寵愛【後編】

※このお話は、現代は「慈愛」のお話直後、過去は現代より10~20年ほど前のお話の後編となります。
そのため「慈愛」「寵愛・前編」を読んだ後に演じることを推奨しています。

─登場人物紹介

桐野:(とうの)過去20歳の桐野忍(とうのしのぶ)。ここでは役の性別男推奨。演者は男女不問。
久米崎:(くめざき)過去と現代をつなぐポジション。「桐野忍」という人物について、誰かと電話をしている。役・演者ともに男女不問。
トメ:桐野家の屋敷勤めの使用人。役・演者ともに女性推奨。
リツ:吸血鬼。屋敷の地下に閉じ込められている。役の性別男固定。演者は男女不問。
桐野巽:(とうのたつみ)桐野忍の父。短気で肝が小さい。役の性別男性固定。演者は男性推奨。
親族①~⑬:モブ。少ししか出ないので1人でやっても、兼ね役でも可。役・演者ともに男女不問。
二階堂:一瞬だけ登場。一言なので兼ね役でも可。役・演者ともに男女不問。

ここから本編
********

桐野「…何を言っている。お前はリツと違い、ちゃんと見た目も年を重ねているじゃないか」
トメ「血が薄いので、緩やかに老化が進んでいるだけでございます。私もまた、見た目よりもはるかに長い年月を生きてまいりました」
桐野「なぜ、僕に話した。僕は、桐野家の人間だぞ。この場でお前を罰することだってできる」
トメ「貴方様は、ほかの桐野家の一族とは違う。そう、確信しているのです。貴方様がお生まれになってから今まで、お傍で遣えてきましたから」
桐野「………」
トメ「……私を家族のように慕ってくださった貴方様が、今更私に何を罰することができましょう。トメは知っております、貴方様のお心の優しさを」
桐野「………」
トメ「そんな貴方様だからこそ、長い年月の間、一族に搾取され続けたあの子に何も思わないはずがない。山のように積み上げた一族に関する書物を持って行かれる貴方様を見て、一層確信いたしました」
桐野「……申し訳ないが、僕はまだ、そこまでの覚悟も情もリツにはないぞ。確かにかわいそうな子だとは思ったが」
トメ「……左様でございますか。では、トメはそれまで待つことにいたしましょう。今までもそうしてきました、待つのは得意でございます」
桐野「期待させておいて悪いが、そんな日は来ないかもしれないよ」
トメ「…すべてを知ったうえで、この場で罰を下さないだけで今は十分でございます」

─トメ、深々と桐野に一例をし、部屋を去る

*****

─場面変わり地下の部屋にて

─一面血まみれの部屋。返り血を浴び、一人ナイフを手に持ったまま立ちすくむ巽
─傍で傷だらけ、血まみれの状態で横たわるリツ

─巽、ゆらゆらと力なさげに移動し、アタッシュケースを開け、中から注射器を取り出す。それをリツの腕に刺し、血を採取し

リツ「(横たわったまま微動だにせず)…毎回思うけど、部屋中血を飛ばさないと採取できないの?」
巽「お前には出来うる限りの苦痛を与えないと気が済まなくてな」
リツ「…そこで公私混同やめてくれる?」
巽「お前はどれだけ切り刻んでも死なないからな、ストレス発散に丁度いい」

桐野「…………なんだこれ………」

─いつの間にか地下に降りてきた桐野、血まみれの部屋と巽、リツを見て唖然とする

巽「…ちょうどいい。お前もいずれすることだ。まぁ、ここまで血まみれにする必要はないが」
桐野「…なにやってるんだよ、これ」
巽「採血だよ。この家を存続させるための秘薬作りの工程の一つだ。厄介なことに、こいつの目が赤くなった時に採血したものでないと使い物にならん。こいつが目が赤くなる時は、興奮している時だ。怒った時でも何でもいい、目が赤く光ったときに血を抜き取れ」

─桐野、巽を睨んだまま震えるほど拳を強く握り

巽「一番楽に目を赤くさせる方法を知っているか」

─巽、嘲笑しながら

巽「性欲を出している時だ」

─桐野、カッとなり握った拳を巽に殴りつける
─巽、血の池にばしゃっと倒れる

リツ「もういいよ」

─気づけば、リツの傷だらけの身体はすっかり治っている

巽「ほら見ろ!あれだけずたずたにしてやったのに、ものの数分で元通りだ。こんな化け物、何やったって………」
リツ「そう思ってないと、やってられないんでしょ」

─巽、徐々に錯乱するように(泣いてもいいよ)

巽「…これは、家のためだ。お前もいずれわかる、こんな方法でないと生きていけないのがお前が生まれた場所なんだよ!!!!」

─桐野、巽を見下した後、大きく息を吐き

桐野「よくわかったよ、この家のことが」

*****

─時系列、一時的に現代に戻る
─久米崎、真夜中のオフィスで電話をしている

久米崎「………………フガッ……ぁ、すいません、ちょっと寝てました。…だって、もうほんとに眠くて…。あーどこまで話しましたっけ…えーと…(パラパラと手帳のページを開きつつ)あ、吸血鬼がどうなったか、でしたっけ。結果を言えば、まだどこかで生きている…かもしれない、ってことらしいです。なんかぼやっとした情報ですみません。…桐野家の事件、当時は連日ニュースで特集までされるほど大騒ぎだったんですけど、知らないです?結局、どの線が濃厚だったのか、未だ分かってないんですよね。…あー、貴方テレビとか見ませんもんね、聞いた私がバカでした。当時のことを全く知らないんでしたら、私も語り甲斐があるってもんですよ。ただ、当たり前ですけど、桐野家の地下に吸血鬼がいたとか、非現実的な情報はニュースに一切なかったですねぇ、私も今回リサーチした時が初耳でした。
で、ですよ。
この事件、あの呪いの絵画が関与してるって噂なんですよ!元々買い手が付きづらかった絵画だったんですけど、あの事件でますます呪いだなんだって、買い手つかなくなっちゃったんですよねぇ」

*****

─時系列、桐野20歳の頃に戻る

トメ「坊ちゃま、顔色が悪うございます」

─自室の机で朦朧となっている桐野に飲み物を持ってきたトメ

桐野「……トメか。連日情報量が多すぎて、知恵熱が出そうだ」
トメ「まぁ、それは可哀想に」
桐野「思ってもないことを言うな」
トメ「思っておりますよ。…お気持ちは、まだ変わっておりませんか?」
桐野「………」

─桐野が思い悩んでいる様子を横目で見るトメ

トメ「あぁ、そういえば、絵はまだ描いていらっしゃいますか?」
桐野「…なんだ、急に」
トメ「トメは忍坊ちゃまの描く絵、好きでございましたよ。幼少期に描かれたコウモリの絵なんて、なんとも情緒があって」
桐野「(トメの言葉を遮るように)言うな。…そうだな、絵は好きだよ。勉強の合間に描いてると、嫌なことを一時でも忘れられる」
トメ「では、絵を見ることはお好きですか?旦那様のコレクションをご覧になったことは?」
桐野「…いや、ないな。父が絵画を集めているのは知っているが、遠目に見ただけで、飾っているところは見たことがない」
トメ「旦那様のコレクションは、リツのいる部屋にありますよ。興味がございましたら、ぜひご覧になってみてくださいな」
桐野「…?あぁ、まぁ、興味があればな」

桐野「(M)……そんな絵、あったか?」

桐野「その日、夢を見た。遠い昔、まだ母様が居たころの、幸せな夢。僕が絵を描き始めたきっかけは、母様のためだった。僕が絵を描くと、母様がとても喜んでいたのを覚えている。僕は、母様の笑顔がもっと見たくて、一生懸命絵を描いていた。母様は、病気で死んだ。…らしい。実際は、僕が幼かったせいもあり、よく覚えていない。ただ、そう聞かされた」

桐野、はっと目を覚まし

桐野「………誰に聞いた話だ、これは。何かがおかしい気がする」

桐野「(M)自分の記憶のはずなのに、どこか嚙み合わせが悪いような、頭にモヤのかかったような感覚はなんだ。この記憶は本当に僕のものなのか?そもそも、なぜ急にこんなことを考えるようになったんだ、僕は」

桐野「…トメが言ってたあの絵画、僕はなぜ見たことがないんだ。あの地下室には過去に何度も行っているが、絵画なんて見たこと…」

桐野、しばし考え

桐野「…本当に、あるのか?」

─桐野、例の地下室へ続く扉の鍵を開ける。階段を降り、二重扉も難なく開き、部屋の中に入る。室内を見回すと、部屋の奥に絵画を見つける。

桐野「(M)その絵画は、確かに部屋の奥にあった。この絵画は本当にずっとここにあったのか?」

─桐野、部屋の奥まで歩みを進め、改めて絵画を目にし、はっと目を見開く

桐野「…この絵画…」
リツ「そう、僕だよ」

桐野「(M)その絵画は、リツ似た肖像画だった」

桐野「この絵画、いつからあった」
リツ「…?さぁ、いつからだっけ。それって重要?」
桐野「僕は今まで見たことがない」
リツ「………気にしてなかっただけじゃない?」
桐野「どうして」
リツ「僕が知るわけないでしょ」
桐野「お前にそっくりな絵画を、何の気にも留めなかったなんてことあるか?」
リツ「でも、知らないってことは、そうゆうことでしょ?」
桐野「…………。もう一つ、不可解なことがある。僕の母親のことだ」

─リツ、ぴくりと微かに眉を動かし

桐野「僕の母は、本当に病死なのか?」
リツ「……それこそ、僕が知るわけないじゃない」
桐野「お前はずっと昔からここにいたんだろ?」
リツ「ずっと居ただけで、君んとこの家系の事情なんて知らないよ」
桐野「なら、トメは知っているのか」
リツ「君さっきから何が言いたいの」
桐野「俺のこの記憶は本当に正しいのか?!」

─リツ、びっくりしたように目を丸くし

リツ「………あーあ、もうこれ以上は無理か。トメ、どうゆうこと?」

─桐野、振り向くといつの間にかトメが立っている

トメ「申し訳ございません。貴方様のためなのです。ここから連れ出すには、こうするしかありませんでした」
リツ「……じゃあ、本当のこと話してもいいの?あんなに嫌がってたじゃないか」
桐野「…なんだ?話が見えないぞ」
トメ「坊ちゃま。奥様は病死ではございません」
桐野「……!」

─桐野、一層目を見開き

桐野「……病死だと僕に言ったのは誰だ。…いや、なぜ僕は母が病死したと思っていた」
トメ「あの絵が、そうさせたのです」
桐野「何だって?」
リツ「まぁ、そうゆう力があるから、巷では『呪いの絵画』って噂されてる。失礼しちゃうよね。そんなこともあって、普段は外に出すことはしないんだけど」
トメ「真実をお話しするために、私が蔵から出してまいりました」
桐野「そんな勝手が通じるのか、お前は」
トメ「旦那様が家を空けるタイミングはそうそうございませんので」
桐野「…あの絵画と、リツをここから連れ出すのと、どうゆう関係が?」
トメ「それは追々。…私たちに協力していただきたいのです。そのために、坊ちゃまには真実をお伝えいたしましょう」
桐野「……協力するかどうかは、話を聞いてからだ」
トメ「構いません」
桐野「…」
トメ「坊ちゃまの記憶の改ざんを依頼したのは、貴方のお父様です」
桐野「……」
トメ「奥様を殺めたのは、旦那様でございます」
桐野「なっ…」
リツ「僕を逃がすと、この家終わっちゃうんだって。あの子は僕の自由を望んだ結果、犠牲になってしまった」
桐野「…………………」
リツ「母親殺しが実の父親なんて、小さかった君には酷(こく)すぎるでしょ?だから君に同情してあげたの」
桐野「…………………………」

─桐野、眉間に皺を寄せたまま無言で口元を抑え

桐野「……じゃあ、母様はお前のせいで」
リツ「(桐野の言葉を遮るように)もとはと言えば僕をここに閉じ込めて、自分たちの私欲のために僕を搾取し続ける君たち一族のせいだろ!!!!……僕が一体何をした…?君は僕が口伝の吸血鬼のように、人間の血を啜ったところを見たことがあるの?」
桐野「(M)言われてみれば確かにそうだ。僕は今まで、リツがヴァンパイアたらしめる場面を見たことがない」
桐野「………それも含めて、僕の記憶を改ざんしたんじゃないのか?」
リツ「そうかもね。だとしても、君の母親が君の父親に殺された事実は変わらない。先祖代々吸血鬼を閉じ込めて血を取り続けて、外に情報が出る可能性があれば身内も殺す。そんな一族気が狂ってるよ、吸血鬼の僕よりずっとね」

─いつの間にかリツの瞳は赤く光っている

桐野「………。……僕は、何をすればいい?」
トメ「そのために、この絵画を出したのです」

*****

─時系列、一時的に現代に戻る

久米崎「呪いの絵画って言われている由縁はかなり前なんで、私も出所までは調べ切れてなくて。ただ、あの事件から「所有してるだけで、持ち主を死に至らしめる」って噂が一層真実味を帯びたみたいですね。…桐野先生も、そのせいでお亡くなりになったんじゃないかって噂ですし…。呪いの絵画、桐野先生と一緒に、やっぱり屋敷ごと燃えてしまったんでしょうか。なんだか、あれだけ呪いだ呪いだって言われ続けてたのに、最後はあっけなさすぎる気がして。いっそのこと、焼け跡から奇跡の生還!!って感じで、無傷だったってほうが、より『呪いの絵画』って噂に箔がつく気がしません?…桐野先生もあの絵画も、まだどこかで存在していてほしいって、私のただの願望ですよ。あの絵画は本当に呪われているんでしょうか。あんなに美しい、あの絵画が」

*****

─時系列、桐野20歳の頃に戻る

トメ「この絵画には、幻覚を起こす力がございます」
桐野「…は?」
トメ「坊ちゃまは過去にこの絵画を見ています。ですが、今の今までこの絵画の存在ごと記憶から消されていたでしょう?正しくは記憶の改ざんではなく、幻覚を起こすことにより、その幻覚を正しい記憶と思いこませていたにすぎません」
リツ「経緯を説明するとまぁ複雑なんだけど…。簡単に言うと、この絵画には僕の血が使われている、だからそんな現象を引き起こすってこと」
桐野「ずいぶん雑な説明だな」
リツ「僕の血は薬にもなれば毒にもなる。だから用法、用量を守って正しく使ってね」
桐野「用法、用量を誤って出来たのがこの絵画ってことか?…じゃあ、今この絵画を見てる僕達はどうなる」
リツ「同族には効かない。そして君は…まぁ、大丈夫」
桐野「なんだよ、その歯切れの悪い言い方は…。その理屈だと、父や親族はなぜ平気なんだ。そんなことができるならとっくにここから出ていけるだろ」
トメ「この絵画はリツの力をもって初めて発動します。リツはこの格子の中では無力です。そして、今のリツでは、たとえ格子の外へ出ても、力を発揮できるかどうか」
桐野「じゃあ、この絵画でどうこうしても、何もできないじゃないか」
リツ「できるよ。君が協力してくれれば」
桐野「…?」
リツ「君は、絵画に選ばれたから」

─数日後、巽の部屋にて

巽「で、話とはなんだ」
桐野「…桐野家の後継ぎとして、覚悟を決めました。今後は立派な後継ぎとなるため、勉学に勤しみます」
巽「それが、桐野家に生まれてきたお前の責務だ。ようやくわかったか」
桐野「ただ、僕はまだ夢を捨てきれずにいます」
巽「………」
桐野「夢を諦められない気持ちは父上もお分かりでしょう。僕も貴方と同様、絵を描くことを諦められないのです。このままだと、僕も貴方のように地下に籠り欲を発散しなくてはならなくなってしまう」
巽「…なんだと」
桐野「これで最後にすると覚悟を決めて、絵を描きました。今後は二度と描きません。僕の覚悟を込めて描いた絵を、一族の方々にも見ていただきたく思っております」
巽「…次期跡取りの披露会に、お前の絵を飾ってやろう。それで満足か」
桐野「ありがとうございます」

─以下、回想①

トメ「傑作の絵画の下には、隠れた別の絵がある可能性をご存じですか?」
桐野「…なんだそれは。下書きとはまた違ったものなのか?」
トメ「違います。意図の真意は作家自身にしかわからないものですが、油絵はその性質から、完成した絵の上に別の絵を重ねることができます。それと同様に、この絵画の上に坊ちゃまの絵を重ねるのです」
桐野「この肖像画を塗りつぶすのか?!」
トメ「一族はこの絵画の存在を知っています。坊ちゃまの絵でカモフラージュするのです。どんな絵を描くかは、坊ちゃまに委ねますゆえ」
桐野「…最後に描く絵が、カモフラージュの為とはな…」
トメ「……絵を、お辞めになるので?」
桐野「…わからない。リツを逃がした後、この家がどうなるかを見届けないととは思っているけど」
トメ「私たちと一緒に、来てはくださらないのですか」
桐野「どうだろう。…でも、長年リツを苦しめた尻ぬぐいは、一族の僕がやらないと」
トメ「……………」

─回想①終わり

桐野「(M)リツの肖像画の上に僕の絵を重ね、カモフラージュし、その絵を一族全員に見せることにより集団幻覚を見せる。リツとトメの存在自体を一族の記憶から消せば、逃げ切れるはず、だが…」
桐野「(独り言)……そううまくいくのか?」
巽「何だ」
桐野「あ、いえ」
巽「そうと決まれば早速日取りを決めなくてはな。一族全員を呼び寄せるのはなかなかに骨が折れる。あの地下室もいずれはお前に譲るつもりだ。しっかり一族の責務を果たせよ」
桐野「……」
巽「……なんだ、その顔は」
桐野「…いえ」

─回想②

桐野「一族全員に絵を見せて、それでどうする」
リツ「あとはトリガーを引くだけ」
桐野「お前、今そんな力もないんだろ?」
リツ「君が逃がしてくれるんでしょ?この格子には魔術が施されていて僕らには開けることができないんだよ」
桐野「お前らが開けることができないものを、なんで僕が開けられると思うんだよ」
リツ「それこそ血筋だよ。君は桐野家の人間だから。君のお父さんは難なく開けられたでしょ?」
桐野「…ヴァンパイアハンターの血筋がそこで生きるってことか。全然実感ないけど」
リツ「あとは……」
桐野「…?」
リツ「君の血を少しだけ頂戴」
桐野「…え」
リツ「力をつけないとトリガー引けないよぉ」
桐野「…待て、血を吸われたらヴァンパイアに」
リツ「(桐野の言葉を食うように)ならないよぉ。僕にそんな力ないし」
桐野「…え、ならないのか?」
リツ「ならない。だからお願い。僕の力が戻るかどうかがこの作戦の肝なんだよ」
桐野「………わかったよ…」
リツ「(にっこり微笑み)ありがと。痛いのは最初だけだから」
桐野「最初で最後だろ」

─リツ、一層綺麗に微笑み

リツ「……できるだけ優しくするね」

─回想②終わり

桐野「(M)そして、決行当日がやってきた」

─屋敷の広場
─豪勢なシャンデリアの下には、数多の豪勢な料理、飲み物等が並んでいる
─部屋の隅には大勢の召使いが控えている
─次々と広場に訪れる親族たち

親族①「忍様ももう20歳におなりになったのね、時が経つのは早いわ」
親族②「私が最後に会ったのは5歳の頃でね、いやぁ随分立派な青年になったものだ」
親族③「ますますお母さまに似ていらして…」
親族④「お前、この場でその話は」
親族③「あら失礼」

─巽、登壇し一族に挨拶を始める

巽「皆様、この度はお集まりいただき、誠にありがとうございます。
一族をお呼びいたしましたのは、この場をお借りしまして我が息子、桐野忍を正式な跡取りとしてご紹介させていただきたいからです。
今後の一族の発展を願い、我が息子にも何卒、ご尽力いただければと思います」

─一同、拍手

巽「つきましては、この日のために息子が描いた絵画を、皆様にお見せしたいと思います」

─遣いの一人が、白布に覆われた絵画を舞台上に運び

巽「この絵画には忍の、跡取りとしての覚悟や信念がこもっております。息子の決意を、この場にいる皆様と共有できましたら幸いです」

─桐野、登壇し布の被った絵画のそばまで歩みより

桐野「皆様。この度は、お時間をいただき誠にありがとうございます。僕は昔から絵ばかり描いていたせいか、自分の気持ちを言葉にすることがあまり得意ではありません。ですので、僕の気持ちはすべて、この絵に込めました。この絵を通じて、皆様に僕の気持ちが伝われば幸いです」

─桐野、絵画を覆っている布の端を掴み、それを一気に取り払う

親族⑤「…あれは誰の肖像画かしら?」
親族⑥「なんとなく、忍様のお母さまに似てない?」
親族⑦「あの、不慮の事故でお亡くなりになった?」
親族⑧「私は病気で亡くなったと聞いたが」
親族⑨「あれは一族の裏切り者じゃ!あんな女の肖像画をなぜ忍様が」

─親族、各々が一斉にしゃべりだしざわつく
─巽、一族のざわめく声に改めて肖像画を見、目を見開き

巽「これはどうゆうことだ。お前は俺の顔に泥を塗りたいのか」
桐野「これが僕の覚悟です。母のような被害者を、僕はこれ以上だしたくない。一族がやっていることは、僕の代で終わらせます」
巽「あの女は俺を裏切ったんだぞ!!あんなに愛してやったのに、あのヴァンパイアと情を通じてこの家を破滅させようとした!!お前も裏切るのか!!!!!」
桐野「父様落ち着いてください、僕は」
巽「この女が!!!!俺を裏切らなければ!!!!生かしてやったのに!!!!」

─巽、懐からナイフを取り出し、絵画に向かって何度もナイフを打ちつけ

桐野「…やめろ、やめてくれ……。また母様を殺すな!!!!!!!」

─桐野、巽の肩を掴み絵画から引きはがそうとし押し倒す
─はずみで絵画の塗料が一部剥がれ、下からリツの肖像画の一部が見える

親族⑩「あ…あれ、呪いの絵画だ!!!!」
親族⑪「なんだと?!」

巽「…お前、あの絵画の上にあの女の絵を描いたのか。どこまで俺を怒らせれば気が済むんだ」
─巽、桐野をはねのけ逆に覆いかぶさる。何かに気づき桐野の服の襟元を引っ張り、桐野の首筋に噛み跡を見る

桐野「……ッ…」
巽「お前……あのヴァンパイアに血をやったな?!」

リツ「そうだよ」

─リツ、いつの間にかシャンデリアの上にいる
─一族、リツの登場に驚き、慌てふためく

親族⑫「あ、あそこ、シャンデリアの上に子供が!!!」
親族⑬「ヴァンパイアが地下から出てきたぞ!!!」

リツ「眠れ」

─リツ、瞳が赤くなる。リツの言葉に反応するように、次々と親族たちが倒れていき

巽「お前………何をする…つもり……」

─巽、気を失うようにその場に倒れ
─桐野、巽をはねのけゆっくりと起き上がり
─会場の隅に控えていたトメも舞台上に駆け寄る

トメ「坊ちゃま…」
桐野「これでいいんだろ。早く行け」

─リツ、シャンデリアから地上に着地し、桐野の傍による

リツ「君はどうするの」
桐野「この一族を終わらせる。……こんな家、存続させる価値もない」

─桐野、舞台から降り、テーブルのキャンドルを手にし、そのままテーブルクロスに投げ、火をつける。みるみる周りに火が燃え移り

トメ「坊ちゃま!!」
桐野「これで、ちゃんと尻ぬぐい、できてんのかな」
リツ「…………」
桐野「早く行けよ、不死身っつったって、火は熱いだろ」
リツ「………トメ、行くよ」

─トメ、呆然と桐野を見つめたまま動かず

リツ「……お前が居なきゃ、僕は独りぼっちだよ、お願い」

─リツ、後ろからトメを抱きしめる。トメ、涙を流しながらリツに身を預け
─リツ、トメを抱きかかえ火の海となった屋敷から脱出する

*****

─時系列、一時的に現代に戻る

久米崎「内々に行った披露会だったので外部の人間はおらず、その場にいた一族、屋敷仕えの使用人も含めて約300人程が屋敷の火事で亡くなりました。
事件は大々的に取り上げられましたが、その場にいた人間がみな亡くなってしまったため、当時のことを語れる人がおらず、真相は誰もわからずじまいで。
この事件を機に、桐野製薬が独自に開発していた薬も製造が停止したのだとか。薬の製造方法は門外不出のものだったので、製造工程を知る人間がいなくなってしまったことで製造は不可能となりました。…桐野先生は、あの凄惨な火事の唯一の生存者でした。ただ、桐野先生は当時の事故のことを、何も覚えていないと取材陣に話していたそうです。自分が何故、生き残ったのかも」

─時系列、事故当時に戻る

─燃えている屋敷から少し離れた場所で、それを見つめるリツとトメ

トメ「………リツ、ごめんなさい」
リツ「…トメ?ゥッ…」

─トメ、リツに一礼をした後、リツの首元を叩き気絶させる

トメ「貴方様はどうか生きて」

─トメ、静かにリツを寝かせた後、燃えている屋敷の火の中に飛び込み

─時間経過

桐野「(M)気が付けば、周りはすべて焼け落ちており、僕とあの絵画だけが、焼け野原の中にあった」

─焼け野原に横たわってた桐野のもとに近づくリツ。桐野の身体についた、焼け残った布を手に取り

リツ「…………馬鹿だな。いくら不死身でも、ずっと火に燃やされたら死んじゃうよ」
桐野「………その布、トメの……」

─リツ、トメが身に着けていたであろう焼け残った布を桐野に差し出し

リツ「トメが命を懸けて君の命を拾ったんだ。責任取ってよ」

*****

─時系列、現代

久米崎「あ、そういえば、あの事件から何年か経ってから、急に甥っ子の存在が出てきたそうで。私、桐野家の一族はもう桐野先生しかいないって今回の事件を通して初めて知ったんですよ。何が変って、どう考えても計算が合わないんですよ。…リツ君って、前々から血縁者じゃない気がしてたんですけど、あの事件を調べて確信しましたよ。やっぱりあの子………え?リツ君が今どこにいるか…ですか?…あー…そういえば、今どこで何してるんですかね…?先生知って(がちゃん)…え?電話切られた?ちょっと、もしもし、もしもーし、二階堂先生ーーーー??!!!」

─久米崎、大きなため息を吐きつつがちゃりと受話器を元に戻し

久米崎「……貴方も、いったい今どこにいるんですか、二階堂先生」

─場所、不明
─二階堂、公衆電話の受話器を下ろし

─後ろから伸びた手が二階堂を抱き

リツ「ねえ、誰と電話してたの?」

─二階堂、リツに目を向けふっと笑い

二階堂「…教えない」

─【END...?】

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