慈愛(加筆版)

※こちらは「慈愛」をもう少し声劇用に情景台詞を追加したものとなります。
大まかな内容は無印版「慈愛」と変わりません。
お好きなほうをご利用ください。

─登場人物紹介

二階堂:(にかいどう)新進気鋭の画家。男女不問。とある肖像画に心惹かれる。 
リツ:肖像画にそっくりの美しい少年。少年で演じて下されば演者の男女不問。 
桐野:桐野忍(とうのしのぶ)。世界的に有名な画家。表向きはリツの叔父としているが、血の繋がりはない。訳あってリツと同居している。男性推奨だが、一人称、語尾を変えて女性が演じても可。その場合は叔父ではなく、叔母。
久米崎:(くめざき)絵画雑誌の記者。なぜか電話越しにしか登場しない人。男女不問。現場キャスターと兼ね役。 
 
 
─ここから本編です。どうぞお楽しみください。

*****
 
 
─燃え盛る炎。立ち尽くす二つの影 
 
 
リツ:・・・・・・燃えてる。
二階堂:・・・・・・燃えてるね。
リツ:・・・・・・後悔してない?
二階堂:・・・・・・。
リツ:・・・・・・これからは、僕のために生きてくれるんでしょう?
二階堂:(M)そう言うと君は、私に顔を向けて美しく微笑んだ。
 
 
二階堂:(M)時はさかのぼる。
初夏。知人の計らいで、私はとある美術館に来ていた。
 
 
─様々な絵画をいぶかしげに見ている二階堂
 
  
二階堂:(M)絵を見るのは、正直好きではない。描き手(かきて)の感情が見て取れてしまうから。
その絵を美しいともてはやすのは、いつも外野だけだ。
見ていて目を奪われるものに、幸福だけを詰め込んだものなど存在しないのではないか。
二階堂:自身のうちにある醜いものを呪詛のように塗り固めて形にしたものを、人は美しいと言う。
綺麗は汚い、汚いは綺麗、とは、昔の劇作家もうまいことを言ったものだ。
 
 
─二階堂、歩みを進めつつ、左右に展示されている絵を交互に見ていく
  
二階堂:(M)私は、左右に展示されている絵を交互に見ながら、早々にここを去ろうと考えていた。
が、ふと目に入った絵画の前で足を止めた。
 
二階堂:・・・・。少年の肖像画?こんな作品あったっけ。
 
─しばらくまじまじとその絵画を見つめていると、急に声をかけられ
 
リツ:その絵、気になりますか?
 
─二階堂、声にびっくりしてはっとしつつ声のするほうへ振り向き
 
二階堂:あ、いえ・・・。・・・美しい絵だなって、思っ・・・って・・・。
  
二階堂:(M)振り向くと、さっきまで見ていた肖像画と同じ顔がそこにいたので、私は言葉を失った。
 
リツ:・・・似てますか?よく言われるんです。
リツ:でも僕じゃないですよ、ほら。
  
二階堂:(M)少年に促された場所を見ると、描かれたとされるのは、1869年。
 
リツ:このモデルの生まれ変わりじゃないかって、皆そんなロマンチックなことをおっしゃるんです。
リツ:そうゆうの、信じますか?
二階堂:・・・今までは信じてなかったけど・・・。
 
二階堂:(M)そう思わせてしまうほど、似ている。
 
二階堂:・・・生まれ変わりとはいかなくても、血縁じゃないかとは思うかも。
二階堂:これを描いた人を知ってる?・・・その、身内的な意味で。
リツ:・・・ええ、知ってますよ。
二階堂:・・・これを描いた人は、この少年のことが、好きだったのかな。
─リツの表情が一瞬陰る
  
二階堂:(M)あ、彼の琴線に触れてしまった、と思った。
二階堂:何故だかは知らない。
二階堂:私は、この、『彼であって彼ではない』肖像画に興味を持ち始めていた。
 
  
─二階堂のアトリエにて。真っ白なキャンバスを前にして。
 
二階堂:(M)あれから私はずっと、あの肖像画が頭の隅にあったまま、絵が描けずにいる。
確かに美しい絵だった。
だが、それだけだ。たぶん。それ以外に心奪われるものといえば・・・。
 
リツ:(回想)・・・似てますか?よく言われるんです。
 
二階堂:(独り言のように)・・・私は少年趣味はないぞ。
 
二階堂:(M)私はキャンバスから離れ、アトリエ付きの電話に手をかけ、ダイヤルを回した。
 
久米崎:はい。どうしました?先生。そろそろ携帯電話を持つ気になりました?
二階堂:あんないつでも誰かと繋がれる恐ろしい物、一生持つか。
久米崎:(途端にやる気をなくし)・・・じゃあ、何ですか?
二階堂:この間、君から貰ったチケットで行った美術館だけど
久米崎:(二階堂の言葉を待たずに)あ、あれ行ってくれました??美術館苦手だっておっしゃってたからダメ元だったんですけど、いやぁ嬉しいなぁ~!あそこのスポンサー、先生のファンなんですよ。先生の個展を出すときには是非出資をーって・・・・先生?
二階堂:あの美術館に展示されていた、少年の肖像画について知っていることはないか。
久米崎:少年の肖像画・・・?・・・あー、呪いの絵画ですか?
二階堂:・・・なんだって?
久米崎:あー、まぁ噂ですけどね。どんな呪いがっていうのは、信ぴょう性がなくて有耶無耶になってるんですけど。
呪いの絵画って噂だけが独り歩きして、買い手がなかなかつかないんですよ。
美しい絵なのに、勿体ないですよねぇ。
二階堂:その絵画は、今どこが保管してる?
久米崎:今は桐野先生のご実家ですよ。なんか、その絵を描いた画家の血族とかなんとかで・・・。あ、お会いしたことあります?
もうなんか、絵のイメージそのまんまって感じの美しい方で、
なんか甥っ子と一緒に住んでるらしいんですけど、
いや、全然似てないんですけど、その甥っ子ってのが・・・・・・あれ?(すでに電話は切れた後)
 
 
─桐野の実家の客間にて。
 
桐野:新進気鋭と名高い二階堂先生にわざわざお越しいただけるなんて、光栄ですよ。
二階堂:いえ、私なんてそんな・・・。
桐野:あの肖像画について、お話を聞きたいとか。
二階堂:ええ・・・。
─リツ、2人分の紅茶をテーブルに置き
 
リツ:ダージリンはお好きですか?
─リツ、二階堂に目線を合わせ笑みを見せ
二階堂:・・・普通です。
 
二階堂:(M)あの肖像画をもう一度見るべく、私は画家、桐野忍(とうのしのぶ)の実家を訪ねた。
想定外だったのは、あの少年が、桐野と一緒に住んでいたことだ。
・・・いや。心の奥底では、少し期待していたのかもしれない。
『彼』に、また会えるのでは、と。
 
桐野:あれが肖像画にそっくりで驚かれましたでしょう。
二階堂:(お茶をすすり)・・・そうですね。
あの、『呪いの絵画』と言われている由縁は?
桐野:・・・・・・ただの噂にすぎませんよ。
それが事実なら、僕は今ここで君と優雅にお茶を飲んではいないでしょう。
二階堂:・・・まぁ、そうですね。
 
─リツ、じっと二階堂を見つめたまま
 
二階堂:(M)彼が舐めるように私を見ている。
どうにも心が落ち着かず、私は空白の時間をごまかすように、ひたすら茶を飲みつづけた。
 
桐野:・・・リツ。あまりお客様を困らせてはいけないよ。
リツ:・・・すみません。ここにお客様が来るのが珍しくて、つい。
桐野:画家同士、積もる話もある。お前は自室に戻りなさい。
リツ:・・・はい、わかりました。
二階堂さん、ゆっくりしていってくださいね。
 
─リツ、部屋を出る。
 
二階堂:(M)リツの気配がなくなったことを感じ、私はとうに飲み終えて空になってしまったカップをソーサーに戻し、口を開いた。
 
二階堂:・・・あの。リツ君は・・・
桐野:あぁ、甥っ子というのは表向きでね。実際には僕とは血の繋がりはない。
あの風貌はどう見ても純日本人ではないでしょう。
・・・だが僕は、リツを『実の息子のように』愛しているよ。
二階堂:・・・・・・。
桐野:・・・君は、呪いの絵画について知りたいのかい?
それとも・・・リツについて知りたいのかい?
二階堂:・・・・・・わかりません。ただ、あの肖像画を見てから、どうにも頭の中でちらついて、絵が思うように描けない。
だから、もう一度見れば、何かわかるかもしれないと思って。
桐野:どちらを?
二階堂:・・・どちらもです。
 
二階堂:(M)嘘ではない。彼がここにいたのは想定外だったが、私はあの時出会った少年もまた、頭に住み着いて離れなかったのだ。
 
桐野:・・・・・・・で、何か分かりましたかな?
二階堂:(苦笑し)それが、さっぱり。
桐野:(微笑み)せっかく遠方から来られたのだ。今夜はここに泊まるといい。
・・・あぁ、どうせ絵が描けないのなら、このまま数日、僕の仕事の手伝いをしてくれないか。
もし描きたくなったなら、僕のアトリエも、好きに使って構わない。あの肖像画も、好きに見ればいいさ。
二階堂:え?ですが・・・
桐野:リツも、きっと喜ぶよ。
二階堂:・・・・・・。
 
 
二階堂:(M)桐野の最後の言葉に若干の違和感を覚えつつも、こうして、私は、住み込みで桐野の手伝いをすることになった。
 
 
二階堂:(M)最初は数日ということだったが、思いの外、自分にとって住み心地が良かったのか、桐野家に居ついてから、既に1か月が経とうとしている。
リツも、初めはどこか大人びた印象があったものの、交流してみると、中身はどこにでもいる、年相応の十四歳の少年だった。今では、だいぶ私に懐いてくれているように感じる。
ここでの生活は順風満帆だ。
 
二階堂:(M)ただ、絵が描けないことを除いては。
 
 
─桐野家の電話が鳴る
 
二階堂:(電話に出る)はい、桐野です。
久米崎:先生ー!!!どうですか?桐野家の居心地は!
二階堂:うん、とても居心地がいい。
 
二階堂:(M)通話相手の名は、久米崎という。あの肖像画と出会った美術館に私を呼んだのは、こいつだ。
絵画雑誌の記者をしていて、どこから情報を仕入れているのか、こいつに聞けば大抵のことは答えてくれる。
そして久米崎はこのように、しょっちゅう私の安否確認の電話をしてくる。
 
久米崎:気難しい二階堂先生が住み込みで桐野先生の所にいるって聞いたときはびっくりしましたよ!!
二階堂:私も、正直今の状況に驚いてるよ。
久米崎:結局、呪いの絵画の噂はデマだったんですって?
二階堂:あぁ、特にそんな現象はないね。桐野氏の言う通り、やっぱり噂だけみたいだけど。
久米崎:残念だなぁ~、ちょっと楽しみにしてたんですけど!
二階堂:すまんね、面白いネタを提供できなくて。
久米崎:いえいえ、そんな。・・・・あれから、絵はどうです?
二階堂:・・・・・・。
久米崎:なんで描けなくなっちゃったんですかね?(ハッと気づき)もしかして、それが呪い・・・
二階堂:馬鹿なことを言うなよ、これは私の問題だ。
久米崎:・・・すみません。・・・あ、そうだ。
二階堂:・・・なんだい。
久米崎:・・・桐野家在住1か月の二階堂先生にぜひとも聞いてみたいんですけどぉ
二階堂:・・・なんだ、気持ち悪いな。
久米崎:桐野先生の噂、知ってます?
 
 
 
─桐野家の朝食の風景
 
リツ:忍さん、コーヒーどうぞ。
桐野:あぁ、ありがとう。
 
─二人の様子を交互にじっと見る二階堂
 
リツ:(視線に気づき)・・・二階堂さん、どうしました?
二階堂:・・・・・・いや・・・なんでもないです。
 
─桐野、リツ、一瞬顔を見合わせ首を傾げ

桐野:二階堂君。実は今日、都内の大学の臨時講師に行かなくてはならなくなってね。今日一日、リツをお願いできるかな。
二階堂:・・・え?あ、はい、わかりました。
桐野:リツ、二階堂君に迷惑をかけないように。
リツ:はい、わかりました。
桐野:何かあったら電話するよ。じゃあ、行ってくる。
リツ:いってらっしゃい。
二階堂:お気をつけて。
 
─桐野、家を出る
 
 
─桐野のアトリエ。呪いの絵画の前に立ち
 
二階堂:・・・・・・。
 
二階堂:(M)私は正直焦っていた、このまま絵が描けない状況に。
手が空いた今日こそ、自分の感覚を取り戻すべく、一日、アトリエに籠ろうと決めていた。
肖像画は、私がいつでも見れるようにと、桐野がアトリエに置きっぱなしにしておいてくれている。
 
二階堂:(M)私は、ただの時期的なスランプをこの肖像画のせいににしているだけではないか。
そんなことを考えたこともあったが、この感覚はきっと今までのそれではない。
描きたい意思と相反して、私の手は鉛筆を持ったまま、一向に動こうとしないのだ。
 
二階堂:・・・(重い溜息を吐き)
 
─不意にアトリエのドアが開き
 
二階堂:(音のほうへ振り向く)・・・リツ君。
リツ:・・・描けませんか?
二階堂:(呪いの絵画に目を向けつつ)・・・この肖像画を見てから、なぜか描けなくなった。
二階堂:もう一度見れば何かわかるかもしれないと、ここを訪ねたけど、結局今もわからない。・・・君は、この絵と何か関係があるのか?
リツ:・・・・・・何かって?
二階堂:(自分の言葉にハッとし)あ、いや・・・
リツ:何か関係があるように感じますか?ただ、この肖像画と似ているだけ。
それ以外に何か・・・感じますか?
二階堂:・・・君は、何を聞こうとしている?
リツ:(不意に微笑み)この絵のせいで描けなくなったのなら、同じように描いてみたらどうですか?
二階堂:・・・同じようにって・・・
リツ:僕を、描いてみてください。あの絵と同じように・・・。
 
 
─桐野家の電話が鳴り響く。が、気づくことなく無心に描く二階堂
 
二階堂:(M)リツを目の前にしたら、今まで動かなかった手が嘘のようにキャンバスの上を滑った。
リツはただ、私を見つめているだけだ。
ただそれだけで、欲情にも似た衝動が、私の手を進めていくのだ。
 
二階堂:(M)私は結局、寝食を忘れ、一晩中、無心にリツを描き続けていた。

 
─電話をかけ続ている桐野。一向に出ない電話に不敵な笑みを浮かべつつ
 
桐野:お楽しみ中かな、二階堂君。
 
 
─翌朝。再び桐野家の電話が鳴り響く
 
二階堂:(M)早朝から鳴り響く電話の音に、不眠状態で気力のない声で私は応える。
 
二階堂:(電話に出る)はい・・・おはようございます。
桐野:あぁ、やっと出た。昨日の夜、ずっと電話かけてたんだけど、寝てたのかい?
二階堂:あ、すみません・・・。絵を、描いてました。
桐野:おや、描けるようになったのか、それはおめでとう。それにしても無視はひどいな。リツも出てくれないから、二人とも寝てしまったのかと思ったよ。
 
二階堂:(M)どうやら、桐野は出張先からの日帰りは叶わなかったらしく、その旨を伝えるべく、昨晩はこちらに電話をしたのだろうと思った。
が、私は電話の音も聞こえないほど無心に描いていたらしい。
 
二階堂:勝手ながら、リツ君をモデルに夜通し付き合わせてしまいました、申し訳ございません。
桐野:・・・いや、それは構わないよ。リツはいい子にしてたかい?
二階堂:・・・?ええ・・・。
桐野:今晩帰るよ。リツにもそう伝えてくれるかい。
二階堂:わかりました。
 
二階堂:(M)桐野との通話を終えると、私はブランケットを手に取りアトリエに戻った。

二階堂:(M)アトリエのソファに横たわって寝ているリツにブランケットをかけると、そっと手首を掴まれ、私は反動で肩を揺らした。
 
リツ:(うっすらと瞼を開く)・・・描きたかったものは、描けましたか?
二階堂:・・・まだ、わからない。
リツ:僕は、昨晩のあの絵も素敵だと思うけど。
 
─目線の先には、昨晩二階堂が描き殴ったキャンバスがある
 
二階堂:(M)リツは、私の手首を掴んでいる手をそのまま、私の手の甲へ滑らせる。
 
リツ:また描きたくなったら、描いてくれる?
 
二階堂:(M)リツの声が、言霊のように私の脳裏に響いた。
 
 
─時間経過、夜。玄関にて
 
桐野:ただいま、リツ。二階堂先生に迷惑はかけていないかい?
リツ:・・・はい。(桐野の荷物を受け取りながら)
桐野:二階堂君は?
リツ:今日は一日ずっと、アトリエにいますよ。
桐野:・・・・・・。リツ、今夜、僕の部屋に来なさい。
リツ:・・・はい。
 
 
─アトリエにて、真夜中
 
二階堂:(M)結局、手が動いたのはリツをモデルにしたこの絵だけだ。
その後、他のものを描こうと筆を握るも、やはりあの肖像画がちらついて、何も描くことができない。
まるで、リツ以外のものを描こうとすると、それを押しとどめられるような・・・。
・・・あの肖像画の少年とリツは似て異なるものだ。
我ながら矛盾していると思いつつ、描けたのがあの一度きりなのであれば、私はもう一度リツを描くしか道はないと思った。
 
 
─廊下にて
 
二階堂:(M)リツの部屋のドアをノックする、が、反応はない。
さすがに真夜中では寝てしまっているか、と私はリツの部屋を後にしようとした時、隣にある桐野の寝室のドアが少し開いているのに気付いた。
・・・なぜか私は、そこに『彼がいる』と思った。
 
二階堂:(M)私は、見てはいけないような予感と葛藤しつつも、そっとドアの隙間を覗いた。
 
二階堂:(M)部屋には、スケッチブックで一心不乱に絵を描く桐野の背中、そして・・・
 
二階堂:(M)一糸まとわぬ姿でベッドに横たわるリツ。
 
 
─頭の中でフラッシュバックする過去の通話
 
久米崎:(回想)あくまで噂ですけど、あの二人って誰がどう見ても血縁関係ないじゃないですか。
血の繋がりもないのに、なんで一緒に住む必要があるのか・・・。
あの呪いの絵画を描いたのが桐野先生の血縁者ってことであれば、あれは桐野先生のご先祖様が描かれたかつての恋人。
そして、あの絵画のモデルの生まれ変わりと名高いリツ君と、そうゆう関係って噂されるのもまぁ必定ですかねぇってことで。
まぁ恋人っていっても?リツ君はまだ子供だし、今は手は出さずに、リツ君が大人になるまで待ってるんじゃないかっていうね!
さながら桐野先生は光源氏でリツ君は可愛い可愛い若紫ちゃんってやつですよぉ!
まぁ単に自分の興味本位なんですけど、先生には是非突撃取材を(電話を切られる)
 
 
─回想終わり
 
 
二階堂:(M)目の前の光景に頭の中が真っ白になりつつも、一瞬たりとも目をそらすことができない。
今、私の目に映るリツは、14歳のそれでは決してなかった。
 
二階堂:(M)リツは、虚ろな表情のまま上体を起こし、四つん這いで桐野の元へ行く。
 
桐野:・・・ん、どうしたリツ。もう我慢できないのかい?
リツ:忍さん・・・・・・早く・・・ください・・・
 
二階堂:(M)甘くねだる声色は、私の知ってるリツのどれとも似つかない。
 
二階堂:(M)絡みつくように抱きしめるリツが、桐野の首筋を噛んだ。
 
二階堂:(M)一瞬、彼と目が合った気がした。
 
 
─翌朝
 
 
二階堂:(M)あまりのことに、その後のことはよく覚えていない。
ただ、今私がアトリエで倒れるように寝ていた事と、スケッチブックに描き殴(かきなぐ)った数多のリツの絵が散乱し、ぐちゃぐちゃになっている光景を見るだけで、当時の私の心境を察するのは容易かった。
 
─朝食の風景。コーヒーを淹れるリツ
 
 
二階堂:そろそろ、ここを出ようと思います。
桐野:・・・突然だね。・・・すごい隈(くま)だ。昨夜は眠れなかったのかい?
 
二階堂:(M)お前がそれを言うか。心の声が漏れそうだ。
 
リツ:アトリエの明かりがずっとついてたみたいですけど。・・・もしかして一晩中ずっと・・・?
桐野:あれから絵のほうは描けているみたいだけど、ちゃんと睡眠は取らなくては。
まだ君には手伝ってもらいたいこともあるし、そんなに急いで出ていく必要はないじゃないか。
 
二階堂:(M)昨夜のあの光景を見てしまったら、二人が何を言っても素直に受け取れる気がしない。
絵なんぞもう描けなくていい、とにかくこの二人から・・・リツから離れなければ。
そう思った。
 
リツ:・・・二階堂さん?
 
二階堂:(M)あの時、あの二人は『なにを』していた・・・?
あの時、リツは・・・
 
─桐野の首筋を噛んだリツの姿がフラッシュバックする
 
リツ:二階堂さん?
 
二階堂:(ハッとする)・・・出ていく前に、お二人に聞いておきたいことがあります。知人の記者に頼まれましてね、突撃取材みたいなものですよ。
 
二階堂:(M)桐野の首を噛んだ時に一瞬見えたあの牙は、なんだ?
 
 
二階堂:貴方達は、何者なんですか?
 
 
 
─アトリエにて。呪いの絵画を前にして話す三人
─仄かに甘い香りが漂う
 
桐野:君は、この絵画を見た後、絵が描けなくなったそうだね。
二階堂:・・・えぇ。
桐野:何故、描けるように?
二階堂:・・・あの。この話は、私の問いに関係ありますか?
桐野:大いにあるとも。
二階堂:・・・。・・・厳密には、きっとまだ描けていない。
リツ君なら・・・、いや、リツ君をモデルにした時にしか描けなくなってしまったんだと思います。
桐野:それは、リツの『仕掛け』に君が反応したからだ。
二階堂:・・・・・・は?
桐野:君は吸血鬼という存在を信じるかい?
二階堂:・・・・・・・・・。
桐野:見たんだろう?
二階堂:・・・・・・・・・。
桐野:昨夜、僕の首筋に嚙みついたリツの姿を。
 
─リツ、妖艶に微笑む
 
二階堂:・・・・・非現実的すぎる。それだけで信じろと?
桐野:君は、この肖像画が『呪いの絵画』とされている由縁を知っているかい?
二階堂:・・・あれはデマだって・・・
桐野:確かに霊的現象はない。だが、あの肖像画は間違いなく『呪いの絵画』だ。
桐野:作者の『愛』という名の、ね。
 
─リツ、呪いの絵画を愛おしそうに指でなぞり
 
リツ:この絵はね、僕の血で作られているんだ。
二階堂:・・・何を言っている。君が言ったんじゃないか、
二階堂:これは1869年に描かれた
リツ:(遮って)そう、これはその時代に描かれた、僕。
生まれ変わりなんかじゃない、正真正銘この僕が、この絵画のモデルだよ。
・・・彼はちょっと特殊な性癖を持っていてね。
僕を愛してるって言いながら僕を切りつけては、その血を浴びて喜んでいたんだ。
・・・そして、僕への愛の言葉を囁きながら、絵具に僕の血を混ぜたものを、絵画にして、僕を描いた。
この絵は、彼の僕への愛が詰まった『呪いの絵画』だ。・・・僕が吸血鬼なら、ありえる話だと思わない?
桐野:『貴方達は、何者か』という君の問いにも答えよう。
リツが吸血鬼なら、僕はその『餌』だよ。
リツは吸血鬼だが、誰彼構わず血を吸うわけではない。
リツは、『絵画に選ばれた者』の血しか吸えない。
それは、この絵画を描いた作者の愛ゆえの『呪い』だよ。
リツ:そして、あなたは、僕の『絵画』に選ばれた。
 
二階堂:(M)リツはそう言うと、私に唇を寄せてきた。
 
二階堂:・・・ッやめろ!・・・・あれ・・・・(急に意識が朦朧とする)
 
リツ:・・・かみ切るなんてひどい。(微笑んで唇を噛み)・・・ねぇ、気持ちよくなってきたでしょ?
桐野:やっと効いてきたかな。
リツ:お香、もっと焚いたほうがよかったかもね。
二階堂:・・・何を・・・・
 
二階堂:(M)私は、そのまま足元がおぼつかない状態でソファに倒れた。
動かない私の身体に、リツは自身の身体を重ねる。
 
リツ:・・・やっと見つけた・・・僕の『恋人』・・・。 
 
 
 
 
 
二階堂:(M)そこから、どれだけ時間が経過したのか、もうわからない。
ただ、むせ返るような甘い香りが充満するアトリエのなか、生々しい音だけが響いている。
 
桐野:・・・どうだい?二階堂君の味は・・・。
 
─リツ、意識朦朧な二階堂の首筋に吸い付き、涙を零し
 
リツ:・・・とっても、美味しい・・・愛の味だ・・・。
桐野:二階堂君、これは、僕たちの愛の儀式だよ。
 
二階堂:(M)そういうと桐野は、ただ呼吸をすることしかできない私の口を、自身の唇で塞いだ。
 
桐野:・・・聞こえているなら、黙って聞いていてくれ。
この子はとても可哀想なんだ。
遥か昔に吸血鬼狩りに遭い、同族を失った。
そんなリツを救ったのは、孤児を引きとり慈善活動を行っていた男だ。・・・表向きはね。
裏では、この子をはじめ、彼の犠牲になった少年少女が多数いてね。
 
─桐野、呪いの絵画に手を伸ばし
 
桐野:これを描いた彼も、被害者だった。
心身ともにおかしくなってしまい、こんな形でしかリツを愛せなかった。
彼は、この子が吸血鬼として永遠の命を生きることを望む反面、
自分が共に生きられないことを嘆き、こんな呪いをかけたのかもしれないな。
 
桐野:・・・わかるよ。僕もリツを愛しているからね。
たとえその場繋ぎの餌だとしても、僕は・・・
 
二階堂:(M)桐野は、私の血を貪るリツの首筋を甘く噛んだ。
どこか切実なその声色は、リツには届いているのだろうか。
 
桐野:・・・二階堂君。僕の一生のお願いだ・・・。
 
─二階堂の手を取り、手の甲に口づけを落とし
 
 
 
─場面転換。燃え盛る炎
 
久米崎:(現場キャスター:兼ね役)
こちら現場です。本日午前3時ごろ、世界的に有名な画家の桐野忍(とうのしのぶ)さんの自宅が燃えていると、近隣住民からの通報があり、現在消火活動が行われております。
原因は未だ不明。桐野忍さんとの連絡は、未だ取れない模様。火災の状況から、桐野氏の作品はほぼ全焼の可能性があるとのこと。
絵画の中には、あの『呪いの絵画』と呼ばれた少年の肖像画もあるとのことです。
引き続き、何かありましたら中継をつなぎます。現場からは、以上です。
 
 
─燃え盛る炎の前で立ち尽くす二つの影
 
 
リツ:・・・・・・燃えてる。
二階堂:・・・・・・燃えてるね。
リツ:・・・・・・後悔してない?
二階堂:・・・・・・。
リツ:・・・・・・これからは、僕のために生きてくれるんでしょう?
 
 
─暗転
 
 
─【終幕】

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