Look at me!

自分が生まれた時のことなど当然覚えていない。

最初に小さなかけらのような命をもらって、そこから少しずつ大きくなって生まれた、はず。でもそんなことは覚えていない。

最初の記憶は暗い洞窟で、今に至るまで私はその洞窟の中にいる。

地鳴りのような音がした。最近は体が壁にこすれることが多くなった。自分が大きくなったのか、はたまた洞窟が狭くなったのか。長い間、浅い川に流されて過ごしていた。その着いた先が狭く先細っているということも考えられた。

洞窟はいよいよ窮屈になり、つねに体のどこかが壁に当たるようになった。壁に触れる時間が少しずつ長くなり、その壁が動いていることに気づいた。息苦しくなるほどに壁が迫ってきた。ほとんど身動きが取れなくなった。体に密着した壁が波を打つように動いて、私を前へ前へと押し出している。

体の自由が奪われた暗闇の中で、私は静かに祈っていた。この先に待つものが幸福ならば、もう二度と自由を手にできなくてもいい。そう思うほどに、私は疲弊していた。

光が見えた、と思った。私は落下していた。体が水面を打った。深く沈んで、一瞬痛みを感じた。それから、軌跡を巻き戻すように体が浮かんでいった。

水面から頭を出した。狭い池のようなところだった。頭上に大きな穴があった。それが私が出てきた穴だった。穴の周りが小刻みに動いて、それに合わせて穴の形が微細に変化している。何かを呑み込もうとしているように見えて、私は戻るべきなのかもしれないと思った。

突然、白い巨大な幕のようなものが視界を覆い尽くした。穴が見えなくなった。幕は私の目の前を大きくはためきながら左右に動いた。幕が私に向かって落ちてきた。目を閉じた。目を閉じると、洞窟を思い出した。それは私を安心させた。

頭に被さった幕は軽くやわらかかった。奇跡だ。辛うじて頭の先を水面から出せた。幕を透かしてぼんやり上の景色がわかった。私が出てきた穴が遠くに小さくなって、消えた。穴が消えると、光が増した。

足元で何かが唸った。音の方を見て、池の深いところに暗い穴があるのに気が付いた。音に反応するかのように水面が荒れはじめた。激しく渦巻きはじめた水面を抵抗虚しく流された私は、やがて幕に絡まりながら沈んでいった。穴に吸い込まれる直前、自分が光を感じることができたのは不思議だと思った。私はずっと洞窟にいたのだ。それでも先刻穴から放り出された時、光を光だと感じられた。つまり随分前から光は私の中にあったのだ。不意に怒りのような感情な感情が湧き上がってきた。脈が早まり、それを音として聞いた。目の奥が痛んだ。体の端が冷え、喉のあたりが熱を持った。濁流のなかで身をよじらせながら、私は絶叫した。

「僕を見て!僕を見て!少しでいいから!」

私は再び暗い穴に潜っていった。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?