理屈とユーモアと配慮③

ユーモアの話、当初書こうとしていた事(エラーさんと伊坂幸太郎のユーモアってどういう物だろう)から大幅脱線しまった、というか、私の好きな方々について偉そうに色々書くのは憚られたので、一般論的な話になりました。書くにしてもテーマがでかすぎるしね。


今回も一般論的な話。配慮って言葉を先に使っちゃったので配慮と言うしかないんですが、配慮じゃない気もする。関係性?


私の好きな方々、リアル人間関係でもですが、皆距離の取り方が上手いと感じます。優しくて相手を考える時には考えるけども、人がどうしようとあまり影響されない。相手をどうこうさせようともしない。当然といえば当然?


私自身は、これが正しいかは分からないですが、信頼をもって自分の事に集中して、あまり出しゃばらず生活しようとしています。


あんまり人の事情に口出さない。思い込みで勝手な事を言わない。お節介しない。少人数授業でも、それ違うと思いますとか安易に言わない。分かりもしないのに人の恋愛に首突っ込まない。自戒。最近割と出来るようになりました。


的確なアドバイスならまだ良いんでしょうが、私の場合いつもどこかズレているんですよね。


出しゃばらない事と自分の意見をなくすことは別です。そういうのはTwitterとか、聞かれた時にかっこよく言えるように貯めとけばいいんです。それも難しいですが。


もうひとつ。


「〇〇って△△じゃないですか、それで〜」って、自分達だけの常識を一般常識みたいに話す学生がいて腹立つんだと、いつだか先生が仰ってて、はっとした覚えがあるんです。


この言い方じゃなくても、自分や周りは普通に知ってる事なんで当たり前に言ったけども、相手に通じなくて変な空気になる事よくあるんですよね。前回の「知ってるはずだ」と似た話です。


知識だけじゃなく自分の考えも、自分の基準で言葉を使ったり説明を略したりして誤解されたりします。相手が静かに聞いてるだけだと誤解されたかも分からなくて、後で「あの言い方おかしかったかな....」ってもやもやしたり。


あまり気にしないでくれる友人等が有難いです。これが親しくない相手だと、上の「余計な事喋らんとこう」にも繋がります。多分凄くありふれた話だし発達みありますね。もうちょっと会話で考える余裕があればいいんですが。


では

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