは…あっ」

─と、桐野が話した途端バランスを崩し、廊下に書物をぶちまける

トメ「ですから、申し上げましたのに」

─トメが廊下に散らばった書物を拾いあげようとするも、慌てて桐野がそれを静止するように拾い上げ

桐野「すまない、トメの手間はかけさせないよ」
トメ「坊ちゃま」
桐野「僕が片付けるから」
トメ「その本には、坊ちゃまの知りたいことは何一つございませんよ」
桐野「…………トメ?」
トメ「トメに、お任せくださいませ」

桐野「(M)トメが用意した書物には、一族の歴史や系譜、稼業についての詳細な資料等、初めて見聞きする情報が多くあった」

─桐野、自室でトメの用意した資料に目を通しながら

桐野「…なぜ、こんなことができる?」
トメ「…こんなこと、とは」
桐野「僕は屋敷の書斎はあそこしか知らない。これらの資料は、いったいどこから」
トメ「この屋敷には、坊ちゃまのまだ知らない場所が多数存在いたします。ただ、それだけのこと」
桐野「あの地下牢のようにか」
トメ「……」
桐野「もとはと言えば、地下牢に続く鍵を渡したのもお前だったな。お前はどこまで知っている」
トメ「………」
桐野「…僕は、お前を、どこか母と重ねている時もあった。できればお前を疑いたくはない」
トメ「身に余るお言葉でございます」
桐野「…でも、今はお前が分からない。僕に何を望んでいる?」
トメ「……。地下にいるあの少年を見て、坊ちゃまは何をお思いになりましたか」
桐野「………」
トメ「旦那様が、貴方様のお父上が…いいえ、この一族が、あの少年にしていることをご存じで?」
桐野「……なんの話だ」
トメ「坊ちゃま。どうか、あの少年をお救いくださいまし。貴方様が、一族と異なる価値観をお持ちであれば」

*****

─場所は変わって、地下の部屋にて
─リツは格子から出ており、部屋のソファに横たえている
─それを見つつ、スケッチをしている巽

リツ「……ねぇ」
巽「動くな」

─リツ、不満げにため息をつき

リツ「…そんなに絵を描くのが好きなら、画家になればよかったのに」
巽「それはできない」
リツ「僕が手伝ってあげるよ。一緒にここから逃げよう?」
巽「あの女もそうやって誘惑したのか」
リツ「…あの子は悪くない。お前と違って、あの子は優しかった」

─リツ、眉間にしわを寄せ

リツ「どうして僕だけ生かした」
巽「お前は化け物だからな、殺せなかっただけだ」
リツ「ヴァンパイアハンター稼業の一族が、何を言ってるんだか。僕を殺す方法なんて熟知してるだろ。僕を好きならそう言えばいいのに」
巽「俺は認めていない」

─リツ、上体を起こして腕を伸ばし、巽からスケッチブックを奪い

巽「だから動くなと…ッ」

─リツ、巽に激しく口付け

リツ「…ッ……。ねぇ、これを求めてたんでしょ?まどろっこしいから早く終わらせようよ」

─巽、眉を顰めつつリツをソファに押し返し、そのまま覆いかぶさり

巽「…何度も言うが、これは俺の意志じゃ(言いかけるもリツの唇で塞がれ)」
リツ「……そうだね、君も大概可哀想だよ」

─憐れむように巽を見る瞳が、みるみる赤く染まり
─巽、その瞳を確認したのち、隠し持っていたナイフを振り上げる

リツ「ゥ…ッ……!!」

─場面変わり、桐野の自室

桐野「……そんな」
トメ「ですが、事実でございます」
桐野「(M)リツが桐野家に幽閉されている理由。それは、不老長寿効果の秘薬作りのため。原料は…リツの血液」
トメ「この家は、そうやって繁栄してきたのです。遥か昔から」
桐野「…リツは、いったいいつから…」
トメ「きっと、それもこの書物に書かれていることでしょう。桐野家の系譜をたどると、元は一人の医者の行いから」

─トメ、何枚にも及ぶ家系図を先頭ページまで開き

トメ「この男…貴方の先祖は、医者をしながら慈善活動を行っていた。裏を返せば、その慈善活動で関与していた施設の子供たちはみな、秘薬の実験台とされていたそうな」
桐野「…孤児を巻き込んで…」
トメ「貴方の一族はそんな家系です。ヴァンパイアハンターの稼業を裏で行っていたのは、リツ以外の同族を葬るため。あの子はヴァンパイアの祖ですから」

桐野「(M)僕の想像をはるかに超えていた。僕は、僕の一族は…リツに…」

─桐野、大きくため息を吐き頭を抱え

桐野「………長年、そうやってリツを虐げた一族の一人である僕に、どうしろと」
トメ「…私に、協力してただけますか」
桐野「…お前は、何者なんだ」

─トメ、深々と頭を下げ

トメ「少しの血ですが、私もあの子の同族でございます」

─前編、おわり

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